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なんて嘘っぽい話

「ねぇ、ねぇ」

「う……ん……」

「起きてよ、ソフィ」

「ふぇ?」


(まぶた)を開けた途端に、メルヴィンの満面の笑みが視界に入って……。


「見て! もうすっかり治っちゃった!」

「…………」


しかし、現在の状況を理解できずに、私は無言のまま固まってしまう。


(えっと……?)


徐々に昨日の記憶が蘇る。

ベッドをメルヴィンに譲ったために寝る場所がなくなり、だからといって瘴気中毒の病人を家に一人きりにするのも心配で、仕方なく毛布に(くる)まりダイニングの床で眠ったのだ。


そんな私をメルヴィンが覗き込み、寝起きの顔を至近距離で見られているというわけで……。


「なっ……!?」


途端に羞恥が込み上げ、慌てて自身の顔を毛布で覆う。


「ねぇねぇ! 聞きたいことがあるんだってば!」

「…………」

「昨日の薬はどうしたの? もしかしてソフィが作ったの? 材料は? 配合は? どこで学んだの?」

「…………」


メルヴィンがお構いなしにグイグイくる。


「もう、わかったわよ。身支度するからちょっと待ってて」

「えー……そんなの僕は気にならないから大丈夫なのに」

「私が気にするの!」


私は毛布を跳ね除けると、洗面所へ向かい顔を洗って身支度を軽く整える。


身嗜(みだしな)みには常に気を配りなさい』


これはマーサから何度も言われていた言葉。


こんな森の中で身嗜みだなんて……と、最初の頃は全く理解ができなかった。

しかし、貴族令嬢だったというマーサは派手な装いでなくとも美しく、常に背筋が伸びて凛とした空気を纏っていた。

そんな彼女に憧れ、いつしか私もマーサの教えを素直に受け入れるようになったのだ。


まあ、結局マーサのようにはなれなかったのだが……。


それでも、孤児院出身の私が人並みの礼儀作法を会得したのはマーサのおかげだった。


「ねぇ、まだぁ?」


洗面所の入り口からメルヴィンがひょこっと顔を出し催促をしてくる。


(この人、ほんっとに『待て』ができないのね……)


ペットの聖獣たちのほうが聞き分けがいいとはどういうことなのだと、頭を抱えたくなってしまった。



「ここがお医者さんのお家かぁ……」


昨日の薬のことが知りたくてうずうずしているメルヴィン。

口で説明するより直接見せたほうが早いだろうと、朝食を終えてすぐに彼をコーディの家に連れてきたのだ。


ちなみに、この集落に新たな罪人……いや、住人がいつ加わってもいいように、空き家になっても手入れを怠らないのが集落のルール。

そのため、全ての空き家の掃除と管理を私が担っている。


「すごいなぁ!」


保管庫の中を見るなり、メルヴィンは瞳を輝かせる。


「見るのは構わないけど、下手に触っちゃダメよ?」

「はーい」


いいお返事のあと、背の高いメルヴィンは少し(かが)みながら夢中で保管庫の棚に並んだ薬の瓶を見て回る。


「誰が見ても分かりやすいように並べられてる……。ここの家主はずいぶんと几帳面な性格だったんだねぇ。僕の研究室とは大違いだよ」


そういえば、メルヴィンは魔術師だが研究がメインだと言っていた。

散らかりきったメルヴィンの研究室が容易に想像できてしまうのはなぜだろうか……。 


そして、生前のコーディを思い出す。

あまり愛想がなく無口だったが、私が森に生える薬草や食べられる植物を見分けられるようになるまで根気強く付き合ってくれた。

コーディお手製の図鑑にはイラストとともに詳しい説明や特徴が書かれており、その整然とした文字列はたしかに几帳面さを現しているように思える。


「ふふっ、たしかにコーディは几帳面だったのかも」

「コーディ? ここの家主の名前はコーディって言うの?」

「ええ。そうだけど……」


途端にメルヴィンのへらへらとした笑顔が消え、形のいい顎に手を当てて何やら考え込む。


「メルヴィン?」

「コーディ……コーディ・ウィットロック……」

「え?」

「今から三十年前、とある伯爵家が裏でこっそり運営していた違法薬物の工場が摘発されたんだ。そこでさらに依存性の高い薬物の研究と開発が進んでいてね。その開発者の名前がコーディ・ウィットロックだよ」

「それって……」

「うん。おそらくここの家主と同一人物じゃないかなぁ? コーディ・ウィットロックは元医者で、患者を人体実験に使っていたっていう噂まであって……」

「…………」

「あれ? ソフィは知らなかったの?」

「ここでは過去の詮索はタブーだったから……。それに私の知ってるコーディとは違い過ぎて……ちょっと驚いただけ」


この集落で暮らしているのは罪人だ。

もちろん、そんなことは(はな)から理解している。

それでも、マーサもコーディもアンナも親切で優しく、私はこの集落で酷い目に遭ったことなんてなくて、むしろこの森に捨てられる前のほうがよっぽど……。


「ふぅん。僕はコーディ・ウィットロックに会ったことがないからわからないけれど……。そもそも、彼の人間性なんてどうでもいいことだよ」

「え?」

「そんなことより、彼はこの森でも薬の研究を続けてきた。その事実のほうが僕には重要なんだ」

「ここで違法薬物の研究を続けてたって言いたいの?」

「その可能性もなくはないけど……僕の予想だと違うかなぁ。この棚を見る限り治療薬の研究がメインだと思う」


保管庫の棚に並んだ薬の瓶にちらりと視線を向けるメルヴィン。

そんな彼の言葉に少しだけホッとしている自分がいた。

それと同時にある疑問が浮かび上がる。


「ねぇ、どうしてそんなに詳しいの? あなたって魔術師なんじゃないの?」

「魔術師だからって魔法の研究だけをしているわけじゃないからね。僕はあらゆる(やまい)の治療方法を研究している。そして、コーディ・ウィットロックは過去にいくつもの治療薬の開発に成功していたんだ。まあ、あの事件のせいで名声は地に落ちて功績は意図的に隠されてしまったけどね」

「そうなんだ……」


私の知っている魔術師とは、魔術師団に所属して魔法の腕を磨いたり、魔塔と呼ばれる研究施設に籠もって新たな魔法を開発している人たちのことだった。


(まさか病の治療方法まで……)


だからメルヴィンは薬の開発者だったコーディについて詳しかったのだ。


「じゃあ、メルヴィンは魔塔に所属しているのね」

「うん。これでも魔塔主だからね」

「………うん?」

「うん!」

「………魔塔主?」

「そう」

「誰が?」

「僕が魔塔主だよ」


へらへらと笑うメルヴィンと真顔の私がしばし見つめ合う。


魔塔主とは、その名の通り魔塔のトップを指す役職だ。

よほどの才能と実績が無ければ就くことは叶わないはずで……。


「どう見ても人の上に立つタイプには見えないんだけど……」

「あははっ! ソフィってば辛辣だねぇ」


心底おかしそうに笑うメルヴィンを見つめながら、この話がこれまでで一番嘘っぽいなと思ってしまうのだった。



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