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拾いました

「また拾っちゃった……」 


森の中を歩きながら、私は後悔にまみれた声で呟く。


「拾う? ああ。たしかに僕は拾われちゃったのかも。じゃあ(きみ)は僕の飼い主だね」


ケラケラと笑いながらメルヴィンは私の右隣を歩いている。


木箱の中から引っ張り出すと、メルヴィンは思った以上に背が高く、整った顔立ちに黒地に金の刺繍が施されたローブ姿は立派な魔術師のように見えた。


(でも、極悪人だったら……)


今更ながらそんな不安がちらりとよぎる。

まあ、垂れ目がちな瞳のせいか、首輪のようなチョーカーを身に着けているせいか、極悪人というより人懐っこい大型犬のような印象を持ってしまうのだが……。


「それで、飼い主サマのおうちはどこにあるの?」

「飼い主サマって……」

「だって、君の名前がわからないんだもん」

「……ソフィアって呼んでください」

「ソフィア……ソフィア……じゃあソフィだね。うん、覚えた!」

「…………」


私の名前を何度か呟いたあと、勝手に愛称呼びにするメルヴィンの横顔を何とも言えない気持ちで見つめる。


ちなみに『ソフィア』とはマーサが私に贈ってくれた名前だ。

もし自分に娘がいたら付けたいと思っていた名前らしい。


「あの、オーデンさんはどうしてそんなに平気そうなんんです?」

「ん?」

「だってここは廃棄の森ですよ? 普通はもっと泣いたり喚いたりするものじゃないんですか?」


メルヴィンの言い分を信じるならば、彼は罪人ではないにもかかわらず攫われて廃棄の森に捨てられたということになる。

絶望的な状況であるはずなのに、メルヴィンは楽しんでいるようにすら見えて……。


「ああ。それはソフィのおかげかなぁ」

「私?」

「身なりは整っていて健康状態も悪くなさそうなソフィを見たら、この森で生きていくすべがあるんだなって……。そうしたら恐怖よりも興味のほうが勝っちゃったんだよね」

「な、なるほど?」


まるで私と出会うまでは恐怖で震えていたかのような口振りだが、割と最初からメルヴィンは落ち着いていたような……。


「そんなことより、オーデンさんなんて他人行儀な呼び方はやめてほしいな。敬語もいらないよ?」

「でも、私より年上ですよね?」


年齢を確認するとメルヴィンは二十五歳だという。

しかし、メルヴィンは頑として譲らず、結局は敬語をやめて彼を名前呼びすることになったのだった。





「へぇ……まさか廃棄の森にこんな場所があるとは思わなかったなぁ」


メルヴィンを連れて歩くこと二十分。

辿り着いたのは、ぽっかりひらけた空間に小さくて古びた家が立ち並ぶ集落。

一応、狭いながらも畑だってある。


「ここが私の家よ」


全部で七つある家の一つ、一番右端を指差しながらメルヴィンを家の前まで連れて行く。


「片付けてくるから、ちょっとだけここで待ってて」

「えー……僕、待つのって苦手なんだよね」

「すぐに終わらせてくるから!」


ものすごく不満げなメルヴィンを(なだ)め、彼を外に待たせたまま自分だけが家の中へ入ることに成功する。


現在、この集落には私しか住人がおらず、この家を訪れるのは行商人のホレスとアントンのみ。

彼らだって家の中にまで入ってくることはなく……つまりは部屋の片付けをサボりにサボりまくっていたのだ。


(だって、こんな展開になるなんて思わないじゃない!)


自分に言い訳をしながら、見事に散らかった室内を見渡す。

といっても、小さな家なので部屋は寝室を含めて二つだけ。

とりあえず、玄関からすぐのキッチンと二人掛けのダイニングテーブルの周りを片付け始める。


「わ! ムィちゃん、ちょっとどいて! 今からお客様がくるのよ」

「ムィムィ!」

「ピィちゃんはこっち!」

「ピィィィ!」


しかし、可愛いらしい鳴き声とともに、私の足元にじゃれついたり飛び回ったりと(せわ)しないペットたち。


(この子たちも移動させたほうがよさそうね)


少々変わった見た目をしているペットたちを見たら、メルヴィンはきっと驚くだろう。

それに彼は(みずか)らを魔術師だと名乗っていた。


(下手に誤解して、魔法でこの子たちが攻撃なんてされたら……)


もしものことを考え、ペットたちを窓から外に逃がそうとするが、なぜかペットたちは頑なに家から出ようとしない。

そんな私の真後ろから声がかかる。


「わぁ! 見たことのない生き物がいっぱいだ」

「え!?」


振り返るとそこにはメルヴィンが……。


「なんで勝手に入ってきてるの!?」

「だって……僕、待つのって苦手なんだよね」


それはさっきも聞いた。


「それに、気になるものが目の前にあるのに『待て』なんてできないよ」

「でも、まだ部屋が片付いてなくて、それに……」

「まあまあ、僕は気にしないから大丈夫」


そう言いながらメルヴィンは勝手に椅子に座ると、そのままダイニングテーブルに頬杖をつく。

あまりのマイペースさに唖然(あぜん)としている私に、琥珀色の瞳が向けられた。


「それで……どうしてこんなにたくさんの魔物がいるの?」

「え……あの、拾ってきて……」

「ソフィが? じゃあこの子たちは僕の先輩になるんだね」


そのまま足元をトコトコと歩くカーバンクルのムィちゃんに「よろしく先輩」とメルヴィンが声を掛け、ムィちゃんも鳴き声で応えている。


「魔物……怖くないの?」

「実物を見るのは初めてだけど可愛いよ?」


そう言って微笑むメルヴィンに、私はホッと安堵の息を吐く。


「この子たちは魔物じゃなくて聖獣って呼ばれる生き物なの。無闇に危害を加えたりしないから安心して」

「ふーん。魔物じゃなかったんだね」


数百年前、国境沿いに結界が張られるまではソウルバーク王国内にも魔物が侵入していたのだという。

そのため、魔物の脅威は伝承によって人々に伝えられ、畏怖する存在だと認識されている。


実際、この森にも危険な魔物が生息しているが、我が家のペットたちのように害のない聖獣だって存在しているのだ。


「この子たちに名前はあるの?」

「あなたの足にじゃれついている子がカーバンクルのムィちゃんよ。それにこっちがグリフォンのピィちゃん、この子がケット・シーのミィちゃんで……」


紹介する私の言葉に合わせるように、聖獣たちは鳴き声で応えている。


「鳴き声重視の名前なんだね」

「かわいいでしょ? 他の子たちは外から戻ったら紹介するわ」

「他って……全部で何匹いるの?」

「えっと、十匹……くらい?」 


本当は十五匹なのだが、なんとなく引かれてしまいそうで咄嗟(とっさ)に数を誤魔化してしまった。

しかし、メルヴィンは目を大きく見開いたあと、思いっきり吹き出てしまう。


「ふふっ! ソフィってば拾い過ぎだよぉ。そんなにたくさん面倒を見るの大変じゃない?」


実はペットと言っても聖獣たちは好き勝手に家を出入りし、餌も外で勝手に食べてくるので特に手は掛からないのだと説明をする。


「聖獣の習性なのかなぁ? ちょっと気になるね」


そう言ったあと、メルヴィンは私の目を真っ直ぐに見つめた。


「だけど、僕が今一番気になるのはこの集落についてなんだ。ねぇ、ソフィ……教えてくれる?」



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