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女神ファムラーシル②

「女神に見限られた……?」

「そのようなデタラメ……聞き捨てならんぞ!」


動揺するアデラインと激昂するエイブラム。

すると、ついに国王陛下が口を開いた。


「何を根拠にそのようなことを?」


しかし、相手が国王であろうがメルヴィンの不遜な態度は変わらない。


「ソフィを新たな聖女に仕立て上げて誤魔化すつもりだったんだろうけど……実際は、ソフィが追放されてからの十年間、新たな聖女は一人も生まれていない。それが根拠だよ」

「そんな不確かなものが根拠とは……」

「逆の立場になって考えてみなよ。聖女は女神ファムラーシルからの贈り物(ギフト)だ。それを必要ないと捨てたんだから、女神サマだって機嫌を損ねると思わない? もしくは、この国に聖女は必要ないと判断したのかもしれない」

「…………」

「あと、これはアデライン妃や神殿長だけの責任じゃないからね。ソフィの追放に加担した全ての者が同罪だ」


そう言って、メルヴィンは国王を真正面から見据える。


私を『まがいもの』だと罵ったのはアデラインであり、その言葉に同調したのはエイブラムだ。

だけど、実際に私を追放し、ロードリックの死の責任を『まがいものの聖女』に押し付け、国中に吹聴する……それらがこの二人だけの仕業とは思えない。

おそらく、国王も加担した者の内の一人なのだろう。


「そんな……ファムラーシル様がそのようなことをなさるはずがない!」


エイブラムはメルヴィンの話に納得がいかないとばかりに吠える。


「そうかなぁ? まあ、そう思うならそれでいいんじゃない? 指を食わえて女神の慈悲をいつまでも待ち続ければいいよ」


面倒くさそうに告げると、話は終わったとばかりにメルヴィンはエイブラムに向けて手をかざす。


「じゃあ、もういいかな?」

「待て! 何を……!?」

「だから、僕のソフィに触るなって……何度も言ってるだろ?」

「うわっ! 何だ!? 止めっ……」


焦る声とともに、ようやく私の身体からエイブラムの手が離れていく。

振り返ると、足元からゴーレムの腕だけが生えて、エイブラムの身体に巻き付いて動きを封じていた。


解放された私は今度こそメルヴィンに駆け寄り、広げられた彼の腕の中へ飛び込む。


「メルヴィン!」

()っ!」


途端に、メルヴィンは顔を(しか)め、彼の身体がぐらりと揺れた。


「え? どうしたの?」

「大丈夫。何でもないよ。それより、ソフィが無事でよかった! 怪我はない? 酷いことはされなかった?」

「ええ。私は大丈夫……」


そう言いながらメルヴィンの顔を見上げると、以前よりも痩せてしまっていることに気がつく。

それに、間近で見ると、薄くなってはいるが殴られたような跡が頬や目の周りに残っており、顔色もいいとは言えなかった。


それは、メルヴィンが捕らえられてから、どのような扱いを受けていたのかを現していて……。


(なんてことを……!)


瞬間、強い怒りが湧いた。


神殿が望むように振る舞えばメルヴィンに危害は加えないと言われ、私は自分の感情を押し殺し、神殿の指示に従い続けてきた。


だが、その約束はどうやら守られていなかったらしい。


(ああ、やっぱり……)


十年前と何も変わらない。

この国は私を利用したいだけなのだと、改めて思い知らされる。


「メルヴィン。私のせいで……ごめんなさい」


そして、私は両手に治癒魔法を纏わせながら、そっとメルヴィンの頬に触れる。

みるみるうちにメルヴィンの顔から痣が消えていった。


(きっと顔だけじゃないわよね)


そのまま彼の全身に向けて治癒魔法を放つ。

そんな私の頭の中は、大切な人を傷つけられたことへの怒りでいっぱいだった。


メルヴィンの治癒を終えると、私は王族たちへ向き直る。


「十年前……私はこの国から追放され、廃棄の森へ捨てられました。再びこの国へ戻ってきたのは、私の無実を証明したかったからです」


そして、それを証明してくれたのはメルヴィンだった。

彼が私を過去の呪縛から解き放ってくれたのだ。


「だから、もうこの国に用はありません。聖女になんてなるつもりもない。私はメルヴィンと一緒にこの国を出ていきます!」


そう、ここは私の居場所じゃない。


ようやく自分の気持ちを吐き出すと、少しだけすっきりとした心地になる。

だけど、すぐにエイブラムの声が響いた。


「聖女様! なんてことをおっしゃるのです。たしかに、十年前は……我々が判断を間違えてしまったのかもしれません。しかし、この国に暮らす民には何の罪もありません」


私はぐっと言葉に詰まる。

それを見たエイブラムはさらに言葉を畳み掛けた。


「そんな民たちを聖女様は見捨てるおつもりですか? 聖女様の治癒魔法がなければ、大勢の民が病や怪我で苦しむことになるのですぞ?」


痛いところをついてくる。

それが事実だからこそ、余計にたちが悪い。


どう反論しようかと悩む私の肩に、ぽんっと優しくメルヴィンが手を置き、私の代わりに口を開いた。


「ふふっ。今度は泣き落とし?」

「事実を述べているだけだ。聖女がいなくなればどれだけの被害が及ぶと思っている」

「聖女の治癒魔法のせいで、すでに被害は出ているんだけどね」

「はあ? 一体何の話を……?」

「一つ、面白い話を聞かせてあげるよ」


メルヴィンが語り出したのは、獣人の寿命の話だった


人の寿命の倍は生きる獣人。

そのため、老いるスピードも人とは違うらしい。

興味を持ったメルヴィンは、人の寿命について調べることにしたそうだ。


その話を聞きながら、私はホレスとアントンのことを思い出していた。

たしか、アントンの幼い見た目と年齢が違うことで揉めていたような……。


そして、メルヴィンはこの国に暮らす人々の寿命についても調べたのだという。


「それで面白いことがわかったんだ。この国の民の平均寿命は他国とたいして変わらなかったんだけど、王都に暮らす民は少しだけ平均寿命が短かったんだ」


一体どういうことだと、私はメルヴィンの横顔に視線を向ける。

その時、国王の隣に立つ近衛騎士が、手で何やら合図のようなものを送っている姿を視界の端に捉えた。

それを目で確認した国王は、護衛騎士に軽く頷いてみせる。


(嫌な予感がする……)


私はメルヴィンのローブの裾を引っ張るも、彼はこちらを見ることなく、熱心に寿命について語り続ける。


「気になった僕は平民だけじゃなく貴族の寿命についても調べてみたんだけど……そうしたら、この国の貴族の平均寿命が異様に短いという結果が出たんだよね。さらに王族は平民より十歳近く寿命が短かった」

「それはどういう意味だ……?」


王族という言葉に反応した国王がメルヴィンの説明に口を挟む。


「おかしいよね? 貴族……ましてや王族なんて、病に罹ったり怪我を負ったら必ず聖女からの治癒魔法による治療を受けている。それなのに寿命が短い。だから僕は逆だと思ったんだ」

「逆?」

「そう。王族や貴族は聖女の治癒魔法を受け続けているからこそ寿命が縮んだんじゃないかってね」


メルヴィンの言葉に辺りは静まり返った。

構わず、メルヴィンは聖女の治癒魔法について説明をしていく。


聖女の治癒魔法は患者の生命力を活性化させ、それにより病や怪我を治しているのではないかということ。

だが、生命力は年齢を重ねるごとに減っていく。

それなのに、人の身体は年齢を重ねるにつれて、病などの不具合が生じやすくなる。


「つまり、聖女の治癒魔法は患者の生命力を使用して効果を発揮している……わかりやすく言えば、治癒魔法の治療を受ければ受けるほど、生命力を酷使し、寿命を削っているんじゃないかってことだね」

「寿命を削る……?」


国王だけでなく、アデラインもエイブラムも困惑した表情になっている。

それも仕方がないだろう。

だって、国の礎を築いてきた聖女の治癒魔法が、まさか相手の寿命を縮めるものだなんて……。


いくら治癒魔法でも、死者を生き返らせることはできない。

治癒魔法で病を治したせいで、怪我を治療したせいで、死期を早めてしまったということだ。


「治癒魔法も女神からの贈り物(ギフト)だけど、それを受ける僕たちはただの人間だから……まあ、仕方がないんじゃないかな。だから、いつまでも聖女に頼ってないで、別の道を模索すべきだと思うよ」


長い説明を終えたメルヴィンは、ふぅっと息を吐き出した。

しばしの無言の時間が流れたあと、国王が断固とした口調で答えを出す。


「たとえ、今の話が本当だったとしても……我が国は聖女(ソフィア)をみすみす手放すわけにはいかんのだ」


その言葉を合図に、ホールの扉が勢いよく開かれた。

そこには、青地に銀の刺繍が施されたローブを身に纏う二十人以上の魔術師が揃っており、一斉にメルヴィンが作り出したゴーレムへと攻撃を仕掛ける。


「メルヴィン!」

「…………」


しかし、メルヴィンは私と自分の周りに防御魔法を展開させ、その場から動こうとしない。


「早く逃げなきゃ!」


ゴーレムたちは魔術師の攻撃魔法によって次々と破壊されていく。


(きっと、この人たちは魔術師団だわ)


メルヴィンの所属していた魔塔とは違って、戦闘に特化した魔法を扱う集団。

いくらメルヴィンが強くても、私を守りながらこの人数を相手にするのは苦しいはず……。


だが、どれだけ言ってもメルヴィンはやはり動かなかった。

そして、ついに最後の一体となったゴーレムが倒され、メルヴィンが優位であったはずの場があっという間に逆転されてしまう。


「すでにこのホールは魔術師団によって囲まれている」


勝ちを確信した国王の言葉に、先ほどの近衛騎士とのやり取りを思い出す。

おそらく、魔術師団が到着したことを報せる合図だったのだろう。


「長々とそなたの話を聞いていたのは時間を稼ぐためだったのだ。楽しませてもらったよ」


すると、なぜか追い込まれているはずのメルヴィンがにっこりと笑みを浮かべる。


「奇遇だね。僕も時間を稼いでいたんだよ?」


そして、ホールには懐かしい鳴き声が響いた。


読んでいただきありがとうございます。

次回は11/3(月)に更新予定で最終話になるはずです。

よろしくお願いいたします。

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