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女神ファムラーシル①

(メルヴィン……!? どうしてここに?)


無事に釈放された……という雰囲気ではないのは見てわかる。

どうにかして牢から抜け出し、私を迎えにここまで来てくれたのだろうか。


周りの貴族たちも呆然としたまま、破壊された扉とメルヴィンを見つめている。


そんな中、メルヴィンは気負うことなくホールに足を踏み入れ、王族を庇う近衛騎士たちが一斉に警戒を強めた。

しかし、彼は王族たちには目もくれず、一直線に私に向かって……。


「メルヴィン! ……あっ!」


彼の名を呼び、駆け出そうとした私の腕が強く引っ張られる。


「聖女様!!」


振り返ると、私の腕を掴んだエイブラムと視線がぶつかった。


「離して!」

「なりません! 誰か! あの男を捕らえよ!」


エイブラムの声に、ようやく警備の騎士たちが動き出す。

しかし、メルヴィンは動じることなく足を止め、エイブラムを見据えたまま口を開いた。


「僕のソフィに触るなよ」 

 

メルヴィンが両腕を伸ばし、一気に魔力を放出させると、紫色を帯びた魔力の光が辺り一面に広がる。

それと同時にホール全体に軋むような音が響き渡った。


(一体何が起こって……?)


そして、私はとある異変に気がつく。


(壁が……)


ホールの壁が盛り上がり、手や足らしきものが徐々に形成されていくのだ。

それは見る見るうちに人型となり、頭の部分がホールの天井まで届く程の巨大なゴーレムとなる。


そんなものがホールの壁という壁から現れ、取り囲まれた貴族たちは悲鳴を上げ、恐怖に震え、その場に座り込んでしまう者もいた。


「僕の邪魔さえしなければ、ゴーレムは危害を加えないよ」


そう告げると、メルヴィンは再び歩き出す。


近衛騎士たちは王族から離れられず、警備の騎士たちはゴーレムに向かうべきかメルヴィンを捕らえるべきか判断に迷っている。


すると、掴まれた私の腕がエイブラムによってさらに強い力で引っ張られ、背後から首元に腕を回された。

それを見たメルヴィンの片眉が跳ね上がる。


「と、止まれ! 聖女がどうなってもいいのか!?」

「ねぇ、自分の立場を忘れちゃった?」

「何を……」

「聖女を保護する神殿長サマが、自分の命惜しさに聖女を危険に晒してどうするの?」

「あ……いや、そんなつもりは……」


嘲笑うメルヴィンの言葉に、私が人質としての役割を果たしていたのは『距離』があったからだとエイブラムは悟る。


離れた場所で相手がどのような状況かわからないからこそ、『危害を加える』という脅しが効果的であり、メルヴィンを捕らえることにも成功した。 


しかし、今の状況では大っぴらに聖女の私を人質にすることも出来ず……。


エイブラムは焦った様子で、今度は貴族たちの輪に向けて声を張り上げる。


「オーデン伯爵!」


すると、三十代前半くらいだろうか、背が高く黒髪に琥珀色の瞳を持つ男がこちらに近づいてくる。


(この人が……?)


メルヴィンの兄サイラスがオーデン伯爵家の当主だと聞いたことがある。

髪と瞳の色はメルヴィンと同じだが、騎士のようながっしりとした体格に切れ長な眼差しは、あまり似ているとは言い難い。


「お呼びかな?」

「弟君の暴走を止めてください! このままではオーデン伯爵家まで責任を取らされることになりますぞ!」

「おや? この者(・・・)はすでに我が家の籍から抜けて縁が切れているはずだが?」


しかし、エイブラムの申し出をサイラスはしれっと(かわ)す。


「そんなことを言っている場合では……」

「そうはいかない。不可解な罪でこの者が捕縛された時、釈放を願い出た私に『籍を抜けた者に関与はできない』と突っぱねたのは神殿と王家だ。私はそれに従うまで」


そう言って、サイラスは冷淡な笑みを浮かべる。


「つまり、この者がどのような罪を犯しても、我がオーデン伯爵家が罪に問われる(いわ)れはない」

「詭弁を……!」


苦々しい表情で、なおも言い募ろうとするエイブラムの言葉をサイラスは真っ向から受け止めた。


「詭弁などとは心外だ。私はこの者を『助けてくれ』とは言っていないだろう? 遠慮なくこの者を捕らえてくれて構わない。……それが出来るのならな」


暗にメルヴィンがそれ程の実力者であると伝えるサイラス。


そして、ちらりとメルヴィンに目配せをし、優雅な仕草で王族席に頭を下げると、そのまま貴族たちの輪に戻っていく。

その姿は「気にせず好きにやれ」とメルヴィンに告げているようで……。


メルヴィンが魔塔主の地位を退き、貴族籍から抜けたことで神殿は彼に付け入る隙を見つけた。

だが、逆にメルヴィンの暴挙を止める『理由』もなくなってしまったのだ。


貴族でも、魔塔主でもない……ただのメルヴィン。

彼が罪を犯しても、責任を負うのは本人だけ。


「さあ、ソフィから手を離してくれる?」

「こ、この国から聖女を奪うつもりか? 聖女はこの国の(いしずえ)だぞ?」

「先に聖女(ソフィア)を手放したのはこの国だよ。そうだよね……アデライン妃殿下?」


メルヴィンは王族たちに視線を向けたあと、ホールに集まる貴族たちに向けて語り始める。


その瞬間を狙って警備の騎士がメルヴィンに近付こうとするも、ゴーレムによって阻止されてしまい、結局はホールの中にいる誰もがメルヴィンの話に耳を傾ける状況になってしまった。


「ここにいるソフィアに聖女の証が浮かび上がったのは十年前。当時八歳だった彼女は、病に冒されたロードリック第一王子の治癒を任された……」


だが、治癒魔法では回復せず、ロードリックが亡くなってしまったこと。

その全ての責任を押しつけられた私が、『まがいもの』として廃棄の森へ追放されたとメルヴィンは続ける。


「だけど女神ファムラーシルの加護により、ソフィアは廃棄の森で生き延びていた……。そのことを知った王家と神殿がソフィアを新たな聖女として迎え入れたんだ。ほんと、どの面下げてって感じだよね?」 


煽るメルヴィンに我慢ならなかったのか、アデラインが立ち上がろうとし、それを近衛騎士が慌てて止めている。

そんなアデラインを一瞥(いちべつ)し、メルヴィンは問いかけた。


「十年前、聖女の治癒魔法でも回復しないロードリックの病状を、あなたは把握していたんだよね?」

「…………」


黙り込むアデライン。

だが、気にする様子もなく、メルヴィンは再び口を開いた。


「どうして動かなかったの?」

「動く? 何を言っているの?」


アデラインは眉間にシワを寄せながら、苛立ち混じりに言葉を返す。


「ロードリックとクライド殿下の病は同じものだった。それじゃあ、なぜロードリックが死んでクライド殿下は生き残れたと思う?」

「…………」

「答えはね。ジリアン妃殿下が僕に助けを求めたからだ。そうでなければ、今頃はクライド殿下もロードリックと同じ道を辿っているんじゃないかな?」

「それは比較にならないわ。十年前、あなたは魔塔にいなかったのだから」

「んー……まあ、そうだね」


メルヴィンの言葉を聞いて、アデラインは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「だけど僕が聞きたいのは、どれだけロードリックの病に向き合ったのか……ということだよ。あなたは当時の魔塔に助けを求めたのかな? 薬師に相談は? 他国の症例を調べたりは?」


ようやく、メルヴィンが何を言おうとしているのかを理解する。

アデラインは、ロードリックの治療がうまくいっていないことを知っていた。

だけど、そのまま神殿に任せきりだったことをメルヴィンは責めているのだ。


同じように、クライドが病に罹り、聖女の治癒魔法の効果が見られなかった時、ジリアンは罰を受けることを承知でメルヴィンに助けを求めた。

結果的にクライドは一命を取り留めたのだ。


「ほら、そう考えるとロードリックの死に関してはあなたにだって責任があるんじゃない?」

「なんて酷いことを! 私は我が子を亡くして……」

「うん。だからさ、その悲しみや苦しみをどうしてソフィアにぶつけたの? ぶつけるなら自分自身にしなよ。聖女になったばかりの八歳の少女に全てを擦りつけて廃棄の森へ追放だなんて……あり得ないでしょ?」


メルヴィンの声と表情から怒りの感情が滲み出ている。


「だからこの国は女神に見限られたんだよ」


読んでいただきありがとうございます。

次回は11/1(土)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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