会いたい
読んでいただきありがとうございます。
※ソフィア視点に戻ります。
新たな魔塔主にクローディアが選ばれたことを知ると同時に、彼女が内通者であったことが判明してしまう。
「聖女様が神殿の望む振る舞い続けることが、魔塔主様……いえ、メルヴィンの命を守ることに繋がる……。どうかそれを忘れないでください」
そして、そんなクローディアからもメルヴィンが人質として捕らえられていることを念押しされた。
「あの男は何をしでかすかわかりませんからなぁ……。しかし、聖女様を丁重にもてなすと告げれば途端におとなしくなったようです」
続くエイブラムの言葉に、メルヴィンに対しては私が人質になっていることを理解する。
(ああ、だから……)
廃棄の森であれだけの魔物を一人で倒したメルヴィンが、どうして簡単に捕らえられてしまったのかが不思議だった。
きっと、私に危害が加えられないよう、メルヴィンはたいした抵抗もせずに捕まることを選んだのだろう。
エイブラムとクローディアが部屋を出ていき、一人残された私はソファに座ったまま動けなかった。
(メルヴィン……)
このまま神殿の望む聖女を演じていればメルヴィンの命は保証される。
だけど、それはいつまで? まさか一生?
私は神殿の意のままに動く聖女となり、メルヴィンは一生を牢の中で過ごすのだろうか?
(会いたい……メルヴィン! メルヴィン!)
心が悲鳴を上げ、ただメルヴィンの名前を呼び、過去の思い出を何度も何度も反芻する。
彼と離れたことで、自分の中のメルヴィンの存在がどれだけ大きかったのかを思い知らされた。
『大好きだよ、ソフィ。だから僕を置いていかないで』
あの日のメルヴィンの言葉が蘇る。
(だけど、私の返事は……)
恋愛の意味で好きかどうかわからない。だけど、メルヴィンの側にいたい……そんな曖昧で不確かなものだった。
それでもメルヴィンは受け入れてくれた。
だから私はメルヴィンに甘え、これからもずっと一緒なんだから……と、いずれ答えを出せばいいと先延ばしにしてしまって……。
(ほんと……バカみたい)
離れて、もう二度と会えなくなってしまってから、どうしようもなく強い想いをメルヴィンに抱いていると気づくなんて……。
『大丈夫。僕は絶対に離れないから! ずっとソフィの側にいる! だから、いつでも僕のことを好きになってくれていいからね!』
あの時、ちゃんと言えばよかったな……。
(メルヴィン……私もあなたが……)
そんな私の心の声は、誰にも届かずに消えていく。
◇
エイブラムの言葉通り、新たな聖女を披露するためのパーティーが催される。
聖女の証がよく見えるようにと髪を結い上げられ、白い聖職衣に身を包んだ私は、エイブラムと並んで王城のホールへと足を踏み入れた。
途端に、ホール中の人々からの視線が私に突き刺さる。
楽団の演奏する音楽が絶え間なく流れ、テーブルの上に並べられた豪華な料理の数々と、美しく着飾った貴族たちの談笑の声……。
自分には場違い過ぎる華やかな場所だというのに、私には緊張も気負いも何もなかった。
ただ、現実味のない……まるで他人事のような気分。
もちろんそれを表に出すことなく、私は促されるまま歩み続け、ホールの奥……数段高くなった空間に王族のみが座ることの許された椅子が並ぶ……そのすぐ側で足を止め、近くの壁に控えるようエイブラムに指示される。
しばらくするとゆったりと流れていた音楽が止み、管楽器が鳴り響くとともに、王族専用の出入り口の扉が開いた。
二人の側妃、王妃、国王陛下が姿を現し、順に椅子へと座った。
その時、王妃アデラインと偶然目が合ってしまう。
途端に十年前のあの日……『まがいもの』ときつく罵られた光景が脳裏に蘇る。
だが、当のアデラインはにこやかな笑みを私へ向けてきたのだ。
胸の奥がじくりと痛む。
アデラインは私が十年前に追放された『まがいものの聖女』だと知っている。
そして、それが間違いであったことも。
当時、実の息子を亡くしたばかりの彼女の悲しみは相当なものだったのだろう。
だからといって、私に苦しみを与えていい理由にはならない。
それなのに、何事もなかったかのような微笑みを私に向けるアデライン。
まるで、私が罪を背負い続けた十年間が『なかったこと』にされてしまったようで……それが酷く虚しかった。
私はそっと視線を逸らして、目を伏せる。
(そういえば……)
クライドの姿が見当たらないことに気がついた。
もしや、体調が悪化したのだろうかと不安になるも、国王陛下が立ち上がり開会の言葉を述べ、クライドの不在について説明がないままパーティーが始まってしまった。
さっそくエイブラムが陛下のもとへ近づき、よく通る声で口上を述べたあと、新たな魔塔主を紹介したいと続ける。
すると、着飾った貴族たちの輪の中から、黒地に金の刺繍を施したローブ姿の二人が進み出た。
一人はクローディア。
そして、もう一人は見るからに無愛想で気難しげな初老の男。
魔塔内でこの男を見かけた記憶はなかったが、そのローブ姿を見るに魔塔の研究者であることは確かなのだろう。
クローディアは自身が新たな魔塔主となることを宣言し、そのまま開発したばかりの魔導具の説明を始める。
その魔導具は声を遠くへ届けることのできるものなのだという。
だが、その説明を聞いていた皆が戸惑いの表情を浮かべた。
「実際に見ていただいたほうがよさそうですね」
そう言って、クローディアは初老の男から銀の箱型魔導具を受け取る。
「実はこれと同じ魔導具を王都の様々な場所に設置しております」
クローディアの手元にある魔導具に声を吹き込むと、その声が王都内に設置した魔導具から流れ出る仕組みなのだと言葉を続ける。
「つまり、新たな聖女様を披露する声を王都中に届けることができるというわけです」
そこでようやく私を含むホール内の人々が魔導具の役割を理解した。
十年以上もの長い期間、新たな聖女が誕生しない不安に晒されていたのは貴族たちだけではない。民たちだって同じだったはず。
今日のお披露目パーティーの様子を魔導具を使って共有することで、民たちも不安から解放されるというわけだった。
魔導具を手にしたままクローディアが少し下がると、入れ替わるようにエイブラムが前に出る。
「では、新たな聖女ソフィア様の素晴らしい治癒魔法を披露いたしましょう!」
エイブラムの声を合図にホールの扉が開き、現れたのは一人の騎士だった。
彼は訓練中の事故で右腕の骨を折ってしまったらしく、包帯で腕を固定された姿はひどく痛々しい。
騎士はずんずんと私に近づいてくると、ピタリと私の前で足を止め、その場に跪いた。
エイブラムが騎士の右腕に巻かれた包帯を解くと、腫れ上がった腕が露わになる。
私は無言のまま両腕を伸ばし、騎士に向けて両手から魔力を放出させる。
もちろん、このパフォーマンスについて事前に打ち合わせがあり、エイブラムからはなるべく派手に治癒魔法を使ってほしいと要望があった。
その目論見は無事に成功したのだろう。
輝く金の粒子が跪く騎士の身体に降り注ぎ、それを見た貴族たちが感嘆の声を上げている。
「ああ……右腕が動く……痛みもなくなった……。聖女様、ありがとうございます!」
そして、おもむろに立ち上がった騎士が、完治した右腕をぶんぶんと動かした。
周囲の貴族たちから割れんばかりの拍手が起こる。
この瞬間、私はこの国の聖女として正式に認められたのだ。
それなのに、私の心はどんどんと冷えていく。
この国の人たちは私を必要としている。
皆に私は望まれている。
そんな幼い頃に求めていたものを手に入れた。
(だけど、ここは私の居場所じゃない)
メルヴィン。
私はあなたの側がいい。ずっとあなたの隣にいたいの……。
『これからも君の願いは僕が叶えてあげる。だから、困った時は僕を呼んでね。約束だよ?』
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
「メルヴィン……助けて……」
思わず私の口から零れた言葉は、鳴り止まない拍手の音によってかき消されてしまう。
その時、何の前触れもなく王族専用の出入り口から爆発音が響いた。
「きゃあああっ!!!」
貴族たちから悲鳴と驚きの声が上がり、騎士たちは慌てて王族たちに駆け寄る。
何が起こったのかわからないまま、音がした方へ視線を向けると、埃が舞い上がり、扉があり得ない形にひしゃげていた。
そんな扉の隙間から、黒髪に琥珀色の瞳を持つ青年が姿を現す。
「お待たせ、ソフィ。迎えにきたよ」
次回の更新は10/28(火)予定です。
よろしくお願いいたします。




