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あなたさえいなければ②(Side.クローディア)

読んでいただきありがとうございます。

※今回もクローディア視点です。

おかしい。何もかもがおかしい。

魔封じの首輪(チョーカー)に興味を持ったメルヴィンは、その製作者である私の才能にようやく気づき、関心を抱いてくれるはずで……。


けれど、現実にはその話題をメルヴィンが口にすることはなく、彼の全ての関心と興味はただソフィアだけに向けられていた。


これまでメルヴィンが連れ帰った弟子の中には女性も居たが、あくまでも研究を気に入っているのであって、弟子自身にここまでの執着を見せることなんてなかったのに……。


(あり得ない……どうしてあんな子が?)


弟子などと言いながらメルヴィンの素晴らしい功績を知りもせず、理解しようともせず、ただ彼の後ろを付いて回るだけの存在。


その姿を見ているだけで、胸の奥からどす黒い感情が湧き上がる。


(私のほうが彼の隣には相応しいのに!!)


そう心の中で叫んだ瞬間、私は気づいてしまった。


ああ、気づきたくなかった。

こんな醜い感情に気づきたくなんてなかった。


恋愛感情なんて無駄なもの。

そう断じて、研究者として魔塔に全て捧げると決め、それだけのために生きてきた。

だから、同じ研究者としてメルヴィンに才能を認められたいと、そう思っていただけのはずなのに……。


(私はいつから……?)


考えたところできっかけなんてわからない。

ただ、私が恋心を自覚したと同時に、失恋をしてしまったことだけは理解した。

 

だって、メルヴィンがソフィアに見せる表情は、これまで私が見たことのないものばかりだったから。


(胸が苦しい……)


ソフィアだけじゃなく、メルヴィンの姿を見るだけで焦燥感に呑み込まれてしまいそうになる。

そんな自身をなんとか奮い立たせ、せめて自身の才能だけでも認められたいと、私はメルヴィンに切り出した。


「ずっと気になっていたのですが……以前おっしゃっていた『廃棄の森に捨てられた』という話は事実ですか?」


そのまま、どうして廃棄の森からの帰還に時間がかかったのかを聞きだす。


私が改良した魔封じの首輪(チョーカー)の解除に時間がかかったせいなのかもしれない。

そんな期待を込めてメルヴィンを見つめた。

少しでも私のことを認める言葉が欲しかったからだ。


「てっきり何かトラブルでもあったのかと思ったのですが……」

「トラブル? ああ、そういえば……」


しかし、廃棄の森には魅力的なものが多く、メルヴィンは魔封じの首輪(チョーカー)の存在なんてすっかり忘れてしまい、解除を後回しにし続けていたのだと言われてしまう。


(ああ、ダメだった……)


研究者としてもメルヴィンには何一つ認められず、相変わらず彼の瞳に私は映っていないことを突き付けられる。


私には何の価値もないのだと、そう言われてしまったようで……。

絶望感とともに虚しさが心に広がっていく。


(あなたさえいなければ……)


こんなにも苦しくて惨めな気持ちを味わうことなんてなかった。

こんなにも報われないものがあるのだと知らなくて済んだのに。


そんな恨みがましい感情に囚われ、涙が溢れる。


(全部、忘れましょう)


そう。彼への恋心も、憧憬も、全て忘れてなかったことにする。

そうでもしないと心が張り裂けて、どうにかなってしまいそうで……。


私は全ての感情を封じ込め、神殿の指示通りにメルヴィンの行動を報告し、メルヴィンの補佐役を務め、毎日を過ごしていく。


そこへ、思わぬ事態が起きてしまった。


「まさか、魔塔主様が……!?」


エイブラムに呼び出された私は、ソフィアが聖女であること。そんな彼女を隠匿した罪でメルヴィンが捕縛されたことを知らされる。


どうやら、王城やその他の様々な場所にも、私のような協力者(・・・)を神殿は潜り込ませていたらしい。


(貴族籍を抜けるだなんて……どうしてそんな愚かな真似を……)


出会ってからこれまでずっと、突飛過ぎるメルヴィンの行動を読めた試しがない。

だけど、今回ばかりはソフィアのために何か理由があったのだと予想がついた。


そのタイミングを神殿に狙われてしまったのだろう。

封じ込めたはずの感情が再び揺らぎ、ジクジクと心が痛み出す。


「そこで、新たな魔塔主が必要になるのだが……君にお願いしようと思っているんだ」

「私に?」

「ああ。これまで魔塔主(メルヴィン)の補佐を務めていたのだろう? ならば君が適任者だと私から進言させてもらうつもりだ」 


エイブラムの言葉に神殿の思惑が透けて見える。


話を聞いた限り、クライド第二王子の病が聖女の治癒魔法で治せなかったことは事実のようだ。

だが、そのことを公表するわけにはいかない。


だから、メルヴィンの功績……医療用魔導具の開発ごと我が物にしようと考えている。


「引き受けてくれるだろう?」


もちろん、私に拒否権などあるはずがない。


思わぬタイミングで、まさか魔塔主の地位が転がり込んでくるなんて……。


「ふふっ……」


エイブラムと別れ、一人魔塔へ帰る馬車の中、思わず笑いが込み上げてくる。


(くだらない……)


自身の実力で得たわけでもない地位に就いたところで、喜びが湧き上がるはずもない。

これからも神殿の道具で有り続けなければならない自分自身にうんざりする。


それから一週間も経たない内に、私が新たな魔塔主となることが決定した。

だが、書類上どうしても前魔塔主……メルヴィンのサインが必要となり、私は自ら彼の元を訪れることを決める。


どうして会おうと思ったのか……。

自分でもよくわからない……わからないけれど、私が魔塔主となることを告げた時のメルヴィンの反応を見てみたかったのかもしれない。


(軽蔑されてしまうかしら?)


それならそれでいい。

この辛く苦しい感情に(とど)めを刺してくれるのなら。





メルヴィンが捕らえられているのは王城の敷地内……魔術師団棟の地下に作られた特別牢。

この特別牢の中では魔法を使うことが出来ず、メルヴィンのような魔術師を捕らえるための場所だった。


「やあ、クローディア。久しぶりだね」


鉄格子の隙間からは簡素な一人部屋が見え、壁にもたれた状態のメルヴィンが床に座り込んでいた。


貴族籍を抜けたとはいえ、元魔塔主という地位もあってか、さすがに平民と全く同じ扱いとはならなかったようだ。

ただし、それなりに痛めつけられたらしく、顔には殴られたような痛々しい跡が残り、随分と痩せてしまっている。


「思ったよりもお元気そうで安心しました」

「骨の一本でも折られるのを覚悟していたんだけれどね。優しい連中ばかりで僕も安心したよ」


嫌味を言う元気はあるようだ。


「魔塔主様も、あまり相手を煽らないようになさってください」


溜息混じりにそう注意をすると、メルヴィンは小さく笑う。


「僕はもう魔塔主じゃなくなったらしいよ?」

「ええ。存じております」

「だったら次の魔塔主を指名しないとね。皆に伝えておいてくれる? 君が次の魔塔主だって」

「は?」


あまりにもさらりと告げられ、私は一瞬言葉を失う。


「何を言って……?」

「だから、クローディア……君が次の魔塔主だよ」

「…………」


私が次期魔塔主になるとメルヴィンはすでに知っていた?

いや、だったら指名だなんて言葉は出てこないはず……。


「わ、私以外にも適任者がいるでしょう? あなたの弟子だって……」

「んー……でも、引き継ぎをしたのはクローディアだけだし……やっぱり君が適任だと思うんだけど。まあ、どうしても嫌なら君が魔塔主になってから別の誰かに引き継いでもらえばいいよ」

「ちょっと……ちょっと待ってください! 引き継ぎって、私はあなたから何かを引き継いだ覚えはありません!」

「あれ? 書類仕事はもう完璧でしょ?」

「…………」


たしかに、メルヴィンの補佐をしているうちにあれこれ……いや、ほぼ全ての書類仕事は私がこなすようになっていた。

だが、あれは面倒な仕事を丸投げされているだけだと……。


「……いつからですか?」

「ん?」

「いつから私を次期魔塔主にしようと考えておられたのです?」

「僕が魔塔主になってからだけど?」


当たり前のように返された言葉に、私はもう一度溜息を吐く。


「そんなの……言ってくださらないとわかりません!」


そして、続いた私の怒鳴り声に、メルヴィンはいつものように悪びれる様子もなく「ごめんね」と口だけの謝罪をする。


メルヴィンが本当に私を次期魔塔主に選ぶつもりだったことは理解した。

だけど、問題がまだ残っている。


「でも、私は……神殿に飼われている身です」

「ああ。やっぱりクローディアだったんだね」

「……気付いておられたんですか?」

「まあね。でも、僕やソフィアに危害を加える様子はなかったし、君が神殿に飼われていようがいまいがどうでもいいことだよ」

「それだけではありません。私にはあなたのような目立った功績なんて何も……」


すると、メルヴィンが目を見開いた。


「いや、君の研究分野は目に見えた成果がすぐに出るものじゃないよね? それに僕の書類仕事をこなしながら自分の研究も進めて、年にいくつもの論文を発表してなかったっけ?」

「え?」

「それで功績が何もないだなんてよく言えるね」


思わぬメルヴィンからの言葉に、今度は私が目をぱちくりとさせる。


(まさか……そんな風に……?)


信じられない思いでメルヴィンの顔を見つめる。


「君は十分化け物だと思うんだけど……」


私はメルヴィンのような天才じゃない。

彼の弟子たちのような尖った才能もない。

だけど、メルヴィンは私を認めてくれていた。


その事実が、ようやく私を苦しみから解き放ってくれる。


「化け物だなんて……失礼ですね」


そうメルヴィンに言葉を返しながら、私は心からの笑みを浮かべる。


この瞬間、私は神殿の道具ではなくなり……次期魔塔主として、仲間(メルヴィン)の救出に動き出すことを決めるのだった。

次回は10/25(火)に投稿予定です。

いよいよラストに向けて走り出します!

よろしくお願いいたします。

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