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あなたさえいなければ①(Side.クローディア)

※今回はクローディア視点です。

フォスター子爵家の三女に生まれた私は、幼い頃から大人顔負けの知識欲を持っていた。

成長するにつれてそれはより顕著となり、学園の試験が首位なのは当たり前、むしろ普通の授業では物足りず、学術書や論文を読み漁る日々。


そんな私を周囲は『天才』と呼ぶ。


学園を卒業した後は魔塔に所属し、研究に生涯を捧げるつもりで持ち掛けられた縁談は全て断ってきた。


だが、事態は急変する。

父が手掛けていた事業が傾き、危機的な状況に陥ってしまったのだ。

そんな我が家に手を差し伸べたのがクリーヴズ商会。

ただし、業務提携を結ぶ条件に私との婚姻が含まれていた。


(どうして私が……?)


クリーヴズ商会長は父と変わらぬ年齢で、私が卒業後に彼の後妻として嫁げば我が家は危機的状況から脱することができる。

頭では理解していても、納得できるはずがなかった。


その時、どこで我が家の状況を聞きつけたのか、神殿長のエイブラムから融資の話が持ち掛けられる。


中立の立場を貫くはずの神殿が、我が家を救おうと内密に動いた。

その理由は「有能な若者の未来を潰したくなかった」とのことだが、それが本心ではないことくらいわかっている。


表向きの立場は中立だが、実際にはいくつかの貴族との癒着が囁かれている神殿。

おそらく、今回の件でフォスター子爵家を手駒に加えるつもりなのだろう。

わかってはいても、クリーヴズ商会か神殿……どちらかの手を取らなければ我が家の没落は免れないところにまできている。


結局、娘をクリーヴズ商会に取られ、神殿との関係まで悪化するよりは……と、神殿側の提案を父は受け入れた。


こうして、神殿からの融資を受けたことで我が家が手掛けていた事業は持ち直し、私は学園を卒業後に魔塔へ所属することが認められる。

 

そして、新たに魔塔の一員となった私は、さっそく魔塔主モーリスの助手に抜擢された。


順調な滑り出し。

モーリスの研究を手伝いながら学び、いずれ自分の研究でも成果を出し、次期魔塔主に指名される……そんな未来を夢見ていた。


そうして一年が経った頃、新たに魔塔へ所属する者が現れる。


メルヴィン・オーデン伯爵子息。


彼の噂は私の耳にも届いており、膨大な魔力量とそれを扱う天才的なセンスから、将来は魔術師団で活躍するだろうと言われていた人物。


(そんな彼がどうして魔塔に……?)


考えられる理由はロードリック第一王子の死。


メルヴィンはロードリックの側近だったと聞く。

後ろ盾を失くした彼はエリートコースから外れてしまい、仕方なく魔塔へ所属するはめになったのではないだろうか。


(舐められたものね)


ヘラヘラと笑いながら挨拶をするメルヴィンに苛立ちを覚える。


魔塔は政治的影響力をほとんど受けない場所であるため、純粋に実力で勝負をしなければならない。

いくら魔力量が高く、魔法適性に優れていようとも、研究の結果を出さなければ評価を得ることはないのだ。


(彼もすぐに思い知ることになるでしょうね)


しかし、そんな私の予想は一年も経たないうちに覆されることになる……。


メルヴィンは研究員の誰に師事することなく、一人で勝手に研究を始め、次々と成果を上げ始めた。

常識もタブーも彼には通用せず、自由な発想をもとに好きに行動し、求めていた答えに辿り着く。

そんなメルヴィンは魔塔内でも『天才』と呼ばれ始めて……。


(どうして……?)


魔塔のトップであるモーリスの助手を務める私が、いずれ自身の研究で成果を上げ、それが認められて……。

そんな思い描いていた私の人生計画が叶う前に、メルヴィンは数々の功績を上げ続け、ついに魔塔主にまで上り詰めてしまうのだった。





前魔塔主の助手をしていた私は、そのままの流れで新たな魔塔主となったメルヴィンの補佐を務めることになる。

ただし、メルヴィンは自分の研究を私に手伝わせようとはしなかった。


魔塔主になると、研究だけに専念していればいいというわけではなくなる。

魔塔全体の責任を負うため、研究費用やら論文の管理やらと書類仕事が多くなり、そちらの手伝いを私が任されるようになっていったのだ。

そのため、以前よりもメルヴィンとの関わりが増えていく。


興味を引くもの以外はどうでもいいとばかりに自堕落な生活を続ける変わり者。

そんなメルヴィンが魔塔主になって半年が経った頃、彼は一人の男を魔塔へ連れ帰ってきた。


年齢は五十代半ばくらいだろうか。

見るからに気難しげな風貌の男は家具職人らしく、メルヴィンはそんな男をなぜか気に入り、弟子にするつもりなのだと言う。


「だって、なんか凄い魔導具を作りたいのにお金がないから作れないって言うからさ。ここなら材料を買うための研究費も作る場所もあるし……いいかなって」


意味がわからない。


しかし、メルヴィンの言葉通り、元家具職人だという男は見たこともない大型の魔導具を次々に作り上げていった。

この魔塔を囲む柵も彼の作品で、侵入者を防ぐためにメルヴィンが採用したのだが、彼が製作方法を他人に教えることはなかった。

そもそも、これまで論文や報告書などを書いた経験もなく、本当にただ作りたいから作っただけということらしい。


それからもメルヴィンは気に入った者を見つけると、弟子として魔塔へ連れ帰るようになる。

その誰もが出自や性格に多少の難はあれど、持っている才能は本物だった。


──つまり、彼のお眼鏡に叶うのは才能がある者のみ。


いつからだろう。

そんなメルヴィンの弟子たちを羨ましいと思うようになったのは……。


メルヴィンは私のことを優秀(・・)な補佐役だと評しているようだ。

けれど、彼が私の研究に興味を持つことはなかった。


(悔しい……)


彼が私を歯牙にもかけていないことが悔しくて堪らない。


(どうして、私を見てくれないの……?)


徐々に仄暗い感情が湧き上がり、メルヴィンの姿ばかりを目で追うようになる。

それでも、彼は私を見てくれない。

その事実が酷くもどかしく、メルヴィンに対する執着めいた感情が日に日に膨れ上がっていった。


そんな時だった。神殿から私宛てに連絡がきたのは……。


(どうして父ではなく私に……?)


そう不思議に思ったが、神殿の要求が『魔塔主(メルヴィン)の行動を逐一報告すること』だと知り、その理由をすぐに察することができた。


メルヴィンの主な研究は『(やまい)』について。

しかも、聖女の治癒魔法が及ばない病を発見し、その治療方法を確立しようとしている。


十年間も新たな聖女が誕生せず、ただでさえ焦っている神殿にとって、メルヴィンの存在は脅威になると判断されたのだろう。


この頃にはフォスター子爵家と神殿はすっかり深い関係になっており、神殿の要求を断ることが出来なかった私は、メルヴィンの行動を監視し、その情報を神殿へ流す様になった。


そして、ついにメルヴィンは、魔力過多症を治療するための医療魔導具を開発してしまう。  


(ああ、この時がきてしまった……)


神殿は本格的にメルヴィンを排除することに決めたようだ。


だが、女神の意志に反する行為……つまり、メルヴィンに直接手を下すことができない神殿は、彼を眠らせ、廃棄の森へ捨てる計画を立てる。


ただし、それには問題が一つ。

魔術師団入りは確実だと言われたメルヴィンの強さが厄介だったのだ。

もしも廃棄の森に辿り着く前に目覚めてしまえば、運び屋たちは返り討ちに遭うだろうし、うまく廃棄の森へ捨てることができても生き延びてしまう可能性だってある。


そこで私に託されたのが、魔力を封じることのできる神の遺物……魔封じの首輪(チョーカー)だった。


(こんなもので……)


正直なところ、この計画が失敗することが私にはわかっていた。


ずっと側でメルヴィンを見ていたからこそ、彼の恐ろしさを私は知っている。

神の遺物でメルヴィンの魔力を封じても、きっと彼ならば簡単に解除し、自身を森へ運ぼうとする(やから)を一網打尽にしてしまうだろう。

たとえ、廃棄の森へメルヴィンを置き去りにできても、彼ならば結界をどうにかして魔塔へ帰ってくるはずだ。


私は手にした魔封じの首輪(チョーカー)をじっと見つめる。


神の遺物は神殿が管理しており、メルヴィンでさえ簡単に目にすることは叶わない代物。

そんな貴重な魔導具に誰かが手を加えていたとしたら……。


(これはチャンスかもしれない)


そう。メルヴィンが私の才能に気づくチャンス。


私の研究は(いにしえ)の魔術について。

持ちうる知識と技術を総動員して新たな魔法陣を構築した私は、分解した魔封じの首輪(チョーカー)に組み込み、魔力を封じる効果を高めていく。


(これならきっと興味を持ってくれるはずだわ)


私と神殿が手を組んでいるとメルヴィンにバレたって構わない。

だって、私の知っているメルヴィンならば、そんな些末なことなんて気にも留め無いだろうから……。


──こうしてメルヴィンは魔力を封じられ廃棄の森に捨てられた。


なかなか魔塔へ帰ってこないことにやきもきした日々を過ごしたが、もしかしたら魔封じの首輪(チョーカー)を夢中になって分解しているのかもしれない。

そんな想像をしながら、ひたすら彼の帰還を待ち続ける。


「やあ、クローディア。久しぶり」

「久しぶり……じゃないでしょう!! 今まで連絡もせずに一体どこで何をしていたんです!?」


ようやく魔塔へ帰ってきたメルヴィン。

私の予想通り、廃棄の森の結界すらメルヴィンの前では無力だったようだ。


しかし、彼の隣には見知らぬ少女が……。


「彼女は……?」

「ああ、この子はソフィア。廃棄の森を脱出したあと町で知り合ってね、僕の弟子にするつもり」


そう言って、メルヴィンは愛おしそうに少女を見つめた。

そんなメルヴィンの姿を見た瞬間、胸の奥が張り裂けそうに苦しくなる。


(どうして……? こんなはずじゃ……) 



読んでいただきありがとうございます。

思ったより長くなってしまいました。今月中には完結したい……。

次回は10/26(日)に更新予定です。

よろしくお願いいたします。

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巡り合わせが悪い。可哀想なクローディア。
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