明かされていく真実
王城から神殿に移送された私は、すでに用意されていたらしい聖女専用の部屋へと案内された。
ふと、十年前にも同じような部屋へ案内されたことを思い出す。
ずっと孤児院の相部屋で暮らしていた私は、自分だけの豪華な部屋に大喜びしたのだが……今は何の感情も湧かなかった。
そして、ソファに座るよう促された私は、テーブルを挟んでエイブラムと向かい合う形となる。
「まさか廃棄の森で生き延びておられたとは……きっとファムラーシル様のご加護のおかげなのでしょうな」
他の神官たちが部屋を出ていき、エイブラムと二人きりになると、彼は上機嫌な声で切り出した。
「ヴァイオレット……いや、今はソフィアと名乗っておられましたか。瞳の色そのままの以前の名より……うん。いい名前ですな。これからは聖女ソフィアとして民に治癒を与え、我らとともに国の繁栄を支えていこうではありませんか!」
声高く饒舌に語り続けるエイブラム。
ここまでくれば、私がヴァイオレットだと認めるしかないのだろう。
クライドの部屋に突然押しかけられた時はパニックになってしまったが、今は少し冷静になれていた。
新たな聖女として祭り上げられることを阻止すべく、エイブラムを睨みつけながら反論を口にする。
「治癒魔法に欠陥がある『まがいもの』を新たな聖女にするつもりですか? そんなことをすれば神殿はいい笑い者になってしまいますよ?」
そう。私が追放された理由は、病に罹るロードリックを治癒できずに死なせてしまったから。
つまり、私の治癒魔法に問題があると判断されたのだ。
結局、クライドの病にも私の治癒魔法は効果がなく、彼を回復させたのはメルヴィンが開発した医療用魔導具。
私の治癒魔法が『まがいもの』ではなかったのだと知っているのはメルヴィンだけ。
いくら罪人であった過去を隠しても、治癒魔法に欠陥がある私を起用すれば、いずれ問題を起こすとエイブラムに訴える。
「ああ、何だそんなことですか……。それなら問題はありません。ソフィア様の治癒魔法に欠陥なんてないのですから」
「……は?」
予想だにしない言葉に私は固まる。
「十年前のあの日、ロードリック殿下の死に錯乱するアデライン妃殿下を諌めるにはあれしか方法がなかったのです。まさか本当に廃棄の森に追放されるだなんて……。辛い目に合わせてしまい申し訳ありません。ですが、十年前からソフィア様の治癒魔法を疑ったことはございません。それだけは信じてください」
「…………」
彼は何を言っているのだろう。
王妃が私を『まがいもの』と呼び、それにエイブラムが同意したからこそ、私は罪人として廃棄の森へ追放された。
王妃の剣幕に怯え、縋るようにエイブラムの神官服の端を掴むも、強く振り払われた時の絶望を私は今でも覚えている。
「ですから、これまでの過去は捨て、新たな聖女としてやり直しましょう。大丈夫。アデライン妃殿下も過去の行いを悔いておいでです。その証拠に、ソフィア様を新たな聖女として迎え入れることに同意なさいました。今や王家ですらソフィア様を無碍にはできないのです!」
頭がクラクラする。
十年前、エイブラムは私の治癒魔法に欠陥がないと気づいていた。
それなのに王妃に同調し、全ての罪を私に擦り付け、切り捨てた……。
それを今さら、過去を捨てる?
全てをなかったことにして、新たな聖女として神殿と王家の役に立てと?
(ああ、そういうことだったの……)
私はメルヴィンの言葉を思い出す。
『だから、ソフィが生きてるって神殿に知られちゃったら、何が何でも手に入れて新たな聖女にすると思うんだ』
これは魔塔内の内通者に私の正体がバレないようメルヴィンから注意を受け、神殿側の事情を説明された時の会話だった。
あの時に感じた小さな違和感。
それは、いくら新たな聖女が誕生しないからといって、治癒魔法に欠陥がある私をそこまでして手に入れようとするだろうかというもの。
(きっとメルヴィンは気づいていたのね)
エイブラムが私の治癒魔法に問題がないとわかった上で切り捨てたことに、メルヴィンは気づいていた。
気づいてはいたけれど、私がその事実を知れば傷つくだろうと考え、あえて明言を避けたのだ。
(知りたくなかった……)
だって、私の中には絶望と怒りが渦巻いている。
罪の意識に苛まれ続けたこの十年間は何だったのか……。
私の人生を、この人たちは何だと思っているのだろう。
「嫌です。私は聖女になんてなりたくありません……!」
うんざりだ。
これ以上、私の人生をめちゃくちゃにされるなんて……。
だけど、現実はどこまでも残酷だった。
「何を仰っているのです? あなたは紛うことなき聖女だ。だから廃棄の森で生き残り、こうして神殿に保護された。全てはファムラーシルさまの思し召しなのです!」
「私は……メルヴィンと一緒に……」
「安心してください。メルヴィン・オーデン殿はご無事です。ああ、もうオーデンとは名乗れなくなってしまいましたが……」
「え?」
エイブラムの言葉の意味がわからず、私は俯きかけていた顔を上げ、彼の顔を見つめる。
エイブラムは変わらずにこにこと笑みを浮かべていた。
「彼は魔塔主という立場から退いただけでなく、オーデン伯爵家からも除籍され平民となりましたので」
「平民……?」
「誤解はなさらないように。これは彼が自ら申し出たことです。なぜ、そのような真似をしたのかは不明ですが……。全く、『天才』と呼ばれる魔術師様の考えは、凡人の私にはわかりかねますな」
そう言って、エイブラムは心の底から愉快そうに笑う。
(もしかして……)
メルヴィンと私はこの国から出て行く準備をしていた。
魔塔主の地位はどうするのかという話になり、別の研究員に引き継ぐとメルヴィンは答えていたが、オーデン伯爵家との関係性についてまでは言及しておらず……。
(まさか、そんな……)
彼が時間を捻出し、何度もオーデン伯爵家へ通っていた理由をようやく理解する。
メルヴィンは貴族そのものを辞める選択をしたのだ。
私とこの国から出て行くために……。
そして、メルヴィンが簡単に捕縛されてしまったことにも納得ができた。
メルヴィンが平民になったから。彼を守る後ろ盾がなくなった今だからこそ、神殿は強引な手段を取ることができたのだと。
それに、エイブラムの発言から神殿と王妃が手を組んでいるらしいこともわかっている。
(メルヴィン……)
エイブラムの言葉通り、メルヴィンは無事なのだろう。
私を新たな聖女とするため、私を脅すための人質として……。
わかっている。
わかっていてもメルヴィンを見捨てることなんてできるはずがなかった。
(私が守らなきゃ……)
──こうして、実に十二年振りにソウルバーク王国に新たな聖女が誕生した。
読んでいただきありがとうございます。
少々辛い展開が続いておりますが、あと1話だけすみません。(私も早く抜けたい)
完結まで残り数話の予定ですので、もうしばらくだけお付き合いいただけると嬉しいです。
※次回は10/22(水)に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




