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捨てた名前

読んでいただきありがとうございます。

※ソフィア視点に戻ります。

王都を出て行く……いや、この国から出て行こうと決めた私とメルヴィン。

しかし、今すぐにというわけにはいかなかった。


まずはクライドのための医療用魔導具を完成させること。

そして、貴族であり魔塔主という立場にあるメルヴィンがいきなり姿を消すと混乱を招くため、様々な根回しが必要になるらしい。


ただでさえ魔導具の開発で疲弊しているメルヴィンだったが、無理矢理時間を捻出しては、何度もオーデン伯爵家に足を運んで秘密裏に(こと)を進めていた。


「メルヴィン、大丈夫? 無理し過ぎてない?」

「んー……ソフィと過ごせるこの時間さえあればどれだけだって頑張れるよ」


私に膝枕をされたまま、メルヴィンは私の右手に自身の頬を擦り寄せて甘えている。


「おい、いい加減にしろ!」


そこへクライドの怒気を孕んだ声が響く。


「性懲りもなく私の前で毎日毎日イチャイチャイチャイチャと……!」

「はいはい。殿下、腕立て伏せがあと二十回残ってますよ」

「わかっている!」


怒鳴るように返事をしたあと、クライドは素直に腕立て伏せを再開させた。


ここは王城内のクライドの寝室。

だが、当のクライドはベッドから抜け出し、絨毯の上で腕立て伏せに勤しんでいる。


ベッドにほぼ寝たきり状態だったクライドがここまで回復したのは、メルヴィンが開発した医療用魔導具のおかげだった。


「魔力過多症の治療に使う魔導具を応用しただけだよ?」


以前、クライドが回復した理由を尋ねると、メルヴィンからそのような答えが返ってきたことを思い出す。


魔力過多症は身体に見合わない量の魔力が体内に溢れ、それが魔力暴走を引き起こす。

メルヴィンが開発した魔導具は、その溢れ出る魔力を魔石に吸収し封じ込めるというもの。

そのため魔石の交換が必要になるのだが、魔力の吸収量で魔石の色が変化するよう改良し、誰が見ても交換の時期がわかるようにしたのだという。


そして、クライドの医療用魔導具は、魔力過多症用と同じようにクライドの体内から抜け落ちた魔力を魔石に吸収させる。

しかし、そのままでは魔力切れの状態になってしまうため、魔石に吸収させた魔力を再びクライドの身体に戻すというものだ。


「おそらく魔力と生命力はきっちり分けられるものじゃなくて、複雑に絡み合っていると思うんだよね。だから、魔導具を使って流れ出た魔力を循環させてやる。そうすることで生命力も魔力とともに殿下の身体へ戻っていくってわけなんだ」


メルヴィンは何てことのないように説明をしているが、その仕組みを考えつき、実際に魔導具を作り上げ、わずか一ヶ月足らずで実用に漕ぎ着ける。

どれほどの才能と技術が必要なのか……。

私は、天才と呼ばれるメルヴィンの能力の一端を垣間見た気がした。


そして、以前のメルヴィンの言葉通り、現在は魔導具によってクライドを『死なせない』ようにしている状態。


これからも医療用魔導具をクライドが着用し続けるのならば、魔導具の耐久性、環境温度の影響、長期間の着用による体調の変化など、様々な問題が待ち構えている。

おそらく、それら全てを解決するには数年もの時間がかかるだろう。


「そこまで付き合うつもりはないよ。技術はすでに確立しているんだから、あとは僕じゃなくても大丈夫」


メルヴィンはそう言って、私を安心させるように微笑んでくれた。


そうして、現在はあえてクライドの身体に負荷を掛け、その状況下での魔導具の動作確認を(おこな)っているというわけだ。


「あー……やはり体が(なま)ってしまっているな」


ゼェゼェと荒い息を吐きながら、合計三十回の腕立て伏せを終えたクライドが絨毯に寝転がりながらぼやく。


もともと体を動かすことが好きだったというクライドだが、療養のため二ヶ月以上もベッドの中で過ごしていたせいで筋力がすっかり弱ってしまっていた。

医療用魔導具を装着し、ようやくベッドから出られるようになった日、壁(づた)いに部屋を一周するだけで精一杯な自分自身にクライドはショックを受ける。


それからは魔導具の動作確認も兼ねて筋力を取り戻す

ための運動を開始し、日常生活を送るには問題がないレベルにはなったものの、クライド的にはまだまだらしく、毎日のようにぼやき続けているのだ。


「じゃあ動作確認をしましょうか」


寝転がるクライドに声をかけながら、メルヴィンはゆっくりと起き上がる。


「面倒な仕事はすぐに終わらせるから、待っててねソフィ」

「おい、面倒だと思っていても口には出すなよ」


ジロリとメルヴィンを睨みながらクライドも上半身を起こした。

そんなクライドの隣にしゃがんだメルヴィンは、慣れた手つきでクライドの左腕に装着された魔導具をいじり始める。


その時だった。

扉からノックの音が聞こえ、姿を現したメイドがメルヴィン宛の伝言を伝える。


「ジリアン妃殿下がお会いしたいとのことです」

「あれ? 約束はなかったはずだけど……」


これまでも何度かジリアンに呼び出され、クライドの治療について説明を行ってきた。

しかし、今日はジリアンと会う約束はなかったとメルヴィンは首を傾げる。


「何か急ぎの要件があるのかもしれないわ」


私の言葉に「そうかもしれないね」と返事をしたあと、メルヴィンはソファに座る私の頭に軽くキスをし、そのままメイドとともに寝室から出ていった。


そんな私たちの一連の行動をクライドはジト目で見ていたが、特に何も言わずに水の入ったグラスに手を伸ばす。


以前、メルヴィンと距離を置くべきだと私に苦言を呈したクライドだったが、距離を置くどころか距離を縮めてしまった私を見ても何かを言われることはなかった。

言っても無駄だと呆れられてしまったのか、メルヴィンの進退に関して知ってしまったからなのか……。

どちらかはわからないが、私と二人きりになっても自然体で会話をしてくれるクライドに感謝していた。


「殿下、汗をかいたままではお身体が冷えてしまいます。何か着替えを……」


そうクライドに声をかけた時、扉の向こうから何やら言い争う声が聞こえてくる。

そして、ノックの音もなく突然部屋の扉が勢いよく開いた。


「お待ちください!」


赤髪の騎士が声を張り上げ制止しようとするも、白の神官服を身に纏った者たちが部屋の中へ次々と雪崩込んでくる。


「おい! どういうつもりだ! ここをどこだと思っている!」


クライドが声を張り上げると、ピリピリとした空気が部屋中に漂う。

すると、神官たちの後ろから初老の男が前へ出てきた。


途端に私は心臓を鷲掴みにされたような心地となり、反射的に被っていたフードを引っ張り、さらに目深に被る。


「クライド殿下。緊急事態ゆえ、突然の非礼をお許しください。アデライン妃殿下には許可をいただいておりますので……」

「緊急事態だと? それにアデライン妃が……?」


アデラインとはこの国の王妃の名前だ。

困惑した様子のクライドを尻目に、初老の男が私に視線を向ける。


「ええ。聖女様を保護しに参りました」


その瞬間、私は神官たちに背を向け走り出した。

だが、すぐに追いつかれ、数人がかりで床に押さえつけられてしまう。

そして、被っていたフードを脱がされ、掛けていたメガネも奪われ、私の素顔が晒される。


「ああ、やはりファムラーシル様は我々を見捨ててなどいなかった!」


歓喜の声とともに、ゆっくりと近づいてきた初老の男が、神官たちの手から抜け出そうと必死にもがく私を見おろす。


「久しぶりだね。ヴァイオレット」


そう言って、初老の男……エイブラム神殿長は十年前と変わらない人好きのする笑顔を浮かべるのだった。


次回の更新は10/18(土)になります。

よろしくお願いいたします。

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