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幕間 神殿長エイブラムの独白

読んでいただきありがとうございます。

※今回はエイブラム視点の一人語りです。

この世界には神が存在している。

知恵の神、武の神、豊穣の神、そして治癒の神など、その姿を見ることは叶わなくても、神に与えられる加護によって国は繁栄してきたのだ。


ただし、人が神の領域に手を出すことは禁じられている。

過去、他国の加護を奪おうと侵略を画策した国は、神の逆鱗に触れ一夜にして滅ぼされたという。

そのような歴史から、神によってもたらされた恩恵を主軸にそれぞれの国が独自の発展を遂げてきた。


我が国に加護を与えるのは治癒の女神ファムラーシル。


女神に選ばれし者の身体には『(あかし)』が浮かび上がり、治癒魔法に目覚め、『聖女』として神殿に保護される。

そして、必要な教育を受け、国と民のために尽くすのだ。


これが建国以来ずっと続いていたソウルバーク王国の慣習だった。


(それが今……どうしてこんなことに……)


十年前、ロードリック第一王子が突然発症した未知の病。

聖女の治癒魔法を駆使しても回復に向かうことはなく、頭を抱えていたところに新たな聖女が誕生したとの一報が入る。


聖女ヴァイオレットは八歳という低年齢でありながら、魔力の強さには目を見張るものがあった。

彼女の治癒魔法ならばロードリック第一王子を回復させることなど造作もないはず……。


──謎の病に侵された第一王子を、新たな聖女ヴァイオレットが救う。


ヴァイオレットが歴代最高峰の聖女であると知らしめる効果的な演出になるだろうと、当時の私は考えていた。

それに、彼女の金色に輝く魔力は、きっと聖女お披露目の場でも人々を魅了するはずだ。


なぜか治癒魔法では回復しない第一王子の病も、そのせいで囁かれ始めた神殿への不満の声も、全てはこの台本(シナリオ)を成功させるための布石であったのだと思えた。


そして、神殿の権威はさらに高まるはずだったのに……。


「聖女の治癒魔法で、あの子の……ロードリックの病は完治するのではなかったのですか?」


詰問する王妃を前にして、私は焦りに焦っていた。


(こんなはずじゃ……まさかヴァイオレットの治癒魔法ですら効果が出ないなんて……)


本当に治癒魔法が効かない病だったのか……?

しかし、そんなものの存在を認めてしまえば聖女の価値に傷がつき、神殿の権威を揺るがすことになってしまう。


だが、王家の正統な後継者を死なせてしまった責任は誰かが取らねばならない。


(どうする? どうすればいい……?)


その時、王妃が思わぬ言葉を口にする。


「この娘は聖女ではありません」

「は……?」

「本物の聖女ならば病を治せていた。ロードリックは今も生きていた……そうでしょう?」 

「…………」


私はちらりとヴァイオレットに視線を向ける。


孤児院出身で後ろ盾も何もない八歳の幼い少女が、助けを求めるように私の神官服の裾を掴んだ。


(そうだ……ここに適任者がいるじゃないか!)


第一王子の病は極秘にされていたため、ヴァイオレットが聖女であると知る者はわずか……。

そもそも新たな聖女の誕生すら、ほとんどの者に知られていない。


(今ならまだ、ヴァイオレットの存在を無かったことにできる)


強大な治癒魔法を持つヴァイオレットの損失は痛手だが、どうせ数年のうちに新たな聖女が現れる。

このまま神殿が被るダメージを思えば、彼女一人を失うくらい……。


私は、神官服を掴んでいたヴァイオレットの手を乱暴に振り払う。


「どうやら我々も騙されていたようです」


こうして、歴代最高峰の聖女はまがいものの聖女となり、全ての罪を被って廃棄の森へと追放された。


だが、悲劇はそれだけでは終わらない。


なぜかそれ以降、聖女が一人も誕生しなくなってしまったのだ。


この国の医療は聖女に依存している。

もちろん、聖女の治癒魔法が国民全てに行き渡ることはない。

そのため、医師や薬師の存在を国は認めているが、やはり治癒魔法に敵うものではなく、金や地位のある者はこぞって聖女の治癒魔法を求める。

特に貴族は神殿への寄付という形の対価を払い、聖女の治癒魔法の恩恵を優先的に受けていた。


だからこそ新たな聖女が現れないことで、国中に不安が広がっていく。


(おかしい……何かがおかしい……)


そうは思ってみても、聖女の誕生は自然現象のようなもの。

我らは女神に慈悲を求め、ひたすら祈り待つことしかできない。


そのような状況下で新たな問題が発生する。

若き魔塔主メルヴィン・オーデンが、聖女の治癒魔法が及ばない病を発見し、その治療方法まで確立してしまったのだ。


(このままじゃ……)


魔塔に潜り込ませた協力者(・・・)からの報告で、メルヴィンが聖女や治癒魔法についての研究にも手を出し始めたことが明らかとなる。


メルヴィン・オーデンは危険な存在だ。

このまま放置すれば、我らに不利な状況をさらに生み出すかもしれない……。


(余計な真似をされる前に消さなければ……)


メルヴィンの命を確実に奪いたいところだが、女神ファムラーシルに慈悲を乞い続けている今の状況で神の意志に反する真似……つまり、メルヴィンに直接手を下すことは(はばか)られる。


(ならば……残る方法は一つ)


メルヴィン・オーデンを廃棄の森へ追放する。


しかし、オーデン伯爵家出身で、魔塔主という高い地位に就くメルヴィンを追放刑に処すのは至難の業だった。


だから、協力者に作らせた魔封じの首輪(チョーカー)でメルヴィンの魔力を封じ、木箱に詰め込むと、そのまま廃棄の森へと運び込む。


「はぁ……」


そして現在、変わらず神殿は窮地に立たされたままだった。

深い溜息が知らずに口から零れる。


(まさか無傷で帰還するとは……)


クライド第二王子が発症した未知の病。

聖女を派遣するもクライドの体調は悪化の一途を辿り、そのタイミングでのメルヴィンの帰還。

そして、神殿を差し置いて、メルヴィンによるクライドの治療が始まった。


このままだと神殿の権威は失墜し、魔塔主に取って変わられてしまうかもしれない……。


そのようなタイミングにもたらされた協力者からの情報。

それは、メルヴィンが魔塔に連れ帰ったソフィアという名前の少女。

才能がある者を見つけると、弟子として魔塔に引き取るのはよくあることなのだという。


だが、ソフィアの外見の特徴を聞いた瞬間、ある一つの可能性が浮上する。


(ああ、やはりそうだ……。彼女を手に入れれば全てが解決する……!)


私は秘密裏に情報を集めながら、形勢を(くつがえ)す機会をずっと狙い続けていた。


そして、ついに逆転の一手を手に入れる。


「さあ! 我らが聖女様を迎えに行こうではないか!」


目の前に並ぶ神官たちに声をかけた私は、興奮冷めやらぬまま王城へ向かう馬車へ乗り込むのであった。


次回は10/16(木)更新予定です。

物語が一気に動きます。

よろしくお願いいたします。

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