それぞれの居場所②
「独り占め……?」
「そうだよ。だってソフィは過去ばかり見てる」
核心をつくメルヴィンの言葉に、私は息を呑む。
十年前、あの事件が起こるまでは、孤児の私だって未来に夢を見ていた。
大人になったら綺麗な服を着て、お化粧をして、素敵な男性と恋をして、いずれ温かな家庭を築きたい。
具体性なんて何もない、ただの幼い子供の夢。
親に捨てられてしまったからこそ、私を必要としてくれる誰かを求めていた。
だけど、私の人生は一変してしまう。
マーサさんに救われた命を捨てようとは思わなかったけど、未来を夢見る気持ちはいつの間にかなくなってしまった。
そんな未来は手に入らないのだと理解し、廃棄の森で静かに一生を終えることが贖罪なのだと……。
「それは……だって……」
「うん。仕方がないことはわかっているよ。でも、僕はそれが気に食わない」
琥珀色の瞳がじっと私を見つめる。
今度は目を逸らせなかった。
「過去は変えられない。だけど、未来はいくらでも変えられるのに、ソフィはずっと過去に囚われている。だから十年前の真実を明らかにしたんだ。恩返しじゃない。過去を清算して、未来を僕と一緒に生きてほしかったから……」
繋いだままの手がメルヴィンの顔に引き寄せられる。
そして、私の手の甲がメルヴィンの頬に触れた。
「ねぇ、ソフィ。もう廃棄の森に戻る必要なんてない。それなのにどうしてまた一人になろうとするの? 僕と一緒は嫌?」
「……嫌、じゃない」
「だったらどうして?」
まるで幼子に問いかけるような優しい声音に、自然と私の口から本音が零れる。
「メルヴィンはこれから爵位を貰って婚約もするって聞いて……。今みたいにメルヴィンの側にいることが難しいって気づいたの」
王都は魔物が現れることも瘴気が発生することもない安全に暮らせる場所だ。
だけど、メルヴィンの庇護下を離れ、神殿にバレずに私が一人で暮らしていくのは難しいように思う。
だから、これ以上メルヴィンに迷惑をかける前に、元いた場所に戻ろうとした。
「なあんだ。そんなこと?」
しかし、メルヴィンは拍子抜けするような声を出す。
「全部断ったよ」
「は? え? ……断った?」
あまりに予想外なメルヴィンの言葉に、意味を理解するまで数秒を要した。
「うん。王太子専属の役職も爵位も婚約者だって僕は別にいらないし、全部引き受けちゃったらソフィの側にいられなくなるから」
「で、でも、すごく栄誉なことだって……」
「そんなものよりソフィの側にいることのほうが大事だってこと。それに、大事なものは手元に置いて絶対に離したくない」
まるで、何よりも私が一番大切だと言われているようで……。
「大好きだよ、ソフィ。だから僕を置いていかないで」
頬に熱が集まり、心臓がバクバクと音を立てる。
(本当に……?)
いつものじゃれ合いのような、甘える対象に向けての「好き」なのか、それとも……。
戸惑う私を、熱の籠もった琥珀色の瞳が射抜く。
そして、私の手の甲にメルヴィンが甘えるように頬を擦り寄せた。
(あ………)
そんな彼の耳が赤くなっているのを見て、メルヴィンの言葉が本気であることを理解する。
「返事は? ソフィの気持ちを教えて?」
そうメルヴィンに請われた私は口を開く。
「えっと……私……あの……」
だが、自身の感情を伝えようと唇は動くのに、なぜかうまく言葉が出てこない。
何から話せばいいのか、どう伝えればいいのか……。
「きっとソフィは、自分の気持ちを口に出すのが苦手なんだね」
焦る私に、メルヴィンは柔らかな笑みを浮かべる。
「少しずつでいいよ。ねぇ、僕のことは嫌い?」
「き、嫌いじゃない」
「じゃあ、僕のことが好き?」
「好きだけど……恋愛の意味として好きなのかはわからないの……。私、誰かを好きになったことがなくて……」
恋愛対象としてメルヴィンを見たことはなかった。
いや、そもそも誰かを恋愛対象として見るという発想が私にはなかったのだ。
「でも……メルヴィンの側にいたい」
「本当に?」
私は小さく頷く。
メルヴィンに恋をしているのかはわからない。
だけど、森から出て行くとメルヴィンが言った時も今回のことも、彼と離れなければならないことが悲しかった。
この気持ちは嘘じゃない。
「ソフィ! 嬉しい!」
「きゃっ! メルヴィン!?」
繋いだ手を思いっきり引き寄せられ、バランスを崩した私をメルヴィンが抱き締める。
「大丈夫。僕は絶対に離れないから! ずっとソフィの側にいる! だから、いつでも僕のことを好きになってくれていいからね!」
「う、うん」
ぎゅうぎゅうと私を抱き締める力が強くなり、少し苦しいながらも返事をする。
「ふふっ。嬉しいなぁ! これから二人でどこに行く? 廃棄の森もいいけど、他の国にも行ってみたいなぁ」
「他の国!?」
思わぬ言葉に、私はメルヴィンの胸に押しつけられていた顔を上げる。
すると、柔らかく目を細め、愛おしそうに私を見つめる彼の表情を目の当たりにしてしまった。
驚きと恥ずかしさで頬がさらに熱くなる。
「廃棄の森を抜ければ別の国に繋がってるんだし、不可能じゃないでしょ?」
「でも、瘴気が蔓延してて……」
至近距離でメルヴィンの顔を見ながら話すのはさすがに限界がきて、再び彼の胸に顔をうずめる。
「そうだよねぇ。でも瘴気さえどうにかすれば、あの獣人兄弟に道を教えてもらって……うん。どうにかなりそうだね」
明るい声とともに、メルヴィンの掌が私の頭を優しく撫でた。
これじゃあ、いつもと逆だなんて思いながらも、抱き締められて頭を撫でられるのが心地よくて……。
「他の国……行ってみたいな……」
「僕と一緒に行こう」
「うん」
なんて素敵な未来なんだろう。
未来を夢見ることを許された私は、この時ようやく過去の呪縛から解放される。
「ソフィ。これからも君の願いは僕が叶えてあげる。だから、困った時は僕を呼んでね。約束だよ?」
読んでいただきありがとうございます。
次回は10/14(火)に更新予定です。
沈黙を守っていた神殿側の思惑が……。
よろしくお願いいたします。




