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それぞれの居場所①



「婚約……ですか?」

「まさか知らなかったのか?」

「メルヴィンからは何も……」

「あー……余計なことを言ってしまったな」


ベッドから上半身を起こしたクライドは、自身の首元を撫でながらバツの悪そうな表情(かお)になる。


「だが、遅かれ早かれ魔塔主は婚約者を得るだろう。これまではのらりくらりと(かわ)していたようだが……私の病を回復させたという功績が加われば、さすがに逃げ切ることはできない」


王立魔術師団とは違って、権力争いから離れたところに位置している魔塔。

理由は簡単。

魔塔に所属する研究者のほとんどが権力に見向きもしない研究馬鹿で、そんな者たちが集まる魔塔をコントロールしようとしても労力に対しての結果が見合わないからだ。


そのような背景があり、メルヴィンも兄のサイラスにオーデン伯爵家の当主を任せ、本人は魔塔主として自由な研究生活を送っていた。

だが、そんなメルヴィンが王太子(クライド)の治療に関わったことで貴族の勢力図に影響が出ることが予想されるのだという。


「私の病が魔塔主の仮説通り『体質』であるのなら、私はこれから一生この病と付き合っていかねばならない。それに、この『体質』が私の子に引き継がれる可能性があると魔塔主から指摘を受けた」

「………っ!」


クライドの異母兄である第一王子ロードリック。

同じ病を発症した……いや、同じ体質であったと仮定すれば、原因は『遺伝』だとメルヴィンはクライドに告げたそうだ。


(遺伝って髪や瞳の色だけじゃないんだ……)


私の持つ薄紫色の瞳は両親のどちらから引き継がれたのだろう……と何度か考えたことがある。

だが、まさか生命力が魔力とともに体外へ流れだす体質まで遺伝するとは思いもしなかった。


しかも、ロードリックとクライドは異母兄弟。

つまり、この体質は父方から引き継がれたもので、これからも王家はこの問題に直面し続けることになる。


「この医療用魔導具が完成すれば魔塔主は王家にとって救世主となる。これからは継続的に私の体調を管理する役割を(にな)い、褒賞として爵位を与えられる可能性も高い。そんな魔塔主を取り込もうとする家門も増えるだろう。それに、面子を潰された神殿だって黙ってはいないはずだ」

「…………」


黙り込む私に、クライドは言葉を続ける。


「そのような未来(さき)を見据えて母上とオーデン伯爵が調整に動き出している。そこに君が入り込む余地があると思うか?」

「それは……」


声が掠れ、言葉がうまく出てこない。

すると、クライドがふっと表情を緩めた。


「厳しい言葉ばかりになってしまったな」

「いえ……」

「だが、平民の君がこのまま魔塔主との関係を続けることは難しいと理解してほしい」


クライドは大きな勘違いをしている。

私はメルヴィンの恋人じゃない。

だから、彼が誰かと婚約を結んでも、彼の地位がどれだけ高くなろうとも、私には何の関係もない。


(そのはずなんだけど……)


実際の私はクライドの言葉に大きなショックを受けていた。


「君にも随分と世話になった。もし、魔塔に居続けることが辛ければ、別の居場所をこちらで用意することもできる」


きっとクライドは私のためを思って言ってくれているのだろう。

王家、貴族、神殿……数多の思惑が動き出し、メルヴィンを取り込もうとしている。

そこに私が巻き込まれれば、ひとたまりもないのだから。


「それには及びません。私には魔塔以外の居場所がありますから……」





「メルヴィン……起きてる?」

「ん? え? ソフィ!?」

「こんな時間にごめんなさい」

「それはいいんだけど、どうしたの?」

「話したいことがあって……」


時刻はすでに深夜一時を回っている。

この時間ならば出入りする者もいないだろうと、意を決して研究室を訪れた私をメルヴィンは驚いた様子で迎え入れる。


相変わらず散らかり放題の研究室には、メルヴィンが仮眠に使っているソファが一つ。

メルヴィンに促され、二人並んでソファに腰掛ける。


「話って……?」

「これからのことなんだけど……」

「これから?」

「そう。私とメルヴィンのこれからについて」


すると、メルヴィンの表情がぱあっと明るくなり、期待に満ちた目が私に向けられた。

どうしてだろうと疑問に思いながらも、私は話を続ける。


「あのね。私……廃棄の森へ帰ろうと思うの」

「え?」


それは、王都へ着いてから不安になるたびに何度も頭をよぎったことだった。


側妃やメルヴィンの兄が動き出したということは、メルヴィンの作る医療用魔導具が完成間近だということ。

私が『まがいもの』ではないことが証明され、王都までやって来た目的が果たされようとしている。


(じゃあ、その後は……?)


聖女として神殿に戻る道もあるのだろう。

だけど、たとえ誤解だったとしても、幼い私を廃棄の森へ追放した……いや、私を殺そうとした人たちのもとへ戻ろうとは思わない。


「今までありがとう。メルヴィンのおかげで十年前の真実を知ることができた。これで思い残すことはないわ」


長年の罪悪感から解放されたのは彼のおかげだ。


(今さら聖女にもなれない、魔塔で研究をすることもできない、中途半端なお荷物になるくらいなら……)


クライドの話が私の背中を押し、ようやく一人で森へ帰る決心がついた。

しかし、メルヴィンは顔を強張らせたまま押し黙っている。


「メルヴィン……?」

「ソフィは……僕を捨てるつもりなの?」


絞り出すようなメルヴィンの声に、私は慌てて説明を付け加える。


「捨てるだなんて! メルヴィンには魔塔主っていう大切な仕事があるでしょう? それに、あなたを必要とする人がここには大勢……」

「どうして僕の居場所をソフィが決めるの?」

「………っ!」


虚ろな琥珀色の瞳に見つめられ、居心地の悪さを覚えた私は目を逸らしてしまう。

だけど、メルヴィンは私の左手首を掴み、逃さないとでもいうように距離を詰める。


「自分の居場所は自分で決めるよ。僕の居場所はソフィの隣だ」

「メルヴィン!」


どうしてわかってくれないのかと、私は思わず声を荒らげる。


「恩を返そうとしてくれる気持ちは嬉しいわ。でも、これ以上あなたに迷惑をかけるつもりはないの!」

「恩……? 命を救ってもらった恩返しのため……? ソフィはそんなふうに思ってたんだ」


鼻で笑ったメルヴィンは、掴んでいた私の手首から手を離す。

そして、今度は私の指と絡ませるように手を繋ぎ、そのまま私の手はメルヴィンの口元に寄せられ、手の甲に口づけが落とされた。


その柔らかな唇の感触に、心臓が激しく高鳴る。


「僕は恩返しをするためにソフィをここへ連れてきたわけじゃない。過去に囚われたソフィの憂いを払って、ソフィの心を独り占めしたかっただけなんだ」


読んでいただきありがとうございます。

風邪をひいてしまいまして、中途半端なところで次回になってしまった……。

皆さまも体調にはお気をつけくださいね。

次回は10/12(日)に更新予定です。

よろしくお願いいたします。


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