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死なせないために

「というわけで、殿下の身体を使って色々試していくことになりました」

「待て待て待て待て」


今日も、私とメルヴィンはクライドの寝室を訪れている。

そして、病についての見解と今後の治療方針をクライドに伝えたのだが……。


「それは私を実験台にすると宣言したようなものだぞ!?」

「まあ、そういうことですね」


あっさりと肯定するメルヴィン。


「安心安全な治療を提供するには時間が足りないんですよ」

「………」


本来ならば、クライドは誰よりも安全が保証されなければならない立場の人間だ。

けれど、彼の命そのもののタイムリミットが迫っているとメルヴィンは暗に告げる。


「わかった……」


しばしの逡巡のあと、覚悟を決めたクライドが決断を下す。

聖女による治癒魔法だけでは回復の見込みはなく、わずかな可能性であっても、新たな治療方法に賭けようと考えたのだろう。


「もう、お前たちの好きにしてくれ!」


そう言って、ベッドの上で大の字に転がるクライドは、少々自棄(やけ)になっているような気もする……。


「殿下もやる気満々のようですし、さっそく始めましょうか」


容赦なく準備に取り掛かるメルヴィン。


「やはり目隠しか?」

「ええ。昨日とたいして変わりませんよ」


まずは目隠しをしたクライドに私が治癒魔法をかける。 次に、目隠しを外してから、メルヴィンが作成した魔導具の腕輪をクライドの左腕に装着した。


「これは『魔力過多症』の治療に使われる腕輪じゃないのか?」

「それを改良したものですね」

「改良……?」


自身の左腕の腕輪をまじまじと観察するクライド。


「試しに魔物素材を使ってみました」

「魔物素材!? そんなものがあるのか……?」

「ええ。魔物素材(これ)を扱うのは僕も初めてなんですけどね」

「おい、不安を煽るな。……だ、大丈夫なんだろうな?」

「それを今から殿下の身体で確かめるんですよ」

「クソッ! 最悪だ……!」


悪態を吐きながらも、メルヴィンの質問には素直に答え、協力的な姿勢をみせるクライド。


こうして、クライドを『死なせない』ためにメルヴィンは精力的に動き出した。


私を伴って毎日王城へ足を運び、試作した医療用魔導具の効果をクライドの身体で確かめる。

その結果を魔塔へ持ち帰ると、今度は研究室に籠もり、魔導具の改良を行うのだ。





「おっ、ソフィア! 魔塔主サマに何か用か?」

「ええ。まだ夕食を食べてないみたいで……。声をかけにきたんです」


昼過ぎに王城から魔塔へ戻り、昼食もとらずに研究室に引き籠もったメルヴィン。

そんな彼の様子を見にきたところ、同じくメルヴィンに用事があるらしいリックと鉢合わせをする。


「あー……まだしばらくは無理なんじゃねぇかなぁ」

「そうですか……」


近頃のメルヴィンは王城から帰ると研究室に直行し、さらにリックを含めた魔塔の魔術師たちがメルヴィンの研究を手伝うために研究室を出入りしていた。


これまでのメルヴィンは、魔塔の中でも過保護なくらい私にべったりだったのに……。


クライドの治療に取り掛かるようになってからは、わずかな時間ですら惜しいとでもいうように、メルヴィンは医療用魔導具の開発に打ち込んでいる。


「あんま心配すんなって。ちゃんと飯を食うように俺が魔塔主サマに声かけとくから……って、あ、クローディア!」


会話の途中で声を上げ、私の背後に向かってぶんぶんと腕を振るリックに、私も慌てて振り返る。

そこには両手に籐編みのバスケットを抱えたクローディアの姿があった。


「どこいってたんだ?」

「魔塔主様に頼まれたものがありまして、少々家の伝手(つて)を……」

「ああ、お貴族様はそういうのが便利だよな」

「あとは夜食の手配をしてまいりました」


そう言いながら、クローディアは抱えていたバスケットを軽く持ち上げてみせる。


「あーっ! 持ち込み禁止のはずだろ? ずっりぃ!」

「特例として魔塔主様から許可はいただきましたし、これは食堂ではなく我が家の料理人に作らせたものです」

「それ絶対に美味いやつじゃん!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐリックを慣れた様子であしらい、クローディアは私へ視線を向ける。


「ソフィアさんも魔塔主様から頼まれ事ですか?」

「いえ、私は……」

「ソフィアは魔塔主サマが飯食ってないんじゃないかって心配してくれてんだよ」

「そうでしたか……」


クローディアは少し困ったように微笑む。


「ご心配には及びません。私が責任を持って魔塔主様の健康管理をいたしますので。ソフィアさんは安心してお休みになってください」

「……わかりました」


そう答えたあと、私は自室へと踵を返す。


(何だかモヤモヤする……)


クローディアの言う通り、彼女がメルヴィンの健康を管理してくれるのだから何も問題はない。

そのはずなのに……。


私がメルヴィンに協力できることといえば、クライドに治癒魔法をかけることのみ。

日常生活には困らない程度の読み書きや計算はできても、魔法や魔導具の知識はゼロで、優秀な魔術師たちが集まる魔塔で私は何の役にも立てていない。


二人きりの時のメルヴィンは何も変わらないのに、魔塔(ここ)へ帰ると、途端に立場や能力の差を実感させられてしまうのだった。





「今回はどうです?」

「今のところ変化はない……」

「三十分の間に一度も?」

「ああ……」


クライドの答えに、メルヴィンは満足げに頷いた。


私が治癒魔法をかけてから三十分の間、クライドの体内に変化がなかった……。

つまり、三十分間は魔力と生命力が体外に漏れ出すことはなかったということ。


「あとは持続時間の延長……いや、耐久性を上げるのが先か……試作を何本か用意してから……」 


しかし、メルヴィンは成功を喜ぶでもなく、ぶつぶつと何事かを呟いている。


その時、ノックの音が響き、メイドがメルヴィンへの伝言を届ける。

クライドの母であるジリアンが、メルヴィンとの面会を求めているとのことだった。


おそらく、クライドの治療についてメルヴィンの口から聞きたいことがあるのだろう。

面倒だとメルヴィンは渋ったが、なんとか説得をして部屋から追い出し、私は安堵の息を吐く。


「おい」


すると、ベッドに横たわったままの姿勢でクライドが声をかけてきた。


「は、はい。どうかされましたか?」


王城に通い始めて一ヶ月も過ぎようとしているのに、私はいまだにクライドとまともな会話をした記憶がなく、突然二人きりになってしまったことにひどく緊張していた。


「ずっと気になっていたんだが……君は魔塔主の恋人なのか?」

「え?」

「それに、君は平民だろう?」

「いえ、違います! あ、いや、私が平民なのは合っていますが、メルヴィンの恋人というわけではありません」


私は目の前で両手をパタパタと振りながら、必死に否定の言葉を口にする。


「恋人じゃない?」

「はい」

「私の前であんなにイチャイチャイチャイチャしておいて?」

「イチャイチャだなんて、そんな……!」

「昨日は膝枕まで……!」

「あの、膝枕はメルヴィンが疲れを癒したいからって……」


最近のメルヴィンは寝る間も惜しんで研究に没頭しているため、目の下には見事なクマができてしまっていた。

そのため、仮眠を取りたいからという理由で膝枕をリクエストされると、どうにも断りづらくて……。


ただ、クライドが「私の前で何をするつもりだ!」と騒いだため、未遂で終わっている。


「膝枕が許されるのは恋人か婚約者ぐらいだぞ?」

「そうなんですか!?」


驚愕する私を、クライドが呆れたような表情で見つめる。


「まあ、君が魔塔主の恋人じゃないと言い張るのならそれでいい。だが、そろそろ彼との距離感は見直すべきだ」

「距離感……」

「ああ。魔塔主に婚約話が持ち上がっていることは聞いているな?」

「え……?」


読んでいただきありがとうございます。

次回は10/10(金)に更新予定です。

よろしくお願いします。

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