病の正体②
「ねぇ、ソフィはどう思った?」
王城から魔塔へ帰る馬車の中、メルヴィンからの問いかけに私は素直に自身の考えを打ち明ける。
ロードリックとクライドは同じ病なんじゃないかと……。
「でも、私の治癒魔法に原因がある可能性もまだ……」
「いや、クライド殿下は他の聖女からも治癒魔法による治療を受けている。しかも現在進行形でね。それであの状態なんだから、やっぱりクライド殿下自身に原因があるんだよ」
「…………」
それが本当であるのなら……さらに、クライドとロードリックの病が全く同じものだと仮定すると、ロードリックの死の原因は私の治癒魔法ではなかったということになる。
「ただ、治癒魔法の効果がゼロというわけじゃない。すぐに悪化してしまうことが問題なんだ。だから『死なせない』ことを最優先させる」
「死なせない?」
「そう。病を患っていても薬や医療用魔導具で命を繋ぎ止めている人は大勢いる。本当は病気そのものを完治させるのが理想だけどね。それじゃあ時間がかかりすぎてしまうから」
ロードリックは倒れてから三ヶ月もしないうちに亡くなってしまった。
クライドも同じ病だとすれば、あまり時間は残されていないことをメルヴィンはわかっているのだろう。
「それに……あれは病気というより、生まれつきのものじゃないかと思うんだ」
「生まれつき……?」
「なんて言えばいいかな……。おそらくクライド殿下の体内には生まれつき小さな穴が空いていた。その穴が成長するに従って大きくなってしまったんだよ」
「え? ちょっと待って、どういうこと?」
メルヴィンの話についていけず、思わずストップをかける。
「んー……人間の体内には多かれ少かれ魔力が内包されている。これはわかる?」
「ええ」
「体内で魔力を作り出し、魔法を使うと体内の魔力が減る。魔力が過剰に作り出され、魔力暴走の危険を伴うのが『魔力過多症』。逆に魔法を使い過ぎて体内の魔力が空っぽになるのが『魔力切れ』だね。ここまではどう?」
私は理解しているという意味を込めてこくりと頷く。
「それじゃあ、そんな魔力を内包する器官に穴が空いてしまうとどうなると思う?」
「ええっと、穴から魔力が流れ出してしまうんじゃないかしら?」
「そう。そうすると体内の魔力が枯渇して、常に魔力切れを起こしている状態になる」
メルヴィンを助けるために治癒魔法を使用し、自身が魔力切れを起こした時のことを思い出す。
(そういえば、あの時は体に力が入らなくなって……)
まさに今のクライドのような状態だった。
私は一晩眠れば回復したが、クライドは常に魔力が体内から流れ出ているため、いつまで経っても回復しないというわけだ。
「でも、それと治癒魔法が効かないのとは……」
「ここからは僕の仮説になるんだけど。魔力とは別に生命を維持する力……とりあえず『生命力』と呼ぼうか。これが魔力と同じように体内に内包されている」
「生命力……」
「そう。魔力と生命力によって僕らは生かされている。そして年齢を重ねるうちに自然と生命力が失われていき、いずれ死を迎える。聖女の治癒魔法は、そんな生命力を一時的に活性化させる魔法なんじゃないかと思うんだよねぇ。実際、僕がソフィに治癒魔法をかけてもらった時、ソフィの魔力が傷を治しているんじゃなくて、ソフィの魔力によって活性化された僕自身の生命力が傷を治しているように感じたから」
「そうだったの?」
「うん。だから、患者が高齢であるほど治癒魔法の効果は薄くなる。そもそもブーストする生命力が少なくなっているんだから仕方がないよね」
そういえば、メルヴィンが聖女の研究をしていると明かしてくれた時、聖女は万能じゃないと言って、患者が高齢だと治癒魔法の効き目が悪いと話していたことを思い出す。
ここからはさらに僕の想像になるんだけど……と前置きをし、メルヴィンは話を続けた。
「クライド殿下の体内器官に空いた穴はおそらく生まれつきのもの。だから治癒魔法をかけても穴が塞がることはない。手足が生まれつき欠損している者に治癒魔法をかけても手足が復活することがないのと同じなんじゃないかなぁ? もしくは、穴が塞がらない理由が別にあるのかもしれないけど」
「そうだったんだ……」
つまり、何らかの理由……メルヴィンは体内器官に穴が空いたと表現したけれど、それによってクライドの体内から魔力と生命力が流れ出てしまっている状態。
そこに聖女の治癒魔法をいくらかけても、そもそもの生命力が足りていない状況でブーストの効果は薄く、時間が経てばブーストをかけた生命力も流れ出てしまう……。
それが、クライドの病の正体だと理解する。
「まあ、ほぼ全てが僕の仮説に過ぎないし、本当は仮説を立証してから治療に進みたいところなんだけど……時間がないからね。僕はこの仮説に基づいて対策を考えてみるよ」
メルヴィンの口振りから、彼の頭の中には何らかの方法がすでに浮かんでいるのだろうと思えた。
『ソフィは罪人なんかじゃないよ。まがいものでもない。それを証明するために王都へ戻るんだ』
あの日のメルヴィンの言葉が現実味を帯びていく。
(ロードリック殿下の死は私のせいじゃない……? 私はまがいものじゃなかった……?)
ずっと悩まされてきた罪の意識からようやく解放される。
だけど、そんな安堵の中に別の感情が生み出されてしまった……。
(だったら、この十年は……私が罪の意識に苛まれ続けてきたこの十年間は一体何だったんだろう……)
じわり、じわりと、滲むように私の心の内に仄暗い感情が広がっていく。
仕方がないことだとはわかっている。
王妃も神官長のエイブラムも、まさかロードリックの身体に原因があるとは思わなかったのだろう。
だから、治癒魔法に問題があると思い込み、私を廃棄の森へ追放した。
そう頭ではわかっていても、やりきれない思いが消えることはなくて……。
「ソフィ?」
「あ……何でもないの。メルヴィンは凄いなって思っていただけ」
「ふふっ。そうかな?」
嬉しそうに笑いながら頭を差し出すメルヴィン。
そんな彼の柔らかな黒髪を撫でながら、私は無理矢理にでも自身の感情に蓋をするしかなかった。
やがて、私とメルヴィンを乗せた馬車が魔塔へ到着する。
「おかえりなさいませ」
すると、まるで待ち構えていたかのように、クローディアが私たちを出迎えた。
「あれ? クローディアどうしたの?」
「魔塔主様にお話がございまして……お待ちしておりました」
「ふーん……。ここで聞いてもいい?」
「いえ、人払いをお願いします」
そう言いながら、クローディアは私にちらりと視線を向ける。
「わかった。先に執務室に行っててくれる? 僕はソフィを部屋まで送らなきゃだから」
「ま、待って……ください! えっと、私は一人で部屋に戻れますから! それでは失礼します!」
「え? ソフィ!?」
私はぺこりと頭を下げたあと、呼び止めるメルヴィンの声を無視して、急いでその場から立ち去った。
先日、メルヴィンの研究室で鉢合わせてから、私はクローディアに対して苦手意識を持つようになってしまったのだ。
それに、私へ向けられたクローディアの視線には、明らかな敵意が見て取れて……。
「はあ……」
小さく溜息を吐きながら、足取り重く、私は自分の部屋へと向かうのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は10/8(水)に投稿予定です。
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