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廃棄の森

読んでいただきありがとうございます。

※本日3話目の投稿になります。

よろしくお願いいたします。

目が覚めると、見たことのない天井が視界に入った。

そして、自身が見知らぬ部屋のベッドに寝かされていることに気がつく。


ふと、全てが夢だったのではないだろうかと……そんな考えが浮かぶ。

だったら、どこからどこまでが夢なのだろうとぼんやりとした頭で考えていると、控えめなノックの音が響いた。


「よかった。目が覚めたのね」


扉を開けて現れたのは一人の女性。

年齢は六十代くらいだろうか。白に近い銀髪をきれいに結い上げ、背筋が真っ直ぐに伸びた姿は凛とした空気を纏っている。


私は慌ててベッドから降りようとするが、それを女性の手によって制止されベッドに押し戻された。


「痛いところや気分が悪いとかはないかしら?」

「は、はい……」

「そう、よかった」


ゆったりとした口調はとても聞き取りやすい。

そのまま女性はベッドの側に置かれた椅子に腰掛ける。


「ここは私の家よ。あなたが廃棄場に倒れているところを見つけて連れ帰ったの」

「はいきば?」

「この廃棄の森の入り口と言えばわかるかしら?」

「あ………」


その瞬間、「廃棄の森へ追放する」と告げた男の低い声を思い出し、全てが夢だったのではないかという淡い期待は打ち砕かれてしまう。


「じゃあ、ここは廃棄の森の中ですか?」

「ええ、そうよ」

「でも………」


廃棄の森には瘴気が漂い、魔物が闊歩(かっぽ)していると聞いていた。


「ふふっ。まさか人が住んでいるとは思わなかった?」

「はい」

「私も……あなたのような子供が森に入ってくるとは思わなかったわ」


そして、女性の深い青の瞳が私を見つめる。


「私の名前はマーサ。あなたの名前を教えてちょうだい」

「私は……」


自身の名前を告げようとして、言葉に詰まってしまう。


「どうしたの? 名前は言えない?」

「いえ、そうじゃなくって……えっと、最初は『ヴァイオレット』って呼ばれてて……今は『まがいもの』になりました」


私の話を聞いたマーサの片眉が上がった。


「……ねぇ、どうしてそんな名で呼ばれるようになったのか教えてもらえないかしら?」


そうマーサに請われた私は、名無しで孤児院に捨てられた自分が『ヴァイオレット』から『聖女』になり、第一王子を救えずに『まがいもの』になったと名前の遍歴を説明する。

それと同時に、廃棄の森へ追放された事情もマーサに伝える形となってしまった。


「そう……。こんな子供に全ての罪を擦り付けて追放するだなんて……相変わらず王家は腐り切っているのね」


マーサが吐き捨てるように呟く。


「違うんです。私が『まがいもの』で治癒魔法をちゃんと使えなかったせいで……」

「それじゃあ、他の聖女たちに責任はないの?」

「え?」

「だって、あなたの他にも殿下の治療に携わった聖女たちがいたのでしょう? それに、聖女だけじゃない。多くの大人たちが殿下の治療に協力していたはず……。その人たちに責任はないの?」

「あ……」


マーサの瞳が優しげに細められ、真っ直ぐに私を見つめる。


「だから、あなたが(・・・・)治せなかったんじゃない。誰にも治せなかったのよ」

「………っ!」


その瞬間、ロードリックの言葉を思い出す。


『私が助からなくても君に責任はない。君は何も悪くない。それだけは覚えておいて』


彼と同じ言葉をくれたマーサがそっと私の背中に手を添える。

すると、今まで張りつめていた何かがぷつりと切れた。


「ううっ……うっ……」


後悔や悲しみ、不安、恐怖などの様々な感情が膨れ上がり、そのまま涙となって溢れ出していく。


「大丈夫。もう、大丈夫よ」


そう言いながら背中を撫でるマーサの手の温もりに身体から力が抜け、ようやく私は声を上げて泣くことができたのだった。



「どう? 落ち着いたかしら?」

「はい……」


泣きすぎてしぱしぱする目をもう一度手で擦り、強く鼻をすすった。


残念ながら、ロードリックを救えなかった罪悪感が完全に消えることはなく、今も私の心の奥底で(くすぶ)り続けている。

それでも、溜め込んでいた感情を吐き出せたことで、ずいぶん心が軽くなったのは確かだった。


「それじゃあ……まずは、この森について話をしましょうか」


そして、マーサの口から語られる事実に私は耳を傾ける。


ソウルバーク王国は治癒を司る女神ファムラーシルを唯一神として祀っており、それ故に死刑が禁じられていた。

それでも、国を揺るがす大事件や王侯貴族が関わる事件など、罪人が生きたままでは何かと都合の悪いケースが存在する。

そのような際に与えられる刑罰が、廃棄の森への『追放刑』だった。


廃棄の森には瘴気が溢れ、魔物が闊歩かっぽしている。

そのため、廃棄の森から瘴気や魔物が国内へ入り込まないように強力な結界が国境沿いに張られており、中に足を踏み入れると森から出られなくなってしまう。


そんな場所へ罪人が追放という名目で捨てられる……つまりは実質的な死刑であるというのだ。


そのような内容を、私にもわかりやすいように言葉を噛み砕いてマーサは説明をしてくれた。


「でも、私は生きてる……」

「ええ。私もあなたも運がよかったのね」

「マーサさんも……?」

「私もあなたと同じ『追放刑』でこの森に捨てられたのよ。そして、ここは追放刑を下された罪人たちが暮らす集落なの。と言っても私を含めて今は三人だけ……いえ、あなたが来てくれたから今日から四人ね」


そう言って、マーサは小さく笑った。


(罪人……)


だが、目の前のマーサが追放刑を下されるような罪人には見えなかった。


「マーサさんはどんな悪いことをしたの?」

「そうねぇ……。私は悪いことをしたつもりはなかったのだけれど、婚約者様にとって私の存在そのものが都合が悪かったのでしょうね」

「えっと……?」


マーサの言葉の意味がよくわからず、私は困惑してしまう。


「ふふっ。ちょっと難しい話になってしまうのよ」


先ほどと同じように小さく笑うマーサ。

だけど、その表情はどこか悲しげで、私はそれ以上聞くことができなかった。


「明日になったら集落を案内してあげましょう。他の住人にもあなたを紹介するわ」

「はい。ありがとうございます」


そして、翌日。

マーサから二人の住人を紹介される。


「まさかこんな子供がねぇ……」


元女騎士だったというアンナは、私の目の前にしゃがみ込むと、複雑そうな表情で私の顔を覗き込む。


「見たところ怪我はなさそうだったけれど、念のために健康状態を診てあげてくれない?」

「………わかった」


マーサの提案に、元医師だというコーディが抑揚のない声で返事をする。


アンナもコーディも、マーサよりもずいぶん年上らしい。


こうして私は四人目の住人として森の集落で暮らし始めた。

元々、他人ばかりを寄せ集めた孤児院で暮らしていたからか、祖父母と孫のような年齢差だからか、すぐに打ち解けた私は集落での生活に馴染んでいく……。


コーディは無口で愛想は無いが博識で、この森に自生する薬草から食べられる果物まで様々な知識を私に授けてくれた。

アンナは明るく豪快で、魔物を捕らえる罠の仕掛け方から(さば)き方まで、この森ならではの食料や素材の調達方法を私に指導してくれる。


やはり二人とも、追放刑を下された罪人だとは全く思えない。


そして、元貴族令嬢だったというマーサからは、一般教養から読み書きや計算と礼儀作法に至るまで、森での生活にはあまり必要がないことまで教わった。


「この森の外でもあなたが生きていけるように……」


そんな言葉をマーサが繰り返すたびに、私は複雑な思いを(いだ)く。


多少の不便はあるし、魔物や瘴気という危険に晒されてはいるが、慣れてしまえば森での生活も悪いものではなかった。

それに、王城での出来事を思い出すと、森の外の世界のほうが恐ろしいとすら感じてしまう。


──しかし、とある魔術師との出会いによって再び王都に戻ることになるなんて、この時の私は知る由もなかったのだ……。



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