病の正体①
「なんだ……これは? おい、一体何を……?」
「殿下、そのまま動かないでください」
ベッドに横たわり、金の粒子に包まれたクライドが困惑した様子で身じろぎをし、それをメルヴィンが制止する。
視界が塞がれていても、クライドは自身の身体に何かしらの変化を感じたのだろう。
つまり、私の治癒魔法がきちんと発動しているということだ。
(よかった……)
森を出てから一度も発動できなかった治癒魔法。
悩みの一つがようやく解消されたことにホッと安堵の息を吐く。
ちらりとメルヴィンに視線を向けると、彼も嬉しそうに微笑みながら頷いてくれた。
(全身を包み込むように……ゆっくり……)
私は無言で治癒魔法を放ち続けながら、少しずつ昔の感覚を取り戻していく。
十年前、ロードリックの病状が悪化していく様子を見て、エイブラムに相談をしたところ、治癒魔法の威力をさらに上げるよう指示された。
だが、一気に威力を上げた治癒魔法にロードリックはうめき声を上げ、慌てて治癒を中断させたことを思い出す。
(メルヴィンの時は無我夢中だったけれど、今はちゃんと調整できているはず……)
目隠しをされてしまっているが、クライドの表情を確認しながら慎重に治癒魔法を使い続けること五分。
「ソフィ、一度ストップして」
メルヴィンは私に指示を出したあと、クライドのベッドへ近づく。
「殿下、体の調子はいかがですか?」
「何だか力が戻ってきたような気がする……。一体、私に何をしたんだ?」
「治療ですよ。で、先ほどお聞きした数値で言うと現在はどれくらいです?」
「え……ああ、かなり一に近い。二くらいだろう」
「なるほど。……他に変化は?」
「全身が熱い。なんと言えばいいか……熱を出している時に近い感覚なのだが、倦怠感はなくなっているんだ」
「体の調子はよくなっているのに、体は熱いと……?」 「ああ」
クライドの疑問はさらりと躱し、治療魔法を受けた直後の体調を細かく質問していくメルヴィン。
たしかにクライドの言葉通り、随分と顔色がよくなっているように思えた。
「では、これから三十分置きに今と同じ質問をします」
「三十分……。それまで私はどうすればいい?」
「ベッドに寝たままで。目隠しは外してもらって構いませんよ」
「そうか……」
少しだけ残念そうなクライド。
ずっとベッドの上で過ごしていたからか、調子がよくなったことで少し体を動かしたかったらしい。
「ソフィもお疲れ様。疲れたんじゃない?」
「私は大丈夫よ」
そう答えたのに、メルヴィンは私の手を引いて、すぐ近くのソファに座らせる。
(すごいふかふか……)
さすが王太子の部屋に置かれているだけあって、装飾だけでなく座り心地まで一級品だ。
すると、メルヴィンが私の右隣に腰を下ろし、私の耳元に顔を寄せてくる。
「成功おめでとう。魔力切れになったりしてない?」
囁くようなメルヴィンの声と吐息に、耳が少しだけこそばゆい。
「今のところは問題ないわ」
「ならいいけど……。無理はしないでね?」
「ええ。ありがとう」
どうやら魔力云々の会話をクライドに聞かれないための距離の近さだったらしい。
「僕はちょっと疲れちゃったなぁ」
そう言うと、メルヴィンは長い両足を投げ出しながらソファの背もたれに頭を預けてズルズルと下がっていく。
「メルヴィン。お行儀が悪いわよ」
「んー……でも、こうしないと届かないから」
何が?
と、聞く前に、メルヴィンの頭が私の右肩に乗せられた。
「え!?」
「ふふっ。これならちょうどいい」
「ちょっと、メルヴィン!」
「僕、明け方までずーっと調べものをしていたんだよね」
「……そうなの?」
「だから、眠くなっちゃって」
そう言われてしまうと、なんだか邪険にしにくい。
「でも、その姿勢のほうが疲れそうよ?」
「んー……たしかにそうかも。じゃあ、膝枕にしてもらおうかな」
膝枕って何だっけ……?
と、考え始めたその時、苛立ちの混じる声が響いた。
「私はいつまでお前たちがイチャつく姿を見ていなければならないんだ!」
とっくに目隠しを外したクライドが、メルヴィンの言いつけ通りにベッドに横たわりながら、こちらを睨みつけている。
「チッ……。はいはい、興奮しないでくださいよ」
「お前……今、舌打ちをしただろう? 聞こえたぞ?」
信じられないものを見るような目でメルヴィンを見つめるクライド。
メルヴィンは気怠げにソファから立ち上がり、ベッドに寝転んだままのクライドに再び近づいた。
「まだ三十分は経っていませんが、体に何か変化は?」
「それが……熱は引いているのだが、また手足に力が入らなくなってきた」
「数字だとどれくらいです?」
「三……といったところだ。治療を開始する前よりはマシだが……徐々に悪化しているような……さっきまで漲っていた力が身体から抜け落ちていくような……」
「抜け落ちる?」
「ああ」
「…………」
黙り込むメルヴィン。
体のツラさを十段階で現すと、最初は『六』だと訴えていたクライドだったが、治癒魔法により改善して『ニ』になったのに、三十分も経たないうちに『三』まで悪化してしまった。
結局、三十分が経つ頃には『四』の段階まで悪化は進行していった。
本人の申告通り、時間が経つにつれてクライドの顔色もどんどん悪くなっていく。
「ソフィ、もう一度」
メルヴィンの指示を受け、先ほどと同じように私は治癒魔法をクライドに放つ。
だが、結果は前回とほぼ変わらず……。
「ソフィ、もう一度」
「もう一度」
「もう一度」
「もう一度だ」
同じ工程を何度も繰り返すが、やはり治癒魔法の効果が持続しないという結果になる。
「もう一度」
「メルヴィン、待って! 殿下の体調が……!」
十回目に差し掛かるタイミングで私はメルヴィンに待ったをかけた。
ただでさえ病を患っているクライドに無理は禁物だとメルヴィンに訴える。
「あ……」
「殿下が悪化してしまったら意味がないでしょう?」
「そうだよね。ごめんね、ソフィ」
「おい、謝罪なら私にだろう?」
目隠しをしてベッドに横たわるクライドから抗議の声が上がる。
そして、私は十年前の王城での日々を思い出していた。
ロードリックも、私が治癒魔法をかけたあとは「楽になったよ」と言って笑顔を浮かべてくれる。
しかし、翌朝になると前日の回復などなかったかのように元の状態に戻ってしまうのだ。
(そう、それの繰り返しだった)
一日に一度の治癒魔法を毎日繰り返す。
だが、あまりに回復しない状況に焦ったエイブラムからの指示で、治癒魔法の威力を上げたり回数を増やしたり……。
その頃にはロードリックの病は随分と進行してしまっていて、結局、どうにもならなかった。
(クライド殿下の病もおそらく……)
十年前、ロードリックの命を奪った病とクライドの病が同じであると、私は確信してしまうのだった。
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次回は10/6(月)に更新予定です。
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