終わらせる
(まさか、またここに来ることになるなんて……)
十年振りの王城。
荘厳で華やかな内装はあの頃と変わらず、やはり身がすくむような心地になってしまう。
ただ、十年前とは違って、私の隣には白の神官服に身を包んだエイブラムではなく、黒地に金の刺繍が入ったローブを身に纏うメルヴィンが立っている。
そして、目の前のベッドには金髪碧眼の青年が、上半身を起こした状態で私たちに疑惑の視線を向けていた。
彼の名前はクライド・ソウルバーク。
ロードリックの異母弟で、我が国の次期王太子である。
一ヶ月前、突然倒れたクライドはすぐに聖女たちの治療を受けるも、徐々に手足に力が入らなくなり、今ではベッド上での生活を余儀なくされている。
その話をメルヴィンから聞かされた私は、すぐにロードリックの姿を頭に思い浮かべてしまった。
なぜなら、その症状がロードリックの病の症状とよく似ていたからである。
メルヴィンも同じ考えだったようで、直接確認をしようと私を連れて王城へ足を運ぶことになった。
ただし、魔塔主であるメルヴィンがクライドの治療に関与することは極秘とされている。
(それはそうよね)
女神ファムラーシルを讃え、聖女の治癒魔法が絶対であると掲げている神殿。
聖女の治癒魔法は絶対ではないとの考えに基づき、治癒魔法以外の治療法を確立すべく研究を続ける魔塔主。
王家と神殿の関係は根深く、王太子が病に倒れたからといって簡単に手の平を返すことはできないのだろう。
だが、そのような事情があることを承知の上で、ジリアンはメルヴィンに我が子の治療を依頼したのだ。
そのため、現在クライドの部屋にいる騎士やメイドたちも、ジリアンが人選をした者たちだという。
私はこっそり部屋の中を確認したあと、クライドへ視線を戻す。
(髪色は同じだけど……)
ロードリックは肩まで伸びた真っすぐな髪だったが、クライドは癖毛気味の短髪である。
中性的な顔立ちだったロードリックとは違い、クライドは男らしく精悍な顔つき。
だが、私と同じくらいの年齢であるはずなのに、その頬は痩せこけ、眼の下の隈も酷く、生気が感じられない。
「今日から殿下の治療を担当するメルヴィン・オーデンと申します。こっちは僕の愛弟子のソフィアです」
「母上から話は聞いている。聖女の次は魔塔主か……」
口の端をつり上げるような笑みに、投げやりな口調のクライド。
しかし、メルヴィンは全く動じることなく、両手をパチンと合わせた。
「聞いているのなら話は早いですね。さっそく治療を開始しましょう。さあ、殿下以外の方々は退室を」
クライドの寝室には合わせて十人以上の騎士やメイドが待機していた。
部屋から出ていけと突然言われた彼らは、戸惑った表情を浮かべている。
「待ってくれ!」
そこへ赤髪の騎士が声を上げる。
「殿下の護衛を退室させることはできない。いくら魔塔主殿でもそのような横暴は……」
「横暴じゃないよ。これは命令。出来ないなら治療は無し」
「………っ!」
取り付く島もないメルヴィンの返事に、赤髪の騎士は言葉に詰まる。
「僕の指示に従うようにってジリアン妃殿下から聞いてない?」
「それは……そうなのだが……」
「だったら問題ないでしょ? 悪いけど、こんなことに時間を割いてる暇はないんだよね」
そう言って、メルヴィンは騎士とメイドたちを強引に退室させ、部屋にはクライドとメルヴィンと私の三人だけとなった。
「それじゃあ、始めようか。ソフィ」
「…………」
メルヴィンの呼びかけに私はこくりと頷く。
騎士やメイドたちを退室させたのは、私が『まがいものの聖女』だとバレないようにするためだ。
念のため私は眼鏡をかけて、顔が見えないようにローブのフードを被っている。
「全く、こんな仰々しい真似をして一体どれほど高尚な治療をするつもりだ」
「ソフィ、そんなに緊張しなくてもいいからね。ほら、肩に力が入っちゃってる」
クライドの言葉をスルーし、私の両肩に手を置きながら微笑むメルヴィン。
「聖女ですら治せなかった病に治療法なんてあるはずがない!」
「そんなに不安なら僕が手を繋いでてあげようか?」
「おい! 聞いているのか!」
業を煮やしたクライドがメルヴィンを怒鳴りつけ、その声に私はビクリと身体を揺らす。
だが、メルヴィンは全く動じることなく、クライドに向かって口を開いた。
「『治療法がない』っていう殿下の考えはどうでもいいんですよ」
「なっ……!」
「不安になる気持ちは理解できますが、いちいち突っかかってこられるのは面倒ですし時間の無駄です。僕は殿下の気持ちに寄り添い慰めるためにここにいるんじゃない。あなたの病を治すためにここにきているんですよ」
「…………」
メルヴィンの言葉を聞いたクライドは黙り込む。
だが、すぐに「すまなかった」と小さな声で謝罪した。
これまでの言動から、クライドは気性の激しいタイプなのだと思っていたが、病による不安や焦りから攻撃的になっていただけのようだと気づく。
それからは、メルヴィンの指示にクライドは素直に従うようになる。
「現在の身体のツラさを数字で表現してください。病に罹る前の健康な状態を一、最高値を十とするならば今はどれくらいですか?」
「そうだな……」
「殿下の感覚で構いません」
「六……くらいだな」
「なるほど」
クライドは、問診にもすらすらと的確に答えていく。
「では、次に目隠しをしていただきます」
「目隠し?」
そう聞き返しながらも、抵抗することなく布で目元を覆われるクライド。
「ソフィ、頼んだよ」
「はい!」
目隠しをしたのは、私の治癒魔法をクライドに見られないようにするため。
魔塔での実験中に私の治癒魔法が発動することはなかった。
だけど、それは人が相手じゃなかったことが影響しているとメルヴィンは話していた。
(たしかに、そうかもしれない)
私はベッドに横たわるクライドをじっと見つめながら、ロードリックの姿を思い浮かべる。
ロードリックは最期まで泣き言を口にすることも、声を荒げることも、誰かを責めることもなかった。
だけど、クライドを見ていると考えてしまう。
もしかしたら、私の見ていないところでロードリックも悩み苦しんでいたんじゃないかって……。
(ここで終わらせよう)
この病を終わらせる。
十年前の私には成し得なかったことだけど、今の私にはメルヴィンがいる。
彼と一緒ならばきっと……。
そんな私の願いに応えるかのように、クライドの身体は輝く金の粒子で覆われるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は10/4(土)に更新予定です。
よろしくお願いいたします。




