第二王子の病 Side.メルヴィン
※メルヴィン視点となります。
よろしくお願いいたします。
自身の感情を吐き出したあと、ソフィアはようやく落ち着きを取り戻した。
(僕もちょっと焦っちゃったなあ)
ソフィアの泣いた目元を見た瞬間、カッと頭に血が昇ってしまったのだから。
結局、彼女の涙の原因は僕だった。
十年振りの外の世界、治癒魔法の不発、遅々として進まない研究……。
ソフィアの中に蓄積していた不安や焦りが、僕の隠し事のせいで決壊してしまったのだ。
どれだけ研究に心血を注ごうが、結果が出ないことなんてざらにある。
魔塔に所属する者にとっては当たり前でも、ソフィアの持つ感覚とは違っていて……。
その辺りの配慮が欠けてしまっていたことを、僕はようやく自覚する。
(あまり時間は掛けられないな)
もし、彼女が魔塔での生活に嫌気が差し、森へ帰りたいと心から願えば、きっと聖獣たちがソフィアを取り戻しにくるはずだ。
ソフィアは僕がいなければどこへも行けないと思っている。
いや、そんな風に僕が思わせているだけ。
彼女が離れてしまわないよう、必死になっているのは僕のほうなのに……。
◇
その日の夜、僕は執務室の椅子に深く腰掛け、両足を目の前の机に投げ出した体勢で資料の確認をする。
(やっぱり似ているね……)
そこに書かれているのは、ソフィアから聞き出した十年前のロードリックの症状。
もちろん、当時の記憶を彼女が全て正確に覚えているなんて思っていない。
だけど、何も情報が無かったこの十年間を思えば、これだけでも随分と進展したと言える。
そして、今日ここに新たな人物の資料が加わった。
それがオーデン伯爵家に僕が呼び出された理由。
オーデン伯爵家の現当主は兄のサイラスである。
豪胆な性格でありながら、オーデン伯爵家の繁栄を第一に考える貴族らしい貴族。
僕が魔塔で好き勝手していても基本的には放置してくれている。
ただ、一人娘のブリアナにはめっぽう甘い。
そんなサイラスから家に顔を出すよう手紙が届いたのは先日のこと。
ブリアナの誕生日会以外で呼ばれるだなんて、よっぽどの事情があるのだろうと出向いたのだが……。
伯爵家に着いてすぐサイラスに連れていかれたのは、王都の南地区に店を構える馴染みのレストラン。
その個室で待っていたのは意外な人物だった。
「わたくしの要望に応じてくださり、ありがとうございます」
そう言って微笑むのは、側妃ジリアン・ソウルバーク。
どういうことだと思いながらも、黙ってサイラスとともに用意された席に着く。
我が国には正妃と二人の側妃がいる。
そして、ロードリック第一王子は正妃アデラインの子、クライド第二王子は側妃ジリアンの子だ。
十年前にロードリックが亡くなったため、クライド第二王子が王太子となり、現国王陛下の後継として国を担うことが決定事項となっていた。
和やかな空気の中、サイラスとジリアンの世間話が始まる。
残念ながら僕は昔から貴族らしい会話が苦手で、この場に兄が同席したのは役割分担をするためだったと理解した。
貴族は直接的な会話は好まず、難解な言い回しに本音を含めるのだが、僕にはその全てが時間の無駄に感じてしまうのだ。
サイラスに会話を任せながら、目の前に座るジリアンに視線を向け、その表情を観察する。
化粧でうまく隠しているが、随分やつれているように見えた。
「それで、僕に頼みたいこととは何でしょう?」
そろそろいいだろうと口を挟むと、サイラスから呆れたような視線を向けられる。
どうやらタイミングを間違えたらしい。
王族だろうが何だろうが僕の時間は有限なのだから、さっさと本題に入るべきだろうに……。
そんな無礼な僕の言葉に気分を害した様子もなく、ジリアンは軽く目を伏せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「クライドを救っていただきたいのです」
「クライド殿下を?」
一ヶ月前、何の前触れもなく突然倒れたクライド。
慌てて神殿に依頼し、派遣された聖女による治癒魔法で治療を試みるも、いまだに悪化の一途を辿っているのだという。
このまま神殿に治療を任せることに不安を感じたジリアンは、魔塔主を頼ることを決意する。
だが、大っぴらに魔塔を訪れるわけにはいかず、サイラスを通して僕との接触を試みたというわけだった。
「ファムラーシル様の加護を疑うような真似は許されない……それは承知しております。それでも……どうしてもクライドを救いたいのです。あの子が助かるのならば、私はどのような罰を受けても構いません!」
決死の想いを口にするジリアンは、側妃ではなく母の表情をしていた。
彼女の気持ちはよくわかる。
なんせ、十年前の前例があるのだから……。
それに、側妃であるジリアンならば、ロードリックの死の真相を耳にしている可能性も高い。
──聖女の治癒魔法でも治せない病の存在。
おそらくジリアンはそれを確信している。
僕はジリアンの依頼を快諾し、直接クライドとの面会を取り付けてから、レストランを後にした。
(いいタイミングだったのかもしれないね)
それは、僕とジリアンの両方にとって……という意味だ。
ロードリックの症状を実際に目にしたソフィア。
彼女をクライドに会わせることができれば、ロードリックの病と同じものかどうかの判断がつきやすい。
それが合致すれば、実際に治癒魔法の効果を確認することだって……。
(ちょうどいい……なんて言ったら、またソフィに怒られちゃうかな?)
そんなことを考えていた時だった。
執務室の扉がノックされ、呼びかけるクローディアの声が響く。
「入っていいよー」
扉を開け入ってきたクローディアは、執務机に両足を投げ出した僕を見て一瞬だけ片眉を跳ね上げるも、すぐに元の表情に戻る。
「昼間に資料を届けに伺ったのですが、いらっしゃらなかったので……」
「ああ、そうだったんだ。ちょっと出掛けてたんだよね」
「そうでしたか」
たいして興味の無さそうなクローディア。
そんな彼女から資料を受け取り机に置くと、僕はまた手元の資料に視線を戻す。
しかし、なぜかクローディアは執務室から出ていこうとしない。
「んー? 他に何かあった?」
「ずっと気になっていたのですが……以前おっしゃっていた『廃棄の森に捨てられた』という話は事実ですか?」
クローディアからの思わぬ質問に、僕は資料から顔を上げる。
「あれー? 信じてくれてなかったの?」
「いえ、魔塔主様ならば、たとえ廃棄の森であっても無事に帰還されるだろうとは思っております」
「ふふっ! 随分と僕を評価してくれているんだね」
「ええ、まあ……。だからこそ、どうして帰還にこれほど時間がかかったのかが気になりまして。魔塔主様なら一週間もかからないだろうと……」
「んー……せっかく廃棄の森に入ったのに、すぐに帰るのが勿体なかったんだよねー」
「そんな理由ですか」
クローディアが呆れたように呟いた。
まあ、嘘は言っていない。
廃棄の森に興味が尽きなかったのは事実なのだから。
決して、ソフィアを追いかけ回していたからではない。
「てっきり何かトラブルでもあったのかと思ったのですが……」
「トラブル? ああ、そういえば……」
そこでようやく自身の魔法を封じていた首輪の存在を思い出す。
それをクローディアに話して聞かせると、彼女の眉間にシワが刻まれた。
「神の遺物……でしたら、やはり神殿が魔塔主様を攫った犯人では?」
「んー……どうだろうね」
「どうしてそんなに呑気に構えてらっしゃるんです? 神殿が動いているとしたら厄介ですよ!」
「まあ、何とかなるよ」
しかし、クローディアの言葉が正しかったのだと、後に思い知ることになるのだった。
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次回は10/2(木)の更新です。
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