生きていてほしかった
結局、私はクローディアに「わかりました」と返事をし、そのまま研究室を後にする。
そして、掃除道具を片手に抱え、早足で自室へと戻った。
(どうしてメルヴィンはロードリック殿下のことを言ってくれなかったんだろう)
自室のベッドにごろりと寝転び、天井を見つめながらメルヴィンのことを考え続ける。
(もしかしてメルヴィンが魔塔に所属したのって……)
クローディアは、ロードリックが亡くなったことにより派閥が瓦解されたからだと言っていたが、メルヴィンの性格を考えると、そんなことで彼が進路を変えるとは思えない。
メルヴィンは頑固だ。
こうだと決めれば、たとえ自分の身が危険に晒されようとも何が何でも貫き通す。
そんなメルヴィンが神殿のタブーに触れてまで、病だけじゃなく、聖女の治癒魔法についても調べていたのは……。
(ロードリック殿下のためだったんだ)
メルヴィンのこれまでの行動が、ロードリックの死の真相を確かめるためなのだと考えれば、全ての辻褄が合うような気がした。
そして、ロードリックの病の解明に欠かせないのが『まがいものの聖女』の存在。
だから、私を廃棄の森から連れ出した。
私の治癒魔法を調べ上げ、私が『本物の聖女』であるならば、治癒魔法が及ばない『何か』がロードリックの死の原因であると断定できる。
──じゃあ、私が『まがいもの』だったなら?
ロードリックの死の原因が『まがいもの』のせいだと断定されれば、メルヴィンは私のことを……。
胸の奥がぐっと詰まり、涙で視界が滲んでいく。
(どうしよう……どうすればいい?)
森の中で出会ったメルヴィンは、ワガママだけど甘えん坊で、ズボラだけどなぜだか憎めない、そんな青年だったのに……。
伯爵家の出身で、幼い頃から魔術師団に所属することを望まれる才能、それでも研究が中心の魔塔のトップに登り詰め、多くの功績を挙げ続けている天才。
それが皆の知るメルヴィン・オーデンだった。
(何を信じればいいんだろう?)
けれど、考えれば考えるほど、私一人では何もできない現実を思い知らされる。
王都で身を隠しながら暮らしていけるのは全てメルヴィンのおかげだ。
私一人じゃ、頼る相手も土地勘もお金だって……。
(私、間違えちゃったのかな……)
あのまま森で暮らしていれば、少し不便だけど聖獣たちと一緒にずっと平穏なまま……。
その時、部屋の扉をノックする音とともに、メルヴィンの明るい声が響いた。
「ただいま、ソフィ! 早く会いたくて兄さんの晩餐の誘いも断ってきたよ!」
そして、こちらの返事を待たず開かれる扉に、私は慌てて目元を拭う。
「おかえりなさい。メルヴィン」
「…………」
何でもないように装った私は、ベッドから降りてメルヴィンを出迎えた。
けれど、メルヴィンは無言のまま私の顔をじっと見つめている。
「……泣いてたの?」
「これは、違うのよ。ちょっと目を擦っただけで」
鏡は見ていないけれど、きっと泣いていたのが目元でバレてしまったのだろう。
しかし、適当な言い訳を口にした瞬間、私の左手首を強く掴まれた。
「ねぇ、誰かに何かされた?」
「え?」
「誰がソフィを泣かせたの?」
穏やかな口調のメルヴィンだが、静かな怒りが全身から滲み出ている。
「え、あの……」
「言えないなら言わなくてもいいよ。魔塔の全員を尋問して口を割らせればいいだけだからね」
「なっ……!」
「大丈夫だよ。すぐに僕が解決してあげる。ソフィを泣かせた罪はきっちり償わせるから安心してね」
「メルヴィン、待って!」
メルヴィンの態度から、彼が本気であることを察知した。
「なあに?」
ああ、ほら、笑顔なのに目が全く笑ってない。
「私が泣いてたのは……メルヴィンのせいだから」
「え? 僕……?」
私の左手首を掴んでいた手を離し、メルヴィンは自身を指差しながら目を見開く。
「どうして? 僕、何かしちゃった?」
「た、たまたま誰かの会話が聞こえちゃったんだけど……」
先ほどのメルヴィンの様子からクローディアの名前を出すのはよくないと判断し、誰かはわからないけれど……と前置きをした状態で私は話始めた。
メルヴィンがロードリックの側近だったと知ったこと。
メルヴィンが魔塔を選んだのは、ロードリックの死の真相を突き止めるためだと思ったこと。
もし、私が『まがいもの』だと証明されてしまったら、メルヴィンが私を恨むんじゃないかと怖くなってしまったこと。
ポツリ、ポツリと、自身の気持ちを言葉にしていく。
それをメルヴィンは最後まで黙って聞いてくれていた。
「そっかぁ……。ソフィを泣かせたのは僕だったんだね」
こくりと私が頷くと、メルヴィンはしょんぼりと背中を丸める。
「側近だったことを隠していたのは認めるよ。でも、それはソフィを騙そうとしたわけじゃないんだ。僕が側近だったと知ったら、ソフィが僕と距離を取るんじゃないかと思って……」
「距離……?」
「だって、ロードリックが死んだのは自分のせいかもってソフィは思ってるみたいだったから……。僕とロードリックの関係を知ったら悩んじゃうかなって」
たしかに、私が自身の過去を打ち明けた時、メルヴィンからロードリックの側近だったと言われたら、どう接すればいいのかわからず距離を置くことを選んだかもしれない。
「僕はソフィが本物の聖女だって確信している。でも、たとえ君がまがいものだったとしても、僕がソフィを恨む理由にはならないよ。いや、僕には恨む資格さえないんだ」
「え……?」
「ロードリックが病に苦しんでいる間、僕は面会すら許されなかった」
思い返せば、ロードリックの部屋には限られた者しか入ることが許されず、ロードリックが病に罹っていること自体が極秘なのだと言われた。
「僕は何もできなかったんだ。でも、ソフィは違う。病に罹ったロードリックを回復させようと必死になってくれた」
「…………」
十年前、日に日に弱っていくロードリックを前にして、懸命に治癒魔法を放っていた幼い自分を思い出す。
元気になってほしかった……。
治してあげたかった……。
生きていてほしかった。
「僕の友人のために、力の限り尽くしてくれてありがとう」
その瞬間、私の瞳から再び涙が溢れた。
だけど、これは不安や恐怖からくるものじゃない。
あの日の自分をようやく認めてもらえたような、そんな温かい気持ちで胸がいっぱいになったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は9/30(火)に更新予定です。
もう9月が終わることにびっくりで……。
この作品も次回からラストに向けて一気に進みますので10月中旬には完結できるはず。
よろしくお願いします。




