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神殿の事情

「そんな、まさか……」


聖女の誕生。

それは聖女の証と呼ばれる紋様が身体のどこかに浮かび上がり、治癒魔法を発現する。

しかし、どこの誰がどのタイミングで聖女に選ばれるのかは全くわかっていない。


まさに女神の気まぐれ。


それでも、十年もの長い期間に一人も聖女が誕生しないなんてことは、これまでなかったはずだ。


(おおやけ)には十二年間ってことになっているけどね」

「あ………」


十年前、私の(うなじ)に浮かぶ聖女の証を確認した神官が「二年振りに聖女が誕生した」と言って喜んでいたことを思い出す。

私という聖女の誕生が『なかったこと』になっているため、十二年間と国は発表しているのだろう。


ただ、私が本物の聖女かどうかは置いておくにしても、十年以上も聖女が誕生しないのはやはり異常事態だ。


「今はまだ現役の聖女たちでどうにかなっているからいいものの、これからのことを考えたら神殿も国も気が気じゃないだろうね」

  

全くの他人事のように語るメルヴィン。


治癒魔法を操る聖女は、女神ファムラーシルの加護を受けたソウルバーク王国だけの特別な存在。

そんな聖女がいたからこそ、この国は独自の文化を築いてきた。

もし、このまま聖女が誕生しなければ、この国の在り方そのものに影響が出るはず……。


「だから、ソフィが生きてるって神殿に知られちゃったら、何が何でも手に入れて新たな聖女にすると思うんだ」

「でも、私はまがいものの聖女よ? 罪人を聖女にするなんて認められるはずがないわ」


しかも、まがいものの聖女が第一王子の病を治癒できずに死なせたと、国中に広まってしまっている。


「んー……ソフィの存在を知るのは限られた一部の人間だけだし、今のソフィの年齢で聖女の証が発現したって何の違和感もないでしょ? そもそも廃棄の森へ追放された罪人が生きているだなんて誰も思わないだろうし……。だから、ソフィの過去を隠して新たな聖女にするんじゃないかな?」

「…………」


メルヴィンの言っていることも、神殿にとって今が緊急事態であることもわかった。

だけど、何かが腑に落ちない。


(治癒魔法に欠陥があるかもしれない私をそこまでして手に入れようとするかしら?)


下手をしたら、ロードリックの時のように取り返しがつかなくなってしまうかもしれないのに。


(そういえば前にもあったな……)


メルヴィンとの会話で小さな違和感を感じたことを思い出す。

まるで肝心な部分には触れずに説明されているような……。


「まあ、それくらい神殿が切羽詰まっているってことだよ。だから魔塔の中でも気を抜かないでほしいんだ」

「……わかったわ」


それでも、違和感の正体をやっぱり掴めず、私は了承の返事をするしかなかった。


「そうだ! あと、これを渡しておくね」


この話は終わりとばかりにメルヴィンが話題を変え、ローブのポケットに手を入れる。

そして、取り出したのは古びた赤銅色の鍵だった。


「これは僕が使っている研究室の合鍵なんだ」


そう言ってメルヴィンがテーブルに並べたのは五つの鍵。

どれも同じ赤銅色だが、それぞれ微妙に形が違う。


「五つも?」

「うん。あとで案内するけど、だいたいはこのどれかの研究室に僕はいるはずだから。何かあったらこの鍵を使って入ってきてね」

「でも、研究の邪魔にならない?」

「大丈夫だよ。ソフィなら朝でも夜中でもいつでも大歓迎。あ! 朝はついでに起こしてくれると嬉しいなぁ」

「ちょっと待って、もしかして研究室で寝るつもりなの?」

「んー……僕の部屋はあるんだけど、寝るためにわざわざ戻るのが面倒くさくって……」


誤魔化すように笑うメルヴィン。


「ちゃんとベッドで眠らないとダメじゃない!」

「そうだよねぇ。じゃあ、寝る時間になったら僕を部屋まで連れていってくれる? あ! もういっそのこと同じ部屋にしようか?」

「もう! 前にも言ったでしょう? 結婚をした男女じゃないと同じ部屋で眠るのは禁止だって」


これはマーサさんから何度も繰り返し言われたこと。


森を出てから王都へ向かう道中、宿屋に泊まった時にもメルヴィンから同室を提案され、私はマーサさんの教えを理由に断ったのだ。


「やっぱりダメかぁ……」


心底残念そうに呟くメルヴィン。


こうして、魔塔での生活が始まった。



読んでいただきありがとうございます。

投稿ギリギリ間に合いました!

次回は9/24(水)に投稿予定です。

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