魔塔主の弟子①
(これが魔塔……)
王都の中心部から東へと進んだ先に聳え立つ石造りの塔。
十年前、王城の窓から見えたこの塔が、『魔塔』と呼ばれれる魔術師たちの研究施設だとロードリックから教わった。
だが、空に向かって真っ直ぐに伸びる円形の塔をいざ目の前にすると、飾り気のない武骨な外観に少しだけ威圧感を感じる。
(つい二日前までは、廃棄の森で暮らしていたのに……)
森の結界を通り抜けると、すぐにメルヴィンは纏っていた白い霧を消し去り、今度は周りの景色と同化する魔法を発動させた。
これは森の出入り口を監視する者たちから私たち二人の姿を隠すためで、その状態のまましばらく歩き続けるとやがて小さな町へと辿り着く。
そこでようやく魔法を解除した。
メルヴィンはアントンとの取り引きで魔物素材の一部を換金していたらしく、そのお金を使って馬車を手配し、いくつかの町を経由しながらあっさり王都への帰還を果たす。
そして、今は魔塔の周囲をぐるりと囲む背の高い柵の前に立っているのだ。
「それじゃあ中へ入ろうか」
そう言うと、メルヴィンは目の前の柵に軽く触れた。
途端に、柵がガラガラと音を立てながら左右へと流れるように動いて敷地内への入口が現れる。
「すごいっ! どうなってるの?」
「ふふっ。魔力の波動で相手を識別して開くようになっているらしいよ」
「魔力の波動?」
「製作者からそう説明されたんだけど、詳しいことは秘密だって言われちゃって教えてくれなかったんだよね」
「……それって大丈夫なの?」
「まあ、侵入者を防ぐのに丁度よさそうだし、面白いからいいかなぁって……採用しちゃった」
「…………」
そんな雑な感じでいいのだろうかと思いつつ、同時にメルヴィンらしいなとも思ってしまう。
「魔塔主様!」
その時、メルヴィンの役職名を呼ぶ声が響いた。
塔の一階部分にある大きな扉が開いて、誰かがこちらに向かって駆けてくる。
「やあ、クローディア。久しぶり」
「久しぶり……じゃないでしょう!! 今まで連絡もせずに一体どこで何をしていたんです!?」
きつい口調でメルヴィンに詰め寄るのは、銀髪をアップヘアにした緑の瞳を持つ女性だった。
(うわぁ……すごい美人!)
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
目尻がすっと伸びた切れ長の瞳は長い睫毛に彩られ、真っ白な肌はまるで陶器のようで思わず見惚れてしまう。
そんな彼女はメルヴィンと同じ黒地に金の刺繍が施されたローブを纏っていた。
「ちょっと廃棄の森に捨てられちゃってたんだよね」
「は? 何を言って……」
「まあ、それで戻るのに時間がかかったんだよ。でも、こうやって無事に戻ってきたんだからお説教は無しにして。ね?」
「…………」
いつもの軽い調子で言葉を返すメルヴィンに、クローディアと呼ばれた女性は眉を跳ね上げ、疑いの眼差しを向けている。
だが、メルヴィンは飄々とした態度を崩さず、今度はメルヴィンの後ろに佇む私へ視線が移った。
「彼女は……?」
「ああ、この子はソフィア。廃棄の森を脱出したあと町で知り合ってね、僕の弟子にするつもり。ソフィ、彼女はクローディア。僕の補佐をしてくれている優秀な魔術師だよ」
「は、初めましてソフィアと申します」
私は慌ててぺこりと頭を下げる。
森を出たあとの私の居場所を作ってくれると言ったメルヴィン。
それが魔塔主である彼の『弟子』というものだった。
魔塔に所属するには学園での優秀な成績や推薦といったものが必要になるため、ほとんどが貴族出身者になるらしい。
そんな中、身分や成績に囚われずに魔塔へ所属する唯一の方法が魔塔主の弟子になること。
つまりはスカウトだ。
そして、弟子ならば魔塔内に部屋を用意することができ、ロードリックの病を解明する研究にも協力しやすい環境になるとメルヴィンから提案され、私はそれを受け入れた。
(上手くいくのかしら?)
ただ、私が『まがいものの聖女』だとバレないよう、上手く説明するとメルヴィンは言っていたが、長らくの行方不明から突然弟子を連れ帰るなんて、受け入れられないんじゃないかと不安になってしまう。
「初めましてソフィアさん。クローディア・フォスターです」
自己紹介のあと、クローディアはちらりと私を一瞥すると、メルヴィンに向けて口を開いた。
「魔塔主様……。また拾ってこられたのですか?」
呆れたようなクローディアの言葉に、私は思わずメルヴィンの顔を見る。
「だって、ソフィは珍しい浄化魔法の遣い手なんだよ?」
「だからって、もう何人目になると思ってるんです」
「んー……五人目?」
「ソフィアさんで八人目です」
「あれ? そんなにだっけ? まあ、弟子の人数に規定はないんだし」
「だからといって、こうも頻繁に弟子を取るだなんて前代未聞です。毎回毎回、気に入ったからってすぐに連れてくるのはやめてください」
「まあまあ、次からは気をつけるからさ」
「…………」
そして、クローディアは諦めたように大きな溜息を吐く。
そんな二人の会話を聞いていた私は謎のショックを受けていた。
(つまり、メルヴィンはこれまでも『弟子』を連れ帰ってきてたってこと?)
メルヴィンが私に説明してくれたのは、魔塔主の弟子というシステムについてだけ。
まさか気に入った人物を弟子にしようと頻繁に魔塔へ連れ帰っていたなんて……。
そんな私の考えは、クローディアの言葉によって中断されてしまう。
「ソフィアさん、魔塔へようこそ。魔塔では身分は関係ありませんので、私のことも気軽にクローディアとお呼びください」
「はい。これからよろしくお願いします」
私の不安は杞憂に終わり、拍子抜けするほど簡単に魔塔への所属が認められた。
しかし、私の胸にはなぜかモヤモヤしたものが残るのであった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は9/18(木)に投稿予定です。
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