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まがいもの

読んでいただきありがとうございます。

※本日2話目の投稿です。

よろしくお願いいたします。

「ロードリック殿下。ごめんなさい……」

「聖女様が謝る必要はないんだよ。君はよくやってくれているんだから」


このやり取りも、もう何度目になるのだろうか。


私がいくらロードリックに治癒魔法をかけても、彼の病が快方に向かうことはなかった。

今では上半身すら起こすこともできず寝たきりの状態で、ここ数日は眠っている時間のほうが多くなっている。


エイブラムに相談をするも、治癒魔法の回数を増やしたり威力を上げるよう指示されるだけで、具体的な解決策が見つからないまま時間だけが過ぎていく。

そして、大きな期待の反動だろう。

いつまで経ってもロードリックを回復させることのできない私に、周りの態度は冷たいものへと変わってしまった。


唯一の救いは、ロードリック本人が私に対して声を荒げることなく、終始穏やかに接してくれていることだが……。


(ロードリック殿下……)


私の緊張を(ほぐ)そうと、会うたびに彼のほうから気さくに話しかけてくれて、いつの間にか親しく会話ができるまでの関係になっていた。

だからこそ、彼の病を治してあげられず激しい自己嫌悪に陥ってしまう。


「そんな泣きそうな顔をしないで」

「でも、私が……私の治癒魔法が足りていないから……。もしかしたら何か間違った魔法の使い方をしているのかも……」

「いや、私の病に原因があるのかもしれない」

「え……?」

「残念ながら、それがどういったものかはわからないんだけどね」


言葉の意味がわからず、私はロードリックの顔をじっと見つめる。

出会った時よりもさらに痩せ細り、目の周りも落ち窪んでしまっていたが、その紅い瞳は変わらず穏やかなままで……。


「いいかい? もし、私が助からなくても君に責任はない。君は何も悪くない。それだけは覚えておいて」

「そんな………!」

「ふふっ。でも私は諦めが悪いから……まだまだ足掻(あが)くつもりだよ」


そう言って、柔らかな笑みを浮かべるロードリック。


(でも、どんな病も治せるのが聖女なんじゃないの……?)


そんな疑問を口に出すことはできないまま……それから三日後、ロードリックは帰らぬ人となってしまった。



王城内に用意された私の部屋。

突如そこを訪れたのは、ロードリックの母である王妃だった。

そして、王妃の口からロードリックの死が私に告げられる。


「聖女の治癒魔法で、あの子の……ロードリックの病は完治するのではなかったのですか?」


王妃の声は震え、涙に濡れた紅い瞳は私への憎悪に染まっていた。


「お言葉ではございますが、聖女様はロードリック殿下を救おうと懸命に治癒魔法をかけ続けておられました!」


王妃から私を庇うように、エイブラムが弁解の言葉を述べる。


「ならば、なぜロードリックは死んだのです? なぜ聖女の治癒魔法でロードリックは助からなかったのです?」

「それは……」


だが、それ以上の言葉が見つからず黙り込むエイブラム。

ロードリックの死にショックを受けていた私は、一言も発することができないでいた。


そんな私たちを一瞥(いちべつ)し、嘲笑うように王妃の口元が醜く歪む。


「神殿長。あなたが答えられないのなら、わたくしが教えてさしあげましょう」


仄暗さを孕んだ王妃の瞳が私を射抜く。


「この娘は聖女ではありません」

「は……?」

「本物の聖女ならば病を治せていた。ロードリックは今も生きていた……そうでしょう?」 

「…………」


王妃の言葉に虚を突かれたあと、エイブラムは無言のまま思案の表情を浮かべる。

私は王妃の言葉に衝撃を受け、ただ呆然としていた。


(私は本物の聖女じゃない……?)


だったら私は何者なのだろうか。

不安に駆られ、助けを求めるようにエイブラムの神官服を掴む。


「……たしかに、そうかもしれませんな」


だが、次に口を開いたエイブラムは王妃に同意の姿勢を見せたのだ。

私は目を見開きエイブラムを見つめるが、彼は神官服を掴んだ私の手を乱暴に振り払う。


「どうやら我々も騙されていたようです」


続くエイブラムの言葉を信じられない思いで聞く。


(どうして……?)


理由はわからない。

ただ、先ほどまで王妃から庇ってくれていたはずのエイブラムに自分は見放されたのだいうことは理解できた。


「やはり、この娘は聖女ではない……まがいもの。ロードリックは……ロードリックは……こんなに早く死んでいい人間じゃなかったのよ! この、まがいものめ!」


王妃の甲高い糾弾の声が部屋に響く。


「まがいものは処分しなければ……。さあ、この者を連れていきなさい!」


その言葉を合図に、王妃の後ろに控えていた騎士二人が私に近づいてくる。


「あ………」


だが、恐怖に囚われた私の身体は動かず、叫び声一つ上げることができなかった。

そのまま捕縛された私は王城の地下へ連れていかれ、薄暗い牢の中へ……。


ロードリックを喪った悲しみと地下牢に入れられたショックで、呆然としたまま冷たい石の床に座り込む。

こんな時は泣けばいいのか、叫べばいいのか、そもそもこれは現実なのだろうか……。

どうすればいいのかわからないまま、私はただ石の壁を見つめ続けていた。


「聖女様……」


地下牢に捕らえられてどのくらいの時間が経ったのだろう。

ふいに格子の外から声がかけられた。

そちらを振り向くと、見知った騎士の姿が……。


「あなたは……」


それは、初めて王城を訪れた際、私をロードリックのもとへ先導してくれた赤髪の近衛騎士だった。


「こんな事態になってしまい申し訳ありません」


そう言って、赤髪の騎士は石の床に膝をつき(こうべ)を垂れる。


「聖女様に悪意が向かぬようロードリック様に託されていたのですが……。予想以上に事態は悪いほうへ動いているようです」

「…………」

「ですが、何とか救う手立てを考えて……聖女様?」


返事がないことを不審に思ったらしい騎士が、話の途中で言葉を止め、様子を伺うように私の顔を見つめる。

そんな彼を見つめ返し、私はずっと疑問に思っていたことを口にした。


「あの……『まがいもの』って何ですか?」

「………っ!」


目の前の騎士の言葉より何よりも、王妃が叫ぶように私に向けて放った言葉がずっと脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。


「それは、その……偽物(にせもの)という意味で……。しかし、俺もロードリック様も聖女様を偽物とは思っておらず」


言い難そうにしながらも、懸命にフォローの言葉を口にする騎士。

だが、私は王妃の言葉にひどく納得していた。


(そっかぁ……私は『聖女』じゃなくて『まがいもの』だったのね……)


きっと私の治癒魔法には欠陥があったのだろう。

だから、ロードリックの病を治すことができなかった。


「ごめんなさい……」

「え?」

「私がまがいもので……ロードリック殿下を助けられなくて……ごめんなさい」

「聖女様!」


王妃があれほどまでに私に憎悪を向けたのは、ロードリックの死を悲しんでいたから。

いや、王妃だけじゃなく、目の前の騎士だって私だって……大勢の人がロードリックを敬愛し、必要としていた。


(それなのに、ロードリック殿下は私のせいで死んじゃったんだ。私が……治癒魔法をまともに使えない『まがいもの』だったせいで……)


それからのことはよく覚えていない。


助け出すと言ってくれた騎士が再び姿を現すことはなく、数日間を牢の中で過ごした私は気づけば目隠しをされていた。


「聖女と偽り、ロードリック第一王子殿下を殺害した罪により……お前を廃棄の森へ追放することが決定した」


抑揚のない低い男の声が私に告げる。


廃棄の森……それはソウルバーク王国の国境沿いに広がる森を指す。

そこは魔物と瘴気に満ちており、足を踏み入れれば二度と出られなくなってしまう恐ろしい場所。

そのため、幼い子供のいたずらを叱る時、ワガママばかりの子供を諭す時、大人たちは決まって『廃棄の森』の名を口にする。


例にも漏れず孤児院でも「悪い子は廃棄の森に捨てられるぞ」と、大人の機嫌を損ねるたびに孤児たちは脅されていた。

だが、ここは泣いて謝れば許してもらえた孤児院ではない。


「しばらく眠ってもらおう」


その言葉とともに甘い香りが鼻をくすぐり、そのまま私の意識は闇へと沈んでいくのだった。



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