結界
この森を出ていくと決めてから一週間が経った。
私はこれまで暮らしていた家の中を整頓し、ついでにメルヴィンが散らかしまくった元コーディの家の中も片付ける。
荷造りも終えた私は作業用の服からシンプルなワンピースへと着替え、鏡の前で髪を結んでいく。
両サイドの髪を編み込み、ハーフアップにした状態で銀細工のバレッタを留めた。
「よし! こんなものかな」
今日、私とメルヴィンは森を出ていく。
覚悟を決めたといっても、不安が全くないわけじゃない。
そんな自身を奮い立たせるために、いつもより念入りに髪を結んで気合いを入れる。
「ソフィ、準備はできたー?」
「ええ。すぐに行くわ」
扉の外から催促をするメルヴィンに返事をし、私はもう一度鏡の中の自分を見つめた。
(大丈夫……きっと、うまくいく)
そして、いよいよ聖獣たちとの別れの瞬間が訪れる。
「みんな元気でね……」
鳴き声で返事をしてくれる聖獣たちに、こっちが泣きそうになってしまう。
「ソフィ、早く行こうよぉ」
対するメルヴィンは別れを惜しむこともなく、なぜかウキウキとした様子で早く集落から出ようと急かしてくる。
ただ、聖獣たちはこちらの意図がわかっているかのように、集落から離れていく私たちを追いかけてくることはなかった。
「はぁ……」
聖獣たちと離れ離れになった寂しさと、これから王都へ向かうことに対する緊張と不安。
それらが綯い交ぜとなり、自然と溜息が溢れてしまう。
「大丈夫だよ。これからは僕が側にいるんだから」
「…………」
なぜだかメルヴィンの言葉に不安と溜息が増した。
そうして森の中をしばらく歩き続け、廃棄場を通り過ぎた辺りで足を止める。
「メルヴィン、この辺りから瘴気が濃くなるから気をつけて」
「はーい」
なんとも軽い返事をし、怖気づくことなく慣れた足取りで進んでいくメルヴィン。
不思議に思って彼を問いただすと、調べたいことがあると言って外出をしていた際に、この近辺をうろついていたことが発覚する。
「また瘴気中毒になったらどうするの!?」
「ちゃんと短時間で済ませていたから大丈夫だよ」
「そうじゃなくって、行き先も告げずに出かけてそのまま倒れちゃったら探すこともできないでしょ!?」
「ふふっ。ソフィはまた僕を探しにきてくれるんだ?」
魔物に手を出して死にかけたのに、全く反省もせずに無謀なことを繰り返すメルヴィン。
そんな彼に対して厳しくお説教をしているのに、当の本人はなぜか嬉しそうにニコニコと笑っている。
「はぁ……」
今度は脱力して溜息が出た。
だが、そのおかげなのか何なのか、緊張や不安といった負の感情は薄まっていく。
「さあ、着いたよ」
さらに歩き続けると森の出口……つまり、ソウルバーク王国側との境界に到着する。
だが、目の前には白い霧のようなものが立ち込めており、先が全く見通せない。
「これが結界……?」
「ソフィは見るの初めて?」
「ええ」
瘴気の問題もあるが、私たち罪人が生きているとバレてしまわないよう、見張りがいるかもしれない結界に近づくことはなかったのだ。
「この結界はうまく作られているんだよね」
すると、メルヴィンが結界についての説明を始める。
強力な幻覚や混乱魔法など、魔物が忌諱する仕掛けが結界内に幾重にも張られているらしい。
魔物たちが森から出られないように作られていると聞いていたため、てっきり防御魔法が張られているのかと思っていたのに……。
「もちろん防御魔法も組み込まれているけど、それだけじゃ魔物たちの攻撃に耐えきれないだろうからね」
そのため、魔物を近づけさせないことに力を注いでいるのだという。
「ねぇ、そんな複雑な結界をどうやって破るの?」
「ん? 結界は破らないよ?」
「え?」
「結界を破らなくてもここから出られるからね」
「そんなことができるの?」
私の質問に、メルヴィンは一拍の間を置いてから口を開く。
「ソフィと僕はどうやってこの森に運ばれてきたんだと思う?」
「どうって……」
質問に質問で返されてしまった私は、メルヴィンの言葉の意味を考える。
「眠らされている間に連れてこられたから……」
「そして、廃棄場に置き去りにされた?」
「ええ」
「じゃあ、ソフィを運んだ人物はどうやって森から脱出したんだろうね」
「あ……!」
言われてみれば、たしかにそうだった。
森の出入り口に放り込まれるわけでもなく、明確に廃棄場まで運ばれている。
しかも、メルヴィンなんて木箱に押し込められた状態で……。
罪人を運ぶ役割を担う者たちが、そのまま森から出られなくなるとも考えにくい。
「つまり、僕たちを森の中へ運び込んだ何者かは、結界を破らずに生きて森から脱出できたってこと」
「じゃあ、メルヴィンはその方法がどんなものかを知っているのね?」
「………さあ?」
「…………」
それだと話が振り出しに戻ってしまうじゃないか……。
そう言いかけた時、メルヴィンが再び口を開く。
「生きて森を脱出する方法がある……その事実だけで充分だよ」
そう言うと、メルヴィンの両手から結界と同じ白い霧が現れ、私とメルヴィンの全身を包み込んだ。
まるで白い霧を纏っているような状態になるが、霧が私たちの身体に直接触れることはない。
「何これ……?」
「結界を再現したんだ」
「再現……?」
「そう。これから結界と同化して森を抜ける。でも、安心して。身体に影響が出ないように防御壁で防いでおいたから」
「ええっと……?」
メルヴィンの言っている意味がさっぱりがわからない。
どうやら、私たちの身体の周りに薄い膜のような防御壁を張り、その防御壁ごと結界を再現した白い霧が包み込んでいるのだという。
そして、この状態であれば、結界内へ足を踏み入れても仕掛けられた魔法が発動することはないと、メルヴィンが私にもわかるよう噛みくだいて説明をしてくれた。
「よし、それじゃあ手を繋ごうか?」
「手を……?」
「あ、別に変な意味じゃないからね。ソフィの手を触りたいとかそんなことを考えているわけじゃないからね。はぐれないようにしないと危ないからね。だからね」
早口で捲し立てながら差し出されたメルヴィンの手を、私はそっと掴む。
「これでいいの?」
「こんなに素直だとちょっと心配になるなぁ」
「え?」
「ううん。何でもないよ」
こうして、白い霧を身に纏った私とメルヴィンは、手を繋いだまま結界を通り抜け、森の外へ出ていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
ついにストックが尽きました……。すみません。
次回は9/16(火)に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




