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森を出よう

「何を言ってるの? この森を出ていくって……どういうこと?」

「言葉のとおりの意味だよ? そろそろ王都に戻ろうかと思って」


何でもないことのようにあっさりと答えるメルヴィン


「そんな……! 森には結界だってあるのにどうやって……」

「その問題はもう解決済みなんだ」

「………っ!」


つまり、メルヴィンは結界をどうにかして森を抜け出す方法を見つけたということ。

驚くと同時に私の心には別の不安が湧き上がる。


(また私は独りきり……?)


もしかしたら、このバレッタも餞別の意味を込めて贈ってくれたのかもしれない。

気持ちがぐんと沈みそうになった時、メルヴィンが再び口を開いた。


「ああ、もちろんソフィも一緒にだよ?」

「え?」

「言ったでしょ? 僕たち(・・・)はこの森を出ていくって」

「…………」


満面の笑みを浮かべるメルヴィンを見つめながら、混乱した私は何も言えなくなってしまう。

そこへホレスが助け舟を出してくれた。


「とりあえず俺たちは二週間後に集落(ここ)へくる。それまでに出ていくようなら手紙を置いてくれればいい」

「えぇ!? ボクは反対ですぅ。ソフィアさんに撫でてもらいにここへ来てるのにぃ」

「ねぇ、今の言葉は聞き捨てならないんだけど?」

「だってソフィアさんはボクに夢中ですからねぇ」

「夢中なのは君の耳と尻尾に、だよね? ああ、やっぱりソフィをこんな場所に置いていけない!」


途中からアントンとメルヴィンの言い争い始まったが、それどころではない私はぼんやりと眺めていることしかできない。

結局はホレスが仲裁に入り、アントンを引き摺るようにして集落から去っていった。


そして、黙ったままの私の顔をメルヴィンが覗き込む。


「ソフィ……?」

「あ……。その、メルヴィンは……本気なの? 本気で私と一緒に森を出るって……」

「もちろん!」

「でも、私は……」 

「ソフィはずっと集落(ここ)にいたいの?」

「…………」


わからない。

だって、考えもしなかった……。私の居場所はここにしかないと思って生きてきたのだから。


(そう、居場所……!)


私には森から出ることのできない理由がある。


集落(ここ)を出ても私には行く当てがないのよ」


孤児の私には家族もなく、この年齢では孤児院に戻ることもできない。

そもそも、『まがいものの聖女』の悪名は国中に広がっていると聞いた。

(さら)われたメルヴィンとは違って、罪人として森に追放された私に居場所なんて……。


「大丈夫。僕が用意するよ」

「そんな簡単なことじゃないでしょ? だって、私は罪人で……」

「ソフィは罪人なんかじゃないよ。まがいものでもない。それを証明するために王都へ戻るんだ」

「証明……?」

「僕がロードリック殿下の死の原因を突き止める」


メルヴィンの言葉に私は息を呑む。


「それには、ソフィ……君の協力が不可欠なんだよ」


秘匿されていたロードリックの病とその症状……それら全てをすぐ側で見ていたのが十年前の私だった。

そして、治癒魔法が効かなかったという事実そのものが、病を解明する糸口になるとメルヴィンは言葉を続ける。


「だから、ソフィの治癒魔法についても魔塔で詳しく調べてみたいんだ」

「…………」


なんだかトントン拍子に話が進み過ぎて、感情が追いついていかない。


(でも………)


ずっとずっと苦しかった。

いくらマーサさんが私に罪はないと言ってくれても、それじゃあどうしてロードリック殿下が死んでしまったのか答えは出ないままで……。

私の心には罪の意識だけが澱のように溜まっていくばかり。


だけど、メルヴィンの軽やかな口調は、まるで罪から解放される未来が当たり前に来るのだと思わせてくれる。


(もしかしたら本当に原因がわかる……?)


メルヴィンの話を聞きながら、私の中に小さな希望が芽吹いていく。


「ソフィ、僕と一緒にこの森を出よう?」


まだ怖い気持ちも、不安だってある。

だけど、メルヴィンの言葉を信じて一歩を踏み出してみようと覚悟を決める。


「……わかったわ」

「ほんとに?」

「うん」

「やったぁ!」


なぜかメルヴィンのほうが我事のように喜んでいる。


(そういえば聖女の研究もしているって言ってたわよね……)


しかし、聖女と治癒魔法の研究はタブー視されているため、神殿がメルヴィンの研究に協力をするとは考えられない。

そんな状況の中、能力が不安定とはいえ聖女()という研究材料が手に入ったのは、研究馬鹿のメルヴィンにとって喜ばしいことなのだろう。


つまり、この廃棄の森からの脱出は、お互いの利害が一致しているというわけだった。


「あ! でも……ムィちゃんたちはどうしよう」


その時、ペットの聖獣たちのこれからを考えていなかったことに気がつく。


「ムィ先輩たちは自分で餌を取ってるんだよね? きっとソフィがいなくてもこの森で生きていけると思うよ?」

「そうなんだけど……」


マーサさんが亡くなってからのこの一年、聖獣たちが側にいてくれたおかげで寂しさが(やわ)らいでいた。

そんな聖獣たちと離れ離れになってしまう……。

悩む私にメルヴィンがずいっと顔を寄せる。


「でも、僕はソフィがいないと生きていけないんだ」


なんて大袈裟な……。

瞳をうるうるさせながら訴えかけてくるメルヴィン。


「メルヴィンだって自分で食事ができるでしょう?」

「それはソフィに出会う前の僕。今はもうソフィの手料理しか食べたくない」


真顔でそんな冗談を口にしながら、メルヴィンはその場に屈んで私に頭を差し出した。

これは頭を撫でてほしい時のサイン。

そっと黒髪に触れると、メルヴィンは嬉しそうに口角を上げる。


「聖獣たちはずっとこの森で暮らしていたんだから、あるべき場所に帰してあげたほうがいいんじゃないかなぁ?」

「…………」

「マーサさんにもそう言われてたんでしょ?」


たしかに、王都にまでついてきて欲しいというのは私のワガママで、聖獣たちがこの森の外で暮らしていくのは現実的ではない。


「……そうよね」

「そうだよ。だから……」


琥珀色の瞳がひたりと私を見据える。


「これからは僕だけを可愛がってね?」


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