懐かれました
読んでいただきありがとうございます。
ソフィア視点に戻ります。
魔物の攻撃によって命を落としかけたメルヴィン。
そんな彼を治癒魔法で救ったあの日から、メルヴィンの態度が変わる。
まず、これまでコーディの家に籠もりがちだったのが、すっかり我が家へ入り浸るようになってしまった。
時折、調べたいことがあると言って外出をしても、必ず我が家へ帰ってくる。
さすがに夜はコーディの家へお帰りいただいているが、翌朝になると再びメルヴィンは我が家を訪れる。その繰り返し。
そして、まるでペットたちのように……いや、ペット以上に私の後ろをちょろちょろとついて回るのだ。
「ソフィ……お腹空いたぁ」
もちろん今日も我が家に入り浸り、椅子に座ってダイニングテーブルに肘をついた状態で昼食の催促をするメルヴィン。
「すぐに作るからちょっと待ってて」
「はーい」
いいお返事が聞こえたと思ったら、ガタッと椅子を引く音がして、キッチンに立つ私のすぐ後ろにメルヴィンの気配が……。
「何を作るの?」
「まずはサラダね」
「畑で採れたやつ?」
「ええ。あとは昨日のスープの残りと……」
「あ! 昨日のスープ美味しかった! まあ、ソフィが作ってくれる料理は毎日全部美味しいけど!」
「そ、それならよかった……」
会話を続けるうちに、メルヴィンは私の背中にぴったりくっつくぐらいに近づいていた。
近い。近すぎる。
たいして広くもないキッチンなので、椅子に座ったままでも会話には困らないはず……。
それなのに、なぜかメルヴィンは私の耳元に顔を寄せるようにして背後から話しかけてくる。
さすがに料理がしづらい。
「ほら、メルヴィンは座ってて」
「えー!」
不満げな声を上げながら、渋々といった態度で再び椅子に座るメルヴィン。
かと思えば、すぐにとろりと瞳を細め、なぜかご満悦な表情でこちらを眺めている。
(うーん……)
メルヴィンの急激な態度の変化……その理由は、おそらく私が彼の命を救ったから。
そのことに恩義を感じ、より一層私に懐くようになったのだろう。
だけど、こうも私にべったりだと、何だか落ち着かない気分になってしまうのだ。
(まあ、ペットが一匹増えたと思えば……ずいぶん大きなペットだけど)
そんなことを考えながら野菜を皿に盛り付けていると、背後から「痛いっ!」とメルヴィンの悲鳴が上がる。
振り返ると、私の真後ろでメルヴィンとムィちゃんが騒いでいる。
「ちょっ、僕、まだ触ってないのに!?」
「ムィーッ!!」
「ねぇ、アウト判定厳し過ぎない?」
「ムィムィーッ!!」
メルヴィンの指に齧りつくムィちゃん。
それに対して抗議の声を上げるメルヴィン。
会話の内容から察するに、メルヴィンがムィちゃんに触れようとして反撃されたのだろう。
「もう! 急に触ろうとしたらムィちゃんだってびっくりしちゃうわよ?」
「いや、僕が触ろうとしたのはムィ先輩じゃなくってソ……痛いっ!」
「ムィちゃんも噛んじゃダメよ?」
「ムィムィィ……」
そんなやり取りをしているうちに他の聖獣たちも集まって、いつの間にかメルヴィンとのじゃれ合いに発展していく。
大変だけど賑やかで愉快なメルヴィンとの時間。
それが私の日常にゆっくりと溶け込んでいくのだった。
◇◇◇◇◇
「お久しぶりですぅ!」
明るい挨拶とともにアントンが尻尾を振り、その後ろには無言のホレスが続く。
前回の訪問から二週間が経ち、行商人のホレスとアントン兄弟が約束通り集落を訪れたのだ。
「やあ! 待っていたよ」
「メルヴィンさんもご存命で何よりですぅ」
にっこり笑顔のアントン。
「ご存命じゃなくて、ご健勝……」
相変わらずボソッと嗜めるホレス。
「今回はとびっきりのものを用意したんだ」
「そうなんですかぁ? お取り引きが楽しみですぅ」
そして、メルヴィンがアントンに差し出したのは魔物素材の数々。
メルヴィンが死にかけたあの日、彼が魔法で葬った魔物たちから採取したものだ。
私がメルヴィンを発見するより前に、彼は必要な素材を含めて自身で魔物の角や爪、鱗などを剥ぎ取っていたらしい。
あの時はメルヴィンを見つけることに必死だったが、大型の魔物の死骸も転がっていたような……。
高クラスの魔物ならば、毛皮や内臓もあればさらに高値で取り引きされていたかもしれない。
しかし、メルヴィンは解体に関しては素人で、私がホーンラビットを解体する現場を見学していたくらいの経験値しかなく、さすがに自分で毛皮や内臓を採取することは難しかったようだ。
「すごぉい! メルヴィンさんが仕留めたんですかぁ?」
「まあね。これだけあればまともに交渉してもらえるでしょ?」
「ふふっ、いいですよぉ。何をお求めですかぁ?」
「ソフィに似合う服が欲しいんだよね。あとは帽子とアクセサリーと……そうだ! 髪飾りもあれば見せてほしいな」
「え!?」
メルヴィンとアントンのやり取りを聞いていた私は慌てて口を挟む。
「ちょっと待って! どうして私のものを……!?」
「ん? ソフィだって僕のために色々買ってくれたでしょ?」
「あれはメルヴィンが集落へ来たばかりだったから……。集落は、好きなタイミングで必要なものが簡単に手に入る環境じゃないでしょ? だから最初に一通りのものを揃えるのは当たり前のことなの」
服やアクセサリーをメルヴィンに買ってもらう理由にはならないのだと説得をする。
「うーん……それでもソフィにはいっぱいお世話になってるんだからそのお礼だと思ってよ」
「でも……」
「それじゃあ一つだけ。一つだけ贈らせて。ね? それならいいでしょ?」
「こちらが流行りのものになりますぅ」
すると、仕事の早すぎるアントンが、広げた布の上にすでに商品を並び終えていた。
(わぁ……!)
幾重にもレースを重ねたワンピースや真っ白なブラウスに凝った刺繍が施されたスカート、光り輝く宝石が散りばめられたネックレスと雪の結晶を思わせる金細工のイヤリングに大きなリボンのついた帽子まで……。
これまで装飾品を買い求めたことはなく、服は動きやすさと丈夫さを重視していたため、こんなに華やかな商品をアントンから勧められるのは初めてのことだった。
しかし、メルヴィンは特に驚いた様子もなく並べられた商品をちらりと一瞥する。
「へぇ……集落を行き交う行商にしてはなかなかの品揃えだね」
「お褒めの言葉をありがとうございますぅ。うちは贈答品もばっちりなんですぅ」
アントンが尻尾を振りながら得意げに答える。
「ソフィはどう? 気に入るものはあった?」
「ええっと……」
こういったものの価値に詳しくない私でも、並べられた商品がとてもよい品だということは理解できた。
ただ、正直なところ自分には縁がなさすぎて、なんだか気後れしてしまう。
(スカートもブラウスも素敵だけど汚したくないし……。ネックレスとイヤリングは壊しちゃいそう……)
そんな中、ふと目を引いたのは小さな花をあしらった銀細工のバレッタ。
シンプルながらも可愛いらしいデザインに惹かれ、じっと見つめていると、すぐにメルヴィンに気づかれてしまう。
「ソフィはこれが気に入ったの?」
「可愛いなって思ったけど……でも」
「でも?」
「こんな森の中で着飾っても誰かが見るわけじゃないし……」
すると、メルヴィンがずいっと私に顔を寄せてくる。
「僕が見たいんだ」
「え?」
「この髪飾りを着けているソフィを僕が見たい。だから僕から贈らせて?」
「………っ!」
メルヴィンが私にお礼の品を贈りたいがために言っているのだと頭では理解している。
それでも、彼の言葉をなんだか嬉しく思ってしまう自分がいて……。
私がこくりと頷くと、メルヴィンは満足そうににっこりと笑った。
それを確認したアントンは、銀細工のバレッタを布袋に入れて赤いリボンを結んでいく。
孤児院では月に一度、同じ生まれ月の子供たちの誕生日会が開かれ、いつもより少しだけ豪華な夕食が皆に振る舞われた。
この集落で暮らすようになってからは、マーサたちが私の誕生日を祝ってくれていた。
だけど、誕生日でも何でもない日に、ましてや男性からプレゼントを贈ってもらえるなんて……。
「ありがとう。メルヴィン」
バレッタをメルヴィンから受け取った私は、彼の瞳をまっすぐ見つめながらお礼の言葉を口にする。
「ふふっ。このバレッタを僕だと思って生涯ずっと身に着けてくれると嬉しいな」
そんな冗談を言うメルヴィンに私は思わず笑ってしまう。
「なるほどぉ……お二人の関係に進展があったことはわかりましたぁ」
私たちのやり取りを見ていたアントンが横から口を挟む。
「進展……?」
「あれぇ? 違うんですかぁ?」
「実は……私が聖女だったことをメルヴィンに打ち明けたの。だから関係に少しは変化があったのかもしれないけど……」
「あー……ソフィアさんはそっちの意味だと思っちゃうんですねぇ」
「え?」
「いえいえ、何でもないですぅ」
その後はホレスも交えていつもと変わらないやり取りをし、特に大きな問題もなく取り引きを終えた。
「今回もお取引をありがとうございましたぁ!」
「こちらこそ、いつもありがとう」
そんないつもの挨拶を合図に、私とアントンは軽くハグを交わそうと……したところで、なんと私とアントンの間にメルヴィンが割り込んできたのだ。
「もぅ! サービス提供の邪魔をしないでくださいよぉ!」
「ねぇ、獣人って見た目と年齢が人間とは違うんだよね? 君って本当はいくつなの?」
「えぇ? 獣人に年齢を聞くなんてセクハラですよぉ」
「ソフィより年上ならそっちがセクハラになるんじゃないの?」
「ふふっ。余裕がない男って嫌ですねぇ」
アントンに触れようと持ち上げた両腕を宙に浮かせたまま、どうしたものかと思案している私にホレスが視線を向けた。
「次は二週間後でいいか?」
「え、ええ……そうね。それでお願い」
すると、今度はこちらの会話にまたしてもメルヴィンが割り込んでくる。
「あ! 二週間後だと間に合わないかも!」
「え?」
「だって、近いうちに僕たちはこの森を出ていくからね」




