本物の聖女 Side.メルヴィン
読んでいただきありがとうございます。
※今話はメルヴィン視点です。
よろしくお願いいたします。
「そっかぁ。十年前の『まがいものの聖女』の正体はソフィだったんだね」
ロードリックの病を治せなかったまがいものの聖女。
それは自分なのだと、ソフィアから過去を打ち明けられる。
(だけど、ソフィは『本物の聖女』だ。しかも最高峰レベルの……)
昨夜、僕はわざと魔物たちに近づいた。
もちろん危険なのは承知の上、魔物素材を手に入れるのが一番の目的で。
ただ、僕が怪我を負って帰ったらソフィアの治癒魔法が見れるかもしれない。
そんな目論見が頭の片隅にあったのも事実で……。
だけど、まさかソフィアが僕を探しにくるだなんて思わなかったんだ。
結局、隙を突かれた僕は背後から魔物の触手に身体を貫かれてしまう。
そのまま意識を失った僕は、魔力が注がれる感覚で目を覚ました。
いや、注がれるなんてものじゃない。
膨大な魔力が僕の体内を激しく揺さぶり、無理やり叩き起こされたかのような強烈な感覚。
そして、目を開けると輝く金の粒子が舞い、強い意志を宿した煌めく紫水晶の瞳が僕を射抜く。
(ソフィ……?)
神々しさすら感じるその姿に僕は目を奪われてしまう。
だが、次の瞬間には、目を覚ました僕と入れ替わるようにソフィアが意識を失ってしまった。
そこへ耳をつんざくような魔物の鳴き声が……。
我に返った僕はそこでようやく異変に気づいた。
(違う。これは魔物の鳴き声なんかじゃない)
悲鳴だ。
それも一つじゃない。僕らを取り囲む魔物の群れから甲高い断末魔の叫びが次々とあがり、辺りに漂う血の匂いがさらに濃くなっていく。
(これは……)
そこで僕が目にしたのは、ペットの聖獣たちが数多の魔物を蹂躙していく姿だった。
それはまさに、魔物より上位の存在であると知らしめる圧巻の強さ。
中には巨大化した聖獣も存在し、次々に魔物が屠られていく様を僕は見続けることしかできなかった。
そして、周囲から魔物の気配がなくなると、聖獣たちによってソフィアは集落へと運ばれていく。
ちなみに僕は容赦なく置き去りにされ、暗い森の中を一人歩いて集落へ辿り着くと、眠るソフィアを囲った聖獣たちがしれっと寛いでいた。
誰かが言っていた。聖女とは、女神ファムラーシルに寵愛されし者なのだと。
神の眷属たる聖獣に護られているのがその証拠だろう。
それからは、聖獣たちの僕に対する態度が一変する。
ソフィアを危険に晒したことで敵視されてしまったのか、一気にガードが固くなったのだ。
このままではソフィアに触れるどころか、会うことすら邪魔されてしまいそうだ。
(まいったなぁ)
だって、今の僕はソフィアに触れたくて仕方がないのに……。
『メルヴィンが生きていてくれて本当によかった』
治癒魔法を成功させたことよりも、僕が生きていたことが嬉しいと言い切ったソフィア。
衝撃だった。
僕だったなら、救った命なんてそっちのけで治癒魔法が成功した理由を嬉々として分析していただろうから……。
僕を射抜いたあの強い眼差し。
かと思えば、大粒の涙を零しながら無防備に泣きじゃくっている。
(ソフィ……)
僕のことが大切だと訴えるソフィアの姿に胸が激しく高鳴り、彼女を愛しいと思う気持ちが溢れ出す。
──この瞬間、僕にとってソフィアは特別な存在になったんだ。
だけど、僕が邪な感情をソフィアへ向けると、途端に聖獣たちが揃って過剰反応を見せる。
昨夜だって、魔力切れを起こしたソフィアが眠ったあと、僕は聖獣たちによって寝室から追い出されてしまった。
ちょっと寝顔を見て、そのまま添い寝をしようとしただけなのに……。
(まあ、ソフィの自発的な行動は認めてるっぽいけど)
そうでなければ、いくら魔物避けを持っていたとしても、僕を探しにソフィアを一人で森の奥まで行かせるはずがない。
そもそも、僕を集落に住まわせたのだって、ソフィアが連れてきたからこそ許されたのだろう。
あくまでも聖獣たちはソフィアの意思が最優先というわけだ。
そして今、過去を全て話し終えたソフィアはほっと息を吐き出す。
「でも、ソフィは本物の聖女だ」
僕の思いを伝えてみるも、彼女の表情は暗く淀み、いまだにソフィアの心が十年前の出来事に囚われたままなのだと思い知らされる。
これまでも彼女は誰かから「あなたは悪くない」と慰めの言葉をかけられていたのかもしれない。
だけど、言葉だけではソフィアは救われなかった。
そんな彼女を癒すために、聖獣たちはペットとしてソフィアの側にいるのだ。
(気に食わないなぁ……)
僕の言葉がソフィアに届かないことも、僕以外のものがソフィアの心を占めていることも、僕以外のものが彼女の側にいることも……何もかもが気に食わない。
──だったら、僕にしかできない方法でソフィアを過去から解放してやればいい。
ロードリックの病を解明し、ソフィアに罪はなかったと証明すれば、彼女の心はきっと……。
(なぁんだ)
結局、僕のやるべきことは何も変わらない。
すると、聖獣たちがじりじりと僕ににじり寄ってきていることに気がつく。
どうやらソフィアに対する僕の強い感情に反応しているようだ。
(ふふっ、過保護だなぁ)
僕はうっすらと笑みを浮かべながら聖獣たちに視線を向ける。
今はペットたちと同列に扱われているけれど、ソフィアに飼われるのなら僕一人だけでいい。
他のペットなんていらない。
ソフィアに愛されるのも撫でられるのも僕だけでいいよ。
僕の心の中がソフィアで埋め尽くされていくように、彼女の心の中も僕でいっぱいに……。
(あー……早くソフィを独り占めしたいなぁ)
そして僕はそのための算段を密かに立て始めるのだった。




