今度こそ
「え? ソフィ……?」
メルヴィンが私の姿を捉えると、その琥珀色の瞳が大きく見開かれる。
「どうしてここに?」
「家にも集落にもいなかったから、きっとここだと思って探しにきたのよ」
「あー……夜までには戻るつもりだったんだけど……ごめんね?」
バツが悪そうな表情をしながらも、いつもの甘えるような口調のメルヴィン。
しかし、魔物の返り血を浴び、死骸に囲まれた姿はまるで別人のように感じてしまう。
(これ……全部メルヴィンが……?)
辺りに転がる数多の死骸には大型の魔物も混じっている。
魔術師とはいえ、冒険者でもない彼は初めて魔物と対峙したはずなのに……。
(もしかして……)
これまでの発言や行動から、てっきり彼は研究に特化した魔術師だと思っていたが、本当はかなりの実力者なのではないだろうか。
(違う。今はそんな場合じゃない!)
あらぬ方向へいきかけた思考を無理やり戻し、ここへ来た目的を果たそうと、私は自身を叱咤するように声を張り上げる。
「メルヴィン! 早くここを離れるわよ!」
「どうして?」
「言ったでしょ、魔物は血の匂いに寄ってくるって」
「えー……あと少しだけ」
「ダメよ! このままだと群れに囲まれて……」
「ソフィ!!」
突然のメルヴィンの鋭い声に、私はビクリと身体を震わせる。
すると、間髪入れずに私の背後から甲高い奇声が上がった。
「なっ……!?」
驚いて振り向くと、樹木型の魔物が炎に包まれ奇声を上げながら苦しんでいる。
(これって……魔法?)
どうやら、背後から私に襲い掛かろうとしていた魔物をメルヴィンが魔法で攻撃してくれたようだ。
樹木型の魔物はあっという間に燃え尽き、ボロボロと崩れ落ちていく。
その姿にホッと息を吐いた私は、再びメルヴィンに視線を戻す。
「え……?」
しかし、そこには無数の触手によって背後から身体を貫かれ、苦悶の表情を浮かべるメルヴィンの姿があった。
「メルヴィン!!」
叫ぶように彼の名前を呼ぶ。
「クソッ……」
悪態をつきながらもメルヴィンが右手を掲げると、彼の背後から魔物の断末魔の悲鳴がいくつも上がる。
だが、身体を貫かれたまま攻撃魔法を放ったメルヴィンはその場に膝から崩れ落ちた。
慌ててメルヴィンに駆け寄るも、すでにいくつもの傷口から血が溢れ出ている。
「失敗したなぁ……」
まるで他人事のように呟いたあと、琥珀色の瞳が私に向けられる。
「ソフィは逃げて」
「何言ってるの!? メルヴィンも一緒に……!」
その時、辺りに唸り声が響いた。
血の匂いに誘われて新たな魔物が近づいてきているのだろう。
「いいから。ソフィだけでも……」
「………っ!」
このままここに居ても、二人ともが魔物に喰い殺されるだけ。
だからといってメルヴィンを私一人で運ぶことは難しい。
(逃げる? メルヴィンを見捨てて……?)
見るからに深い傷を負ったメルヴィン。
おそらく、すぐに手当てをしなければ命が危ない。
そのことをメルヴィン自身もわかっているのだろう。
(ダメ……助けなきゃ……メルヴィンを助けなきゃ! このままじゃメルヴィンが死んじゃう!)
心臓がバクバクと恐ろしい速さで音を立てていく。
「僕なら大丈夫。ほら、早く……」
弱々しい呼吸とともに、メルヴィンはぎこちない笑みを浮かべた。
そんなメルヴィンの姿が、十年前のあの日の彼と重なって、閉じ込められていた記憶が引きずり出される。
(あ………)
そこへ、魔物の唸り声が迫って体がすくんだ。
魔物への恐怖、死への恐怖、失敗への恐れが綯い交ぜになり、両手の指先は震え、心臓が張り裂けそうに痛い。
すると、メルヴィンの瞼がゆっくりと閉じられていく様が目に映る。
「メルヴィン!」
強く名前を呼ぶが、彼の瞼は閉じられたままで……。
極限に追いつめられた私は……いや、極限に追いつめられたからこそ、ただ一つだけを強く願った。
(お願い、死なないで……!!)
その瞬間、ありったけの魔力が両手から放出される。
「これは……」
十年振りの治癒魔法。
意図せず放たれた魔力が金の粒子となり、メルヴィンの身体に降り注いだ。
(お願いお願いお願いお願い! お願いだから!)
ただ目の前の命を繋ぎ止めたいと、ひたすら乞いながら無我夢中で魔力を放出し続ける。
治癒する部分を包み込むようにと教わったはずなのに、まるで叩き付けるかのようにメルヴィンの全身へ魔力を注ぎ込む。
まがいものの私がメルヴィンを救えるのかはわからない。
(それでも助けたい……! 助けたいの!)
気づけば息が上がり、目の前がチカチカと点滅して激しい耳鳴りに襲われる。
だけど私は止まらない。止められない。
今度こそ目の前の命を救いたいと、強い衝動だけが私を突き動かしていく。
(メルヴィン……!!)
奥歯を強く噛み締め、ただ彼の姿だけを見つめ続ける。
いつの間にか耳鳴りが消え、周りの音が何も聞こえなくなった頃、睫毛を震わせながら瞼がゆっくりと開いていく。
現れた琥珀色を眺めているうちに視界の端が徐々に白く染まり……そのまま私の意識は闇に呑まれてしまうのだった。




