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魔術師メルヴィン

読んでいただきありがとうございます。

※本日2話目の投稿です。

よろしくお願いいたします。

「あ、ソフィ! 見て見て!」


翌日、朝食の時間になっても我が家を訪ねて来ないメルヴィン。

どうせ深夜まで本を読み、そのせいで起きれずにいるのだろうとコーディの家……今はメルヴィンが住む家まで朝食を届けにきた。

すると、妙にテンションの高いメルヴィンに出迎えられたのだ。


「起きてたの?」

「うん! 起きてたっていうか昨日から寝てないんだけどね……へへ」


どうやらこのテンションの高さは徹夜明けによるものらしい。


「ちゃんと寝ないと身体を壊すわよ」

「このあといっぱい寝るつもりだから大丈夫。それより見せたいものがあるんだ!」


そのまま家の中へ招き入れられた私は、ダイニングでメルヴィンと向かい合う位置に立たされる。


「じゃあ、いくよ?」


何が?と聞き返すより先に、私に向けて片手を(かざ)すメルヴィン。

すると、ドーム状の淡い光が私を包み込み、ゴウッと音を立てながら突風が巻き起こる。


「ひゃっ!?」


近距離からの突風に私の髪が舞い、ワンピースの(すそ)がはためいた。


(あ……!)


咄嗟に首の後ろ、聖女の証が刻まれた(うなじ)を守るように髪の上から両手で押さえる。

だが、目の前のメルヴィンを含め、部屋のどこにも突風の影響は見当たらず、私を包むドームの中にだけ風が吹いている状況に気がついた。


「ちょっと、何よこれ!?」

「あははっ! びっくりした?」


戸惑いながら叫ぶ私に、ケラケラとメルヴィンは笑っている。


「僕、魔法が使えるようになったんだ」


そしてメルヴィンがパチンッと指を鳴らすと、途端にドーム状の淡い光が離散し風もぴたりと止んでしまった。


「今のは効果範囲を限定させた風魔法なんだけど、周りに影響を与えないようにドーム状の防御壁を作ってから内部で風魔法を発動させるっていう二段階の術式を組んでいてね……」


何やら魔法の仕組みについて説明をし始めるメルヴィン。

まず、先に説明をしてから魔法を披露してほしかった……。


乱れた髪を手で直しつつ彼の首元に視線を向けると、昨日までは確かに嵌められていた魔封じの首輪(チョーカー)がなくなっている。


「もしかして、首輪(チョーカー)を解除するために徹夜したの?」

「んー……解除にそれほど時間は掛からなかったんだけど『神の遺物』を手にしたのは初めてだったからさ。どんな仕組みになっているのか気になっちゃって」


首輪(チョーカー)そのものを(いじ)って解析していたら朝になっていた……ということらしい。


(でも、どうして急に……? 魔物素材のほうが気になるからって首輪(チョーカー)の解除は後回しにしていたのに……)


そんなことを考えていると、目の前のメルヴィンが身体を折り曲げ、ずいっと私に頭を差し出してきた。

意味がわからず固まる私に、琥珀色の瞳が(うかが)うような視線を向けてくる。


「あれ? 褒めてくれないの?」


褒める……。

差し出された頭を見ながら一瞬考え、私はその黒髪に手を伸ばして優しく撫でてみた。


「へへ………」


嬉しそうなメルヴィンの声に、どうやら正解だったことを悟る。


「魔法が使えるようになってよかったわね」


理由はどうであれ、魔法が使えるならば彼の生活も楽になるだろうと、私はよしよしとメルヴィンの頭をしばらく撫で続けるのだった。





「あれ? メルヴィン? まだ寝てるのー?」


朝食を届けたあと、仮眠を取ると言って寝室へ消えたメルヴィン。

さすがに夕方になれば起きているだろうと、私は再び彼のもとを訪ねていた。


しかし、扉を何度ノックして呼びかけてみても、メルヴィンからの返事はない。


(どうしよう……?)


中に入るべきか否か……。

ただ寝ているだけなら問題はない。

だが、もし体調を崩していたりしたらと、胸の奥がざわめいた。


「メルヴィン! 入るわよー!」


わざと大きな声を出しながら入り口の扉を開け、家の中へ足を踏み入れる。

リビングの床には脱ぎっぱなしの寝衣が落ち、テーブルの上には本や食器など様々なものが置きっぱなしになっていた。


「メルヴィン?」


そのまま寝室へ向かい、扉の前でノックと声かけを続けるも、やはり彼からの返事はない。

芽吹いた小さな不安が徐々に大きくなっていく。


「ねぇ、開けるわよ?」


宣言した通り寝室の扉を開けると、そこにはもぬけの殻のベッドと大量の本があるだけ。


(いない……?)


保管庫を覗いてみるもメルヴィンの姿はなく、今度は集落内の全ての家を見て回る。

しかし、メルヴィンは見つからなかった。


(どこに行ったの……?)


もう一度メルヴィンの家に戻ると、ダイニングテーブルの上に置かれたままの魔物避けが目に入る。


(魔物避けがここにあるなら集落の外に出たとは考えられないし……)


集落の外へ出る時には必ず魔物避けを携帯するようメルヴィンに説明をしていた。

そうでなければ魔物に襲われてしまうからと……。


(魔物……)


次に目に()まったのは、メルヴィンがホレスから購入していた本の数々。

そして、昨日のメルヴィンの言動を思い出す。


『医療関連の本と魔物素材に詳しい本、あとは、この近辺の地図があると嬉しいんだけど』

『んー……魔物を実際に見てみたい気もするんだよねぇ』

『でも僕はオルトロスとワイバーンとオウルベアの魔物素材に興味があるんだよね』


どれもが魔物素材に関することばかり。


(もしかして……?)


嫌な予感に汗が噴き出し、心臓が早鐘を打つ。


私は魔物避けを掴んでメルヴィンの家を飛び出し、そのまま集落の外へ駆け出した。

私の予想が正しければ……メルヴィンは自身の魔法で魔物を仕留め、魔物素材を手に入れようとしている。


(だから、この近辺の地図が欲しかったんだ)


魔物は集落に寄り付かない。

つまり、集落を出て魔物を狩りに行かなければならないが、森の中で迷子になれば命に関わることになる。


そこで、森の集落同士を繋ぐ安全なルートを熟知しているであろうホレスとアントンに地図を求めた。

だが、それは彼らの商売における専売特許であり、地図として販売されているはずがない。


(それに初対面のメルヴィンに安々と教えるはずがないわ)


それならばと、次にメルヴィンは魔物用の罠に目を付けた。

実際に魔物を見たかったのもあるだろうが、集落から罠が仕掛けられている場所までのルートを確認することが彼の目的だったのだ。

あとは、魔封じの首輪(チョーカー)を解除して自身の魔力を解き放ち、意気揚々と魔物狩りへ出掛けたのだろう。


『気になるものが目の前にあるのに『待て』なんてできないよ』


いつかのメルヴィンの言葉が頭に甦り、思わず溜息を吐く。

本当に、とんでもない魔術師を拾ってしまった……。


空はすでに茜色に染まっている。

夜目が利く魔物がほとんどで、暗くなればなるほどこちらが不利になってしまう。


(急がなきゃ!)


目指すは、昨日メルヴィンとともに訪れたホーンラビットが掛かっていた罠の場所。

だが、目的地に近付くにつれ独特の匂いが風に混じり始めたことに気がつく。


(これは……魔物の血の匂い!?)


メルヴィンにも伝えたが、魔物の血の匂いは別の魔物を呼び寄せる。

それは魔物避けの効果すら凌いでしまう程で、下手をすれば魔物たちに囲まれることになりかねない。


心臓が恐ろしい早さで脈を打ち続ける。


そして、ようやく辿り着いた場所には濃い血の匂いが立ち込めていた。

いくつもの魔物の死骸が辺りに転がり、その中心に立つ人影。


「メルヴィン……?」


私の呼びかけに反応し振り返ったメルヴィンは、いつもの無邪気な笑みを浮かべていた。

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