魔物狩り
「今回もお取引をありがとうございましたぁ!」
「こちらこそ、いつもありがとう」
そんないつもの挨拶を合図に、私とアントンは軽くハグを交わす。
そして、私はピコピコと動くアントンの三角耳をそっと撫でたあと、フワッフワの尻尾に触れてその感触を楽しむ。
「次は二週間後でいいか?」
「ええ。それでお願い」
アントンの尻尾を撫でながらホレスと会話をしていると、驚愕した表情のメルヴィンがアントンに問いかける。
「えっ!? ひと撫で銀貨一枚なんじゃ……?」
「ソフィアさんはお得意様なのでサービスの一環ですよぉ」
「じゃあ、僕もお得意様になれば……」
「すみません。ボクは可愛い女の子に撫でてもらうほうが気分がいいので、メルヴィンさんがお得意様になってもサービスを実施する可能性は限りなくゼロに近いです」
「ひどい!!」
本能に忠実なアントンの言葉に、メルヴィンは半泣きでいじけてしまう。
「それでは次回もよいお取引を!」
しかし、そんなメルヴィンを放置したまま、ホレスとアントンは締めの挨拶とともにこちらに背を向けて歩き出す。
私は手を振って、二人を送り出した。
「ソフィだけ……ずるい」
メルヴィンはその場にしゃがみ込んだまま、まだいじけ続けている。
「でも、メルヴィンだって撫でさせてもらえたんでしょ?」
「そうだけど、ほんとに一瞬だけだったし……」
「そういえば何を対価にしたの?」
一瞬でも撫でさせてもらえたなら、銀貨一枚分に相当する何かをメルヴィンが支払ったはずだ。
「ん? ちょっとした情報だよ」
「情報?」
「ソウルバーク王国の内部情報。なかなか外に出回らないだろうから貴重かなって」
「……それって大丈夫なの?」
「さあ? 僕は特に困らないよ?」
「…………」
しかし、獣人のホレスとアントンがソウルバーク王国への入国を認められるとは思えない。
そんな国の情報を知ったところでどうするのかと疑問を抱くが、「知っているのと知らないのとでは全く違うから」と言うメルヴィンの言葉に、そういうものなのかととりあえず納得をする。
「ソフィだけいっぱい撫でさせてもらえていいなぁ」
まだまだいじけるメルヴィンを見下ろすと、少し癖のある黒髪に覆われた頭頂部のつむじが目に入った。
背の高いメルヴィンの普段は目にすることのない部分になんとなく興味を惹かれ、私は黒髪を手で梳くようにそっと撫でてみる。
(意外に柔らかい)
すると、こちらを見上げて見開いた琥珀色の瞳が徐々に細まり、にんまりと口元が弧を描く。
そんなメルヴィンの表情は、顎の下を撫でてあげた時のムィちゃんによく似ていた。
「ふふっ。撫でてもらう側も悪くないね」
「そう?」
ならばと、私は思いきって両手でメルヴィンの頭をわしわしと撫でてみる。
「あはははっ!」
楽しそうに笑い声を上げるメルヴィンに、やはりペットの聖獣たちと変わらないなんて思ってしまう。
「どう? 僕の髪の手触りは気に入った?」
「そうね」
ペットたちやアントンの尻尾とはまた違った手触りだが、これはこれで悪くないと素直に返事をする。
しばらくメルヴィンの髪の感触を堪能し、私の手が離れたタイミングで彼は立ち上がった。
「今日もこのまま家に籠もるつもり?」
「んー……せっかくソフィに本を買ってもらったしなぁ」
そのまま悩むように首を傾げるメルヴィン。
ちなみに、本ばかり買い込もうとするメルヴィンに、ホレスが生活に必要そうなものを見繕ってくれていた。
どこまでも世話が焼ける。
「ソフィは狩りに行くんだっけ?」
「仕掛けてあった罠を確認するつもり」
「んー……魔物を実際に見てみたい気もするんだよねぇ」
「じゃあ一緒にいく?」
そうして、私はメルヴィンを連れて各所に仕掛けた罠を見に行くことにした。
◇
魔物は瘴気を好む性質らしく、瘴気の薄い集落周辺にはあまり出没しない。
そのため、狩りの時だけは瘴気が濃い森の奥へと足を踏み入れる。
ただし、魔物と出くわすことがないよう魔物除けは必ず持ち歩き、瘴気中毒にならないよう短時間で罠を張り、後日また罠を確認するという手順だ。
「これが魔物……」
魔力を帯びた縄に絡まっているのはホーンラビット。
仕掛けた罠に掛かり、すでに息絶えていた。
そんなホーンラビットを凝視しながらメルヴィンが口を開く。
「なんか思ったより小さいんだね」
どうやらメルヴィンのイメージしていた魔物とは違ったらしい。
「あまり大きな魔物だと解体ができないから」
ぱっと見は一般的なウサギに角が生えただけに見えるホーンラビットだが、猛スピードで突進し、雷魔法まで扱う紛うことなき魔物。
だが、ソウルバーク王国に伝わる魔物といえば、山のような巨体のドラゴンなどを思い浮かべるため仕方がないのかもしれない。
それに、例外はあるが基本的に巨体であればあるほど魔物は強い。
罠だけで捕まえるとなると、どうしても小型の魔物になってしまう。
「そうなんだぁ。それじゃあオルトロスやワイバーンはどうやって捕まえればいいの?」
「無理無理無理無理!」
見たこともないし見つかりたくもない凶悪な魔物たちの名前に全力で無理だと叫んだ。
「でも、僕はオルトロスとワイバーンとオウルベアの魔物素材に興味があるんだよね」
ちょっと魔物を増やさないで。
「だから無理! そんな魔物を倒せるのは上級冒険者くらいなんだから!」
「上級冒険者?」
ソウルバーク王国には存在しない職業だが、魔物を相手に戦う者を冒険者と呼び、その強さによってランクが決められている。
メルヴィンが望む魔物たちを倒せるのは上級に位置する冒険者で、報酬に金貨が数十枚は必要になるだろう。
ホレスとアントンに頼めば希望の魔物素材を調達してもらうことも可能だが、やはり強い魔物の素材は希少で値段も跳ね上がる。
無一文なメルヴィンには無理だと、説得と言う名の説明をした。
「えー……でも、欲しいんだけどなぁ」
「…………」
しかし、まだ諦めていない様子のメルヴィンに、私はさっさと話題を変えることにする。
「さあ、早く帰ってホーンラビットの解体をしましょ」
「え? ここで解体しないの?」
「他の魔物が血の匂いに寄ってきちゃうから」
そんな会話をしながら歩き出した時、「あ!」っとメルヴィンが大きな声を上げた。
「ソフィ! 背中に何か張り付いて……」
「ええっ? 虫!? 取って取って!」
「いや、虫じゃなくて……ムィ先輩?」
そして、私の背中から何かが引っ剥がされる。
「ほら!」
「この子は……うん。カーバンクルだけどムィちゃんじゃないわよ」
「え?」
「だって、目の形が違うでしょ?」
「ええっ!?」
カーバンクルの首根っこを掴み、顔を寄せてじぃっと見つめるメルヴィン。
見分けがつかない……と呟いている。
「どうしてカーバンクルが?」
そう言いながらメルヴィンがそっと地面に降ろした途端に、カーバンクルはびょーんと跳ねて私の胸元にしがみつく。
そして、意地でも離れようとしない。
「もう、仕方ないわね」
「まさか連れて帰るの?」
「だって、離れないんだもの」
カーバンクルの顎の下を撫でると、その額の宝石と同じ紅い瞳が満足そうに細められる。
「んー……ムィちゃんだと名前が被っちゃうから、ムィムィにしようかな。どう? かわいいでしょ?」
「…………」
なぜかメルヴィンから返事はなく、代わりに別の質問が続く。
「いつもこんなふうに聖獣が寄ってくるの?」
「ええ。マーサさんが生きていた頃は森に帰してたんだけど、今は……」
寂しいから……と言葉を続けようとして、はたと気がついた。
一年前にマーサが亡くなり、集落には私一人だけになり、会話をする相手は時折訪れるホレスとアントンだけ。
そんな私の寂しさを聖獣たちが紛らわしてくれていた。
だけど、メルヴィンが現れてからは寂しいだなんて思う暇もないくらい振り回されて……。
(そっか……私はもう独りぼっちじゃなくなったのね)
出会った頃は警戒していたが、いつの間にかメルヴィンを住人として受け入れていたのだ。
そのことに気づいた私は、知らずに口角が上がるのだった。
読んでいただきありがとうございます!
本日は2話更新予定です。
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