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ホレスとアントン

読んでいただきありがとうございます。

※本日2話目の投稿です。

よろしくお願いいたします。

メルヴィンを拾ってから五日が経った。


彼はコーディの家で寝泊まりを続け、研究ノートや資料を読み漁り、相変わらず魔物素材への興味を爆発させている。

そんなタイミングで行商人の二人が集落を訪れたため、メルヴィンと引き合わせることにしたのだが……。


「わあ! 新しい罪人さんが増えたんですね!」


大きな翠の瞳をキラキラさせながらメルヴィンを見つめるアントン。


「罪人じゃなくて住人」


ボソッとアントンの発言を(たしな)めるホレス。


ホレスとアントンは兄弟で、月に二度はこの集落を訪れている。

そして、揃いの橙色の髪にホレスは青の瞳、アントンは翠の瞳を持ち、二人とも三角の耳とフサフサの尻尾が生えていた。


「僕、獣人と会うのは初めてだなぁ」


そんな二人に対して興味津々なメルヴィン。


ソウルバーク王国は人族のみが暮らしており、他種族が暮らす国とは交流がない。

そのため、獣人の存在は知っていても実際に出会う機会がなかったのだ。


そして、広大な廃棄の森はソウルバーク王国以外の国にも面しており、瘴気の影響を受けない種族が集落を作り暮らしているのだという。


獣人族も瘴気の影響を受けないため、ホレスとアントンは行商人として各集落を渡り歩いていた。


「ボクたちは狐獣人なんですぅ!」

「そうなんだぁ。ねぇねぇ、その耳と尻尾に触ってみてもいい?」

「いいですよぉ! ひと撫で銀貨一枚ですぅ! ありがとうございますぅ!」

「ええっ!? お金を取るの?」

「人族だって可愛いお姉さんとイチャつきたくてお金を払うんでしょぉ? あなたは可愛いボクの身体の一部に触れたいんですよねぇ? だったら有料なのは当たり前じゃないですかぁ?」


さも当然であると言い切ったアントンは、毛並みのいい尻尾を見せつけるようにフリフリしている。


「そう言われると……そうかもしれない!」


さっそくお金を巻き上げられそうになっているメルヴィン。


まあ、触りたくなる気持ちはわかる。

しかし、十歳くらいの子供の姿に見えるアントンだが、私がこの集落で暮らすようになった十年前から見た目がほぼ変わっていない。

同じく、今の私と同年齢に見えるホルスの容姿も十年前と変わらないままだった。


どうやら獣人族は人族より寿命が長いらしく、そのせいで実年齢が分かりづらいのだ。


「でも僕、今はお金を持ってないんだよね……」

「それは残念です。交渉決裂ですね。お疲れ様でした」


笑顔であっさりと告げる非情なアントン。


「そんなぁ! どうしようソフィ!? どうすればいい?」


私に泣きつくメルヴィン。


この森に捨てられた際、お金を含むあらゆる持ち物を全て奪われていたらしくメルヴィンは無一文だった。


「だったら銀貨に代わるものを用意すればいいのよ」

「へ……?」

「例えば薬草や魔物素材、魔導具なんかも換金してもらえるわ」

「なるほど……。面白いね!」


どうやら興味を持ったらしく、さっそくメルヴィンはアントンに交渉を持ちかける。


「それじゃあ、私も商品の受け渡しがあるから……ホレス、一緒に来てくれる?」


メルヴィンに一声かけてから、ホレスを家の裏手へ誘う。

いつもなら家の前……今まさに居る場所で受け渡しをするので不思議に思ったのだろう。少しだけ眉根を寄せたあと、それでも何も言わずにホレスは私の後ろをついてきてくれた。


家の裏手、メルヴィンからこちらが見えなくなった場所で、私はようやく準備していた布袋の中身をホレスに見せる。


「これなんだけど……」

「さっそく鑑定をしてもいいか?」

「ええ。もちろん」


私が作業用のテーブルを準備している間に、ホレスは背負っていた空間魔法付きの鞄を地面に下ろすと、中から鑑定用の魔導具を取り出し、両手に手袋を嵌める。


鈍色で四角く平べったい魔導具の中心部分、そこに丸型の鏡面が嵌め込まれており、布袋から魔石を一つずつ取り出したホレスが鏡面部分に(かざ)しては作業用テーブルに敷かれた布の上に並べていく。


貨幣があまり意味を成さない森の中、ホレスたち行商人と物々交換をすることで集落の住人たちは必要な生活用品や食糧、嗜好品などを手に入れていた。

マーサは布一面に美しい刺繍を施し、コーディは森に自生する薬草を煎じ、アンナは魔物から素材を手に入れ、それらを交換に差し出す。


私はというと……。


「どの魔石も問題ない」


鑑定を終えたホレスの言葉にホッと胸を撫で下ろす。


魔石と呼ばれる特殊鉱石に私は自身の魔力を注ぎ込み、浄化の効果を持つ魔石を作り出していたのだ。


物々交換に差し出せるものを模索していた時、たまたま私に浄化魔法の素質があることが判明する。

聖女の証を持つ者は治癒魔法のみが使えると教わっていたため驚いたが、私は『まがいもの』だから特殊なのかもしれないと勝手に納得をした。


それに、アンデッドやゴースト系の魔物に威力を発揮する浄化の魔石は他国の冒険者たちに人気らしく、高値で取り引きしてもらえるので結果オーライだ。


「いつもより魔石の数が多いな」

「住人が一人増えたから彼の身の回りに必要なものも購入してあげたくて」


メルヴィンは無一文な上に魔法まで封じられている。

仕方なく今回は私が用立てすることにしたと告げると、ホレスの青の瞳が意味ありげに私を見つめた。


「治癒の魔石を作る気はないのか?」

「…………」


実はホレスとアントンに私の素性はバレている。

いや、彼らと初めて出会ったその日に、人懐っこいアントンの巧みな話術に乗せられ、あっという間に私の情報が引き出されてしまったというのが正しい。


そして、治癒魔法が込められた魔石なら浄化の魔石よりはるかに高値で取り引きされることは明白で、商機を逃すまいと声をかけられ続けているのだ。


「ごめんなさい……」


しかし、私はその提案をずっと断り続けていた。


理由は簡単。

あれだけ治癒魔法をかけてもロードリックの病を治すことができなかったから。

マーサは私の責任ではないと言ってくれたけれど、私の治癒魔法に欠陥があった可能性だって否定できない。


そんな欠陥品の魔石を作り、そのせいでまた誰かが死んでしまったら……。

そう考えると怖くなり、私はこの森に捨てられてから一度も治癒魔法を使うことはなかった。


「わかった」


特に粘ることなくあっさりと返事をするホレス。

これもいつものことだ。


ホレスは浄化の魔石を全て布袋に詰め直し、地面に下ろしていた鞄に手を伸ばす。

かなり高度な空間魔法が施されているらしく、言えば大抵の品物がこの鞄から出てくる。


「これが前回頼まれていた品だ。あとは何が必要だ?」

「そうね。メルヴィンに聞いてみないと……」

「僕は本が欲しいな」


作業用テーブルの前、並んで話し込む私とホレスの背後から声が聞こえ、思わず振り返る。


「メルヴィン!?」

「医療関連の本と魔物素材に詳しい本、あとは、この近辺の地図があると嬉しいんだけど」


驚くこちらのことなどお構い無しに、メルヴィンは次々とリクエストを口にする。


「わかった。地図以外なら用意できる」


そう返事をしたホレスは鞄の中からいくつもの本を取り出し、作業机の上に積み重ねていく。

その内の一冊を手に取ったメルヴィンがさっそくホレスに質問を始め、蚊帳の外となった私は内心冷や汗をかいていた。


(さっきの話……聞こえてないよね?)


浄化の魔石はともかく、治癒の魔石について聞かれていると若干まずいことになる。

だが、メルヴィンは目の前の本に夢中で、私から何かを聞き出す素振りもない。


(メルヴィンなら気になったことがあればぐいぐい聞いてくるはずだし……)


どうやら聞こえていなかったようだと、私は胸を撫で下ろしたのだった。


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