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その10


「……パーシヴァル殿、その瞳は」

「お察しの通り、私の固有魔法によるものです――殿下」

「ああ、説明を許可する」


 殿下の許諾を得て、黄金の瞳を惜しげもなく晒しながらパーシヴァルは主にワーズワース家の三人に告げる。


「私の固有魔法は【看破】――端的に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 対峙する三人はもれなく絶句した。無理もない。

 この場でも散々嘘を吐き続けてきた彼らにとって、パーシヴァルの固有魔法はまさに脅威だろう。

 しかも殿下が立会人として同席している。

 それはパーシヴァルの能力を保証しているのと同義だった。


「そんな……そんなでたらめな固有魔法、聞いたことがないわ……!」

「当然だろう? パーシヴァルの固有魔法は我が国においても最重要機密事項だ。(まつりごと)を行なう際、あらゆる意味でパーシヴァルほど役に立つ男はいないしな。本来であればこの程度の審議には勿体ない能力なのだが……今回はパーシヴァル自身が当事者だからな。王家としても使用許可を出さざるを得まい」


 殿下の言葉を受けたジェシカが真っ青な顔で沈黙する。

弱冠二十二歳にして筆頭外交官という破格の待遇を受けている理由。それは本人の優秀さも無論あるが、やはりこの固有魔法の存在なくしては語れない。


 ありとあらゆる交渉事、真偽を確かめたい場面において、パーシヴァルの固有魔法は最早反則に等しい。


 ゆえに彼の固有魔法は王家の管理下にあり、普段は使用制限が掛けられているのだ。

 本来の色である黄金の瞳は封じられ、王家の許可なしに魔法を発動すれば厳重な罰則を受ける誓約を課されているのだという。


 マーガレットも例に漏れず、パーシヴァルの固有魔法の本当の力を聞かされた時には驚愕したものだ。そもそも彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけでも他の高位貴族に引けを取らない力なのだが、それすらも実際には副産物に過ぎない。


「パーシヴァル殿……可視化とはどのような状態になるのですか?」

「言葉で説明するよりも実演した方が早いので――伯爵、今から私の問いにすべて『はい』でお答えいただけますか?」

「……いいでしょう」


 どこか覚悟を決めたような伯爵が頷き返すのに、パーシヴァルは薄く笑みを浮かべた。


「では伯爵、貴方は男性ですか?」

「はい」

「貴方はワーズワース家の当主ですか?」

「はい」


 淡々としたやりとり。特に目に見える変化はない。

 そのことを周囲が確認したのを見計らい、パーシヴァルは次の質問をした。


「貴方は女性ですか?」

「――はい……こ、これはっ!?」


 伯爵が驚愕の声を漏らし、ジェシカやジュリアが呆気に取られたように大口を開ける。

 何故なら「はい」と答えた伯爵の口から、黒い靄のようなものが漂っていたからだ。

 小さな雲のようになった靄はパーシヴァルの方へと自然に吸い寄せられていく。そして彼が右手を伸ばして靄へと触れた――瞬間、


『私は男だ』


 靄が霧散すると同時に、パーシヴァルの右手を起点として伯爵の声が室内に響いた。


「とまぁ、こんな感じです」 


 パーシヴァルは埃を払うように右手を軽く振りながら笑う。ここまで見せつけられれば、もはやそれ以上の説明は不要だった。二の句を継げられない者がほとんどの中、王太子殿下だけが上機嫌な声で言う。


「いやぁ何度見ても面白いな、お前の固有魔法は」

「……別に見世物ではありませんよ殿下?」

「分かっている。さて、実演も済んだところで本番といこうじゃないか」


 ひぃっ……と、誰かがか細い悲鳴を上げた。

 見ればその人物は頭を抱えてその場に蹲り、身体をガタガタと震わせている。


「――ワーズワース夫人?」


 殿下が声を掛けても、ジェシカは顔を上げるどころか頭を横に振って拒絶の意を示した。

 その姿を目の当たりにした全員は悟る。もはやパーシヴァルの魔法に頼るまでもない。

 ジェシカ・ワーズワースは大罪人(おおうそつき)であると。彼女自身の態度がそれを証明した。

 すると殿下は興が冷めたように鼻を鳴らす。


「……ここまで来たら最後まで足掻いて欲しかったのだがなぁ」


 おそらく靄を介して嘘どころか真実まで暴かれることを恐れたのであろう。

 ジェシカはパーシヴァルの固有魔法を避けるために、沈黙のままに自分の罪を間接的に認める選択をした。裏を返せばそれほどまでに隠しておきたい真実があるということだ。


「さて、どうしたものか……」

「殿下、発言をお許しください」


 そう口にしたのは伯爵だった。

 彼は殿下の首肯を得ると、唐突に深々と腰を折り首を垂れた。


「――もはや言い逃れは出来ぬゆえ、率直に申し上げます。この度のジュリアとマーガレットの入れ替わりの件や、マーガレットの固有魔法の虚偽申請の件について……すべて罪を認めます。誠に申し訳ございませんでした」


 ほぼ全員が息を呑んだ。

 これまで頑なに己が罪を否定し続け、マーガレットにすべての罪を着せようと画策していた伯爵。

 それが一転してすべての罪を認め、あまつさえ謝罪を口にしたのだ。パーシヴァルの固有魔法を目の当たりにして抵抗は無意味と悟ったがゆえの行動かもしれないが、あまりの変わり身の早さに驚きを禁じ得ない。


「お、お父さまったら何を仰ってるの!? 悪いのは全部お姉さまじゃない!!」

「ジュリア……すまなかった。私やジェシカを見て育ったお前がマーガレットを虐げるようになったのは、ある意味では当然の帰結だ。だからこそお前の罪は私たちにある」

「っ……なんで!? なんでそんなことを言うのよぉ……っ!!」


 一向に頭を上げようとしない父親を前に、ジュリアがボロボロと涙を流す。


「ワタシは悪くないって、お姉さまが悪いって……お父さまもお母さまも言ってたのに! ワタシの願いは叶えられるのが当然だって、そのためにお姉さまを利用すればいいって……っ」

「……ああ、そうだ。私たちがお前にそう教えた。だが、それは間違いだったんだ」

「~~~~っっっ嘘よ!! もういや! ワタシ家に帰る!! お父さまもお母さまも知らない!! ワタシは悪くないもん!!!! 全部……全部お姉さまのせいよッ!!!!」


 そう大声で叫びながら、ジュリアは強い憎しみを帯びた瞳でマーガレットを睨みつける。

 おそらく殿下や騎士が近くに居なければ一目散にこちらへと掴みかかってきていただろう。

 あまりの形相に気圧され思わず一歩後ろに下がったマーガレットを、パーシヴァルがしっかりと支えた。

 その時、伯爵がゆっくりと面を上げながら、まっすぐに殿下へと向き直った。


「……殿下、恐れながらお願いがございます」

「なんだ?」

「パーシヴァル殿の固有魔法を……ジェシカに使用していただきたいのです」

「ひぃいいっ!?!? だ、だんなさま……や、やめてくださいませ!!!」


 すぐ近くから響いた怯える妻の声にも、伯爵は動じない。


「私は……ただ真実が知りたいのです。ジェシカが本当に嘘を吐いていたのかを。私とホリーを騙していたのかを。パーシヴァル殿の固有魔法であれば、それが明らかになる」

「ははっ……! 罪を認めたと思ったら、今度は私欲のためにパーシヴァルの能力を乞うのか、貴殿は!」

「はい、その通りでございます」


 一切の躊躇なく伯爵が言い切ったことで、王太子殿下は楽し気に膝を打った。


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