その6
いつまでもグズグズと泣き止まないジュリアを見かねてしばしの休憩を挟んだ後。
ようやく彼女の嗚咽が治まったところで審議は再開された。
「さてと……今更のような気もするが、伯爵。先ほどパーシヴァルが答弁した内容に対して、そちらからの弁明はあるか?」
「――当然、ございます」
言って、伯爵はここぞとばかりにマーガレットを睨みつけた。
「すべてはそこの愚女がしでかしたことに過ぎません。パーシヴァル殿も我々も、そして王太子殿下をも騙している大罪人は他ならぬマーガレットでございます」
「これはまた面白いことを言うではないか。では具体的に説明を願おうか?」
「畏まりました」
恭しく頭を垂れた後で、伯爵は立て板に水が如く流暢に事の経緯を説明し始めた。
曰く――
マーガレットは日頃から妹のジュリアに対して精神的、肉体的に虐待を行なっていた。
ジュリアは恐ろしい姉から身を守るために、マーガレットの言いなりになっていた。
自分達夫妻は不覚にもマーガレットが妹を虐げていたことに気づかず、放置してしまっていた。
そんな中、ジュリアの伴侶となることが決まったパーシヴァルを欲したマーガレットは、妹を脅して結婚式の時に入れ替わりを果たした。
そして今までの社交界での振る舞いを含めてすべての悪行をジュリアへと着せ、自分はまんまと被害者の立場を手に入れてパーシヴァルを篭絡した。
伯爵の主張は、端的に言えばジュリアとマーガレットの立ち位置を入れ替えた作り話であった。
あまりにも一方的に悪者にされたマーガレットだが、その心は完全に凪いでいた。伯爵家への未練は微塵も残っていない。それが確信出来たことは今のマーガレットにとっては大きな収穫だった。
(もう私が、あの家に心を縛られることは絶対にない――)
そう思いつつ視線を感じてチラリと隣を見れば、パーシヴァルが心配そうにこちらを見ていた。
それに柔らかく微笑み返せる程度には余裕もあった。むしろ自分などよりも余程、パーシヴァルの方が伯爵の言葉一つ一つに苛立っているようで、そちらの方が心配になるくらいだ。
「――故に、ここに居る全員がマーガレットという毒婦の罠に嵌められた、という次第です」
説明をその言葉で締めると、伯爵は王太子殿下へと訴えかけるように熱い眼差しを送る。
「先ほどのムーア子爵との一件も、ジュリアがマーガレットの存在で取り乱したが故に反論する暇がございませんでした……ですが、これこそが真実なのです!」
「ふむ、とりあえず貴殿の主張は理解した。だが、明らかに見過ごせない点がある」
「……と、仰いますと?」
「無論、ワーズワース姉妹の入れ替わりについてだ。この五ヶ月以上もの間、パーシヴァル以外の人間には二人の入れ替わりはまったく露見していなかった。これは異常事態であり、だからこそ断言出来る」
椅子のひじ掛けを指でトントンと叩きながら、王太子殿下が厳かに問う。
「伯爵よ、此度の入れ替わりを為した固有魔法はいったい誰によるものなのだ?」
すると伯爵は満面の笑みを浮かべた。まるで勝利を確信した者のように。
「それは当然、マーガレットに決まっております! 忌々しいことにこの女の固有魔法は我がワーズワースの血統を色濃く反映した【変身】であり、ワーズワースの血筋の人間に限り、どれだけ長い時間であっても姿を変えることが出来るのです」
その解説をかみ砕くためか、王太子殿下は口もとに片手を当てて思案のポーズを取る。
「……つまり、マーガレット嬢はその対象をワーズワースの者に限り、自分がその者に姿を変えたり、もしくはワーズワースの者を自分の姿に変身させたり出来る、という解釈で相違ないか?」
「その通りでございます。流石は殿下! 聡明でいらっしゃる!」
伯爵のあからさまなおべっかに王太子殿下は苦笑を浮かべた。そして、今まで黙って伯爵側の言い分を聞いていたストラウド側へとようやく目を移す。
「パーシヴァル、伯爵はこう主張しているが?」
「まったく話になりませんね。馬鹿馬鹿しいにもほどがある」
「なっ!? さ、先ほどから言葉が過ぎるぞパーシヴァル殿!!」
自分よりも圧倒的に年若いパーシヴァルからの痛烈な言葉に伯爵は青筋を立てる。
そんな伯爵をまるで塵でも見るような目で見ながら、パーシヴァルは温度のない声で告げた。
「口を慎むのは貴殿の方だ。殿下の御前ゆえに堪えているが、貴殿の主張はそもそも聞くに値しないほどお粗末だ。何より、最愛であるマーガレットをこれほど侮辱されたことは赦し難い。素直に罪を認めれば多少の情状酌量の余地も残そうかと考えていたが――すべて無駄だったようだ」
すぐに熱くなる伯爵とは違い、彼の口調は終始淡々としている。だからこそ凄味があった。
パーシヴァルはひとつ溜息を吐くと、王太子殿下へと水を向けた。
「――時に殿下。ワーズワース伯爵家の固有魔法の登録についてお尋ねしたいのですが」
「っ待て! 今はそんなことは関係ないだろう!!」
「関係ない筈がないだろう。貴殿が口にした内容が真実であれば、マーガレットの固有魔法はあまりにも強力だ。何せ血族に限るらしいが、簡単に別人に成り代わることが出来るのだから、その汎用性は語るまでもない」
「……まぁ、それはその通りだな」
王太子殿下が同意を示すのに伯爵の顔色がみるみる悪くなる。
その反応をどこかつまらなそうな表情で見ながら、
「しかしだとすると妙だ。少なくとも私の知る限り、マーガレット・ワーズワースの固有魔法の登録内容は自分の髪や瞳の色を変えられる【変色】だったと記憶しているが?」
まるで獲物を追い込むように、王太子殿下が意地の悪い言葉を重ねる。
伯爵が先ほどまでの主張を通すならば、マーガレットの固有魔法の申告を偽っていたと認めたことになる。国への固有魔法の申告は貴族家当主の義務だ。怠ったり虚偽の申告をすれば厳しい罰則があり、また別の人間が登録したと言い訳することも出来ない。
「さて伯爵、これがどういうことなのか、貴殿の口からきちんと説明して貰いたい」
「っ……それは……!」
王太子殿下がマーガレットの固有魔法について既に把握していたとは思ってなかったのか、滑らかだった伯爵の言葉がここにきて詰まる。
固有魔法については最高レベルの機密情報のため、閲覧には大きな制限が掛けられている。マーガレットもパーシヴァルから説明を受け初めて知ったが、特定項目に限定したとしてもその閲覧許可を得るには国へ正式に書類を出し、国王陛下の承認が必要となるとのこと。
それは王族とて例外ではない。つまりパーシヴァルはかなり前から王太子殿下に話を通し、国王陛下にまで根回しをしてこの審議に臨んでいるということだ。
それがようやく身に染みて分かったのだろう。
おそらく審議後にでも裏から手を回してマーガレットの登録情報を操作しようとしていた伯爵は、目論見が崩れて完全に沈黙してしまった。
だが、その代わりに今まで会話に加わることのなかった人物が唐突に声を上げた。
「あら、そんなの決まっていますわ。これもまた、すべてはマーガレットの虚偽によるものなのですから」




