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その3


 三者三様の顔色をした伯爵家の面々を丁重に送り出した次の日の午後。

 屋敷を訪ねてきたのはストラウド侯爵と侯爵夫人――つまりパーシヴァルの父母だった。

 急ぎの仕事だけ片付けて早々に帰宅してきたパーシヴァルと共に彼らを出迎えるマーガレットだが、緊張からどうしても表情が強張ってしまう。


 そもそも二人へ正式に謝罪をしたいと言い出したのはマーガレット自身だった。


 パーシヴァルは気にすることはないと言うが、そんなわけにはいかない。

 彼らはワーズワース伯爵家を信じて大事な息子の花嫁にとジュリアを選んだのだ。その期待を完全に裏切り、あまつさえ騙そうと画策したことへのケジメは必要だった。


 本来ならばこちらから出向いて謝罪をしたいと考えていたが、侯爵夫妻側から「久しぶりに屋敷の様子も見たいので」と、自分達が屋敷へ赴く意を伝えられた。

 さらに数日中には領地へ戻る予定と相まって、急遽の来訪が決定したという次第だ。


「――この度は本当に申し訳ありませんでした」


 応接室で向かい合う形をとりながら、改めて事の経緯を自分の口から説明したマーガレットは深々と頭を下げた。おそらく侯爵夫妻からしたら寝耳に水どころの騒ぎではない。

 花嫁の入れ替わりという非常識どころか、そもそも夜会に参加していた頃から姉妹の中身が入れ替わっていたという状況が異常だ。

 パーシヴァルからの強い希望でマーガレットの固有魔法についての説明は最小限に留めていることもあり、俄かには信じられない話だろう。


 だが、マーガレットの話に対して侯爵夫妻は終始驚きの表情こそ浮かべていたものの、決して途中で話を遮ったりはしなかった。最後まで聞き終わりマーガレットの丁寧な謝罪を受けた後で、ようやく侯爵が口を開く。


「……では、結婚式の当日から今日までパーシヴァルと共に居たのは貴女で間違いないのだな、マーガレット嬢」

「その通りです、閣下……五ヶ月以上に亘って皆様の目を欺き続けたこと、お詫びのしようもありません」

「社交界でも貴女がジュリア嬢を演じ、ジュリア嬢本人は貴女に成り代わって夜遊びに興じていたと」

「はい」

「ふむ……だが、パーシヴァルは早々に入れ替わりに気づいていたという話だが」


 侯爵が水を向けると、マーガレットの隣に座すパーシヴァルが穏やかに頷き返した。


「ええ。俺には最初からマーガレットの本当の姿が見えていました。その上で彼女を保護し、妻として愛することを決めたのは俺自身です」

「あらまぁ……!」


 侯爵夫人がパーシヴァルの返答に何故か歓喜混じりの声を上げた。


「聞きまして、旦那様! パーシヴァルったらすっかり骨抜きじゃありませんか!」

「そのようだな。やはり儂の目に狂いはなかったようだ」


 侯爵夫妻はお互いに顔を見合わせて微笑みを交わしている。

 その状況が今一つ理解出来ないマーガレットは、口を挟んでもいいものか判断に迷って内心オロオロしていた。そんな中、


「大丈夫だよ、マーガレット」


 優雅に紅茶を傾けながらパーシヴァルが言う。


「もう謝罪は済んだだろう? 見れば分かると思うけど、二人とも別に気にしてないよ」

「!? そんなわけが……」

「いや、パーシヴァルの言う通り別に気にしておらんぞ?」


 侯爵の同意にマーガレットはこれ以上ないほど目を丸くする。


「ああ、気にしていないというのはマーガレット嬢のことであって、ワーズワース伯爵家には色々と思うところはあるがな?」

「その点については俺の方で然るべき処理をしますのでお任せいただければと」


 すかさずパーシヴァルが口を挟めば、侯爵は満足げに頷き、その横で侯爵夫人がコロコロと笑う。


「本当にマーガレットさんのことが好きなのねぇ……わたくし、とっても安心したわ」


 そして侯爵夫人はマーガレットへと慈愛に満ちた視線を向けた。


「マーガレット、とお呼びしてもいいかしら?」

「っ……はい」

「ありがとう。マーガレットはパーシヴァルの固有魔法については既に知っているのよね?」

「ええ、お聞きいたしました」

「その上で、この子の傍に居たいと……そう望んでいらっしゃるの?」

「? はい。お赦しいただけるのであれば」


 質問の意図が掴めないまま、素直に答えたマーガレットに侯爵夫人がますます笑みを深める。


「あのねマーガレット。普通の子は結婚相手に嘘が通用しないという時点で、多少はしり込みするものなのよ?」

「……? そう、なのですか……?」


 むしろ嘘を吐き続けることが苦痛だったマーガレットにとって、侯爵夫人の発言はあまりピンとくるものではない。パーシヴァルに知られて困ることはもうないし、これからも隠し立てするようなことはないように思う。


「あの……むしろパーシヴァル様にはこちらの本心がきちんと伝わるということですから。疑いをもたれないという意味では歓迎すべきことなのでは……?」


 何気なく口にした発言だったのだが、その場にいた全員がマーガレットへ視線を集中させる。パーシヴァルですら驚きに目を見張っていた。

 予想外に周囲を困惑させたことに気づき、マーガレットは何かマズいことでも口にしてしまったのかと顔を青褪めさせる。

 しかし次の瞬間、


「ひゃああっ!?」

「あー……もう本当に可愛い。好き。絶対に離さないから」


 突如としてぎゅうぎゅう抱きしめてきたパーシヴァルに、マーガレットは淑女としての仮面を完全に剥がされ狼狽せざるを得なかった。そもそも目の前には彼の両親が居るのだ。こんなところを見られるなんて恥ずかしいにもほどがある。


「パーシヴァル様!? 離してくださいっ!!」

「駄目、無理、しんどい」

「えっ!? ど、どこか具合が悪いのですか!? どうしましょう、誰か――」


 体調不良となれば話は別、とマーガレットが後ろに控えている筈のグレアムに手を貸して貰おうと顔を上げたところで、


「ッアッハッハッハ!!」


 今度は応接室に闊達な笑い声が木霊した。びっくりして思わず声の方へと視線を向ければ、侯爵が目尻に涙を浮かべて盛大に笑っている。侯爵夫人も扇子で顔を半分隠してはいるものの、笑いを耐えきれないと言わんばかりに小刻みに肩を震わせていた。

 一方、パーシヴァルはマーガレットに甘えるように肩口に自分の頭をぐりぐりと擦り付けてくる。体調不良という割には元気そうな気配に余計混乱が加速する。


(……なんなの、この状況――!?)


 マーガレットはしばし途方に暮れた。

 謝罪の席で何故こんな混沌とした状況が発生しているのか、まるで分からない。

 するとひとしきり笑って満足したのか、侯爵が「すまんすまん」と軽い調子でマーガレットに言った。


「マーガレット嬢……いや、マーガレット。君がパーシヴァルのもとへ来てくれて本当に良かった」

「えっ……と……?」

「なに、簡単なことだよ」


 侯爵は優しく目を細める。


「マーガレットさえよければ、これからも息子の傍に居てやって欲しい。どうやらパーシヴァルは、君じゃなければ幸せになれないようだからね」


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