その2
パーシヴァルは同席するかしないかは自由に決めて良いと言ってくれた。
だからマーガレットは自分の意思を伝えた――逃げずに、向き合うことを。
「――さて。こんな朝早くからどのようなご用件でしょうか、伯爵?」
応接室に入るやいなや、パーシヴァルは空々しい笑顔でそう口にした。彼はともに入室したマーガレットを丁寧にエスコートしながら席へ着く。当然ながら向かい側には、先に部屋へ通されていた三人が雁首を揃えていた。
その中央に座す男――ワーズワース伯爵はパーシヴァルの軽薄な態度に眉を顰める。
「用件ですと? これは異なことを仰る!」
伯爵は鋭い視線をパーシヴァルにではなく敢えてマーガレットへと向けた。
「そこに居る娘を引き取りに来たに決まっているでしょう――マーガレット、お前は本当に何をしているんだ!」
「そうよ! お姉さまったらワタシのパーシヴァルさまのお屋敷でお世話になるなんて、非常識にもほどがあるわ!」
「ジュリアの言う通りだわ。それに何かすれ違いがあったようだけれど、貴女の婚約者様も大層お怒りなのよ? 早く誤解を解くためにも今すぐに謝罪に向かわなければ……ね?」
「まったくだ! これ以上、我が伯爵家に泥を塗ることは断じて許さんぞッ!!」
ここぞとばかりに好き勝手言う三人の声を、マーガレットは冷静な面持ちで受け止めた。一人だったらもっと狼狽していただろうが、今は隣にパーシヴァルが居てくれる。何も恐れることはなかった。
「……伯爵様、奥様、ジュリア様」
マーガレットはこちらを睨みつけてくる三人に対して厳かに告げる。
「私はもう、伯爵家へは戻りません」
「なっ……なんだとッ!?」「嘘っ!?」「なにを……!?」
おそらくマーガレットが反抗するなど露ほども考えてはいなかったのだろう。驚愕する三人を見てパーシヴァルが思わずといった様子で小さく笑い声を上げた。それで我に返ったのか、伯爵が怒りの形相でパーシヴァルを睨みつける。
「何がおかしいんだね、パーシヴァル殿」
「いや失礼……あまりにも滑稽なものでつい」
「滑稽だと!?」
「ええ、だってそうでしょう? マーガレットは貴方たちの人形ではない。血の通った人間だ。その意思を無視している以上、反発されることなんて当然でしょうに」
パーシヴァルは口調こそ穏やかだったが、その声音はどこまでも冷たい。そこに滲むのは相手に対する侮蔑と軽蔑の色。正面からそれを浴びせられ伯爵は一瞬だけ怯む。が、すぐに反駁した。
「……はっ、何を言い出すかと思えば! マーガレットは伯爵家の娘だ。裁量は当主である私にある。いくらジュリアの婿とはいえ、伯爵家への干渉は越権行為と言わざるを得んぞ」
怒りで顔を赤くしながら鼻を鳴らす伯爵に対し、パーシヴァルは冷笑を返す。
「ええ、それはその通りですが――先に我が侯爵家を謀ろうとなさった貴方がたに言われる筋合いはないですね」
「っ……何のことだね?」
「この期に及んでとぼけるのであれば単刀直入に言いましょうか」
パーシヴァルは隣に座るマーガレットの手をそっと握る。すると向かい側のジュリアが思わずといった様子で立ち上がり声を荒らげた。
「ちょっと! なんでパーシヴァルさまがお姉さまの手を握るのよ! 相手が違うでしょ!?」
今にもこちらに突撃しそうなジュリアに、室内の壁際に控えていた侯爵家の使用人達がさっと近寄って牽制する。進路を的確に阻まれ、苛立ったジュリアがさらに甲高い声を上げようとしたところで――
「――私の妻はそこの猿のような女では決してない」
パーシヴァルがピシャリと言い放つ。
数秒の沈黙。そして一気に爆発した。
「さ、猿ですってぇ!? ふざけないでよ!!!」
「ジュ、ジュリアッ、少し落ち着きなさい……!」
「パーシヴァル殿! ジュリアに対して何たる言い草だ!! 己の妻をないがしろにするなど男として恥ずかしくはないのか!!!」
ヒートアップし続ける伯爵家の三人に、パーシヴァルはこれみよがしな溜息を吐いてみせる。
マーガレットは申し訳なさからパーシヴァルの手を握り返すと、
「……伯爵様」
毅然とした態度と声でハッキリと告げた。
「此度の入れ替わりについては既にパーシヴァル様へ全てお話いたしました」
「ッ!?!? 貴様ァ!!!」
「ですので、どう言い訳をなさっても無駄なのです。私自身が証人であり証拠なのですから」
「そういうことだ。勿論、裏は別でも取ってあるから安心して欲しい」
パーシヴァルがしれっと補足すれば、伯爵が顔色を赤から青へと変える。
その様子を尋常ではないと察知したらしい母娘は、攻撃の矛先を当然ながらマーガレットへと向けた。
「ちょっと!! アンタなにバラしてんのよ!! 信じらんない!!!」
「この役立たず!! お前なんてジュリアの役に立たなければ塵ほどの価値もないと言うのに!!」
聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせられても、マーガレットは落ち着き払っていた。
だが、
「――――黙れ」
パーシヴァルの方は看過出来なかったらしい。
地を這うような低音が室内を支配した瞬間、あれほど勢いのあった母娘の口がピタリと止まった。
どこまでも冷酷な表情を見せるサファイアの瞳に射抜かれ、二人は――否、伯爵も含めて三人は文字通り凍り付く。
「これ以上、ここで話をするのは無駄だろう。そもそもこの件は我々の手に余るとこちらは判断した」
「ッ!? ま……まさか!?」
いち早く反応したのは伯爵だった。瞠目する彼に対して、パーシヴァルは宣告する。
「既に本件は王族を見届け人としての審議案件として申し立てさせて貰った。審議が可決するまで重要参考人であるマーガレット・ワーズワースの身柄は伯爵家ではなく、王太子預かりとなっている」
これにはマーガレットも驚きから目を僅かに見張った。
だがこの場で疑問を呈することはせず、パーシヴァルを全面的に信じて話を委ねる。
「お前たちをここに通したのはその件を伝えるためだ。召還されれば断ることは出来ない。せいぜい都合のいい言い訳でも考えておくことだな」
「な……なぜ、そこまでする!? こんな些事に王家まで巻き込むと言うのか貴様は!?」
ブルブルと震えながら伯爵がパーシヴァルへと唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
対するパーシヴァルは、
「些事? そんな訳あるか。マーガレットは俺の唯一だ。貴様らが二度と手出し出来ないよう徹底的に叩き潰す――これは、宣戦布告だ」
ぞっとするほど美しく酷薄な笑みを浮かべた。




