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君と、もう一度。  作者: れんティ
バレンタインデー編
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バレンタインデー:其の二

 「お前、何個貰った?」

「おう、二個だ」

「残念、オレは三個だ」

「あ、テメェ! 裏切ったな!?」

「お前とは、別に何の盟約も交わしていないが?」

そんな会話を耳にするのも何度目か。教室内で繰り広げられる渡し渡され報告しあう姿は、今日一日、時間にして七時間半ほどの間に数え切れないほど見られた物だ。

 俺もまた、クラスメイトから数個、義理だとしっかり宣言されて渡された。俺の後方を気にしながらだったのには首を傾げざるを得ないが、まあ、何かあったのだろう。

 現実逃避気味にそんなことを考えながら、鞄に教科書類ともらったチョコを詰め込み、肩に担ぐ。

 扉へと踵を返したところで、声がかかった。

「お、朝陽。お前何個もらった?」

「……良樹。お前もか」

「俺はブルータスじゃないぞ」

「俺だってカエサルじゃない」

まあ、そんな会話は一旦脇に除け。

「で、お前は何個もらったんだ?」

やっぱり、その問いに戻るのか。まあ、言ったとして何になるような物じゃないから、別に忌避するわけではないが、何となく後ろめたさがある。

 誰に、とも何に、とも言わないが。

「三個。クラス内で配ってただろ」

チロルチョコを。あと、板チョコ。ああ、凝り性なのか、手作りの奴もいたな。

「ああ、三木と比崎と阿川か」

「そうだよ」

「ん? お前、真澄ちゃんとかからもらってないのか」

あえて千鶴の名前を出さないのは、なけなしの自制心か、それとも他の何かか。

「真澄は、チョコレートを配るとかで朝会ってないからな。くれるとしても部室だろう」

「綾野とかは?」

「部室でいっぺんに、とかだろ」

二人とも、くれる素振りも見せないのは不安だが。まあ、不安がるだけ無駄だろう。くれるならくれる。くれないならくれない。そんなものだ。

「お前こそ、どうなんだよ」

ふと、時計に目をやる。長針が十二を指すまで、後十分はある。会話を続けて問題ないだろう。

「オレか? オレは、十個だ」

「よかったな」

「冷てぇな、お前。少しは自慢させろよ」

「はいはい。よかったな」

「チッ、つれない奴だ」

「別に、もらった個数はそこまで関係ないだろ」

「大事なのは込められた気持ち、ってか? 馬鹿言え、そう簡単に本命が何個ももらえてたまるか。漫画じゃねぇんだ」

それもそうか。俺だって、生まれてこの方本命のチョコなんてものはもらったためしがない。ほいほいともらえるようなやつなら、俺はここにこうしていない。

「だから、数で張り合うんだよ」

「まず張り合うなよ」

長針が二目盛り進んだ。そろそろ行くか。

「じゃ、俺はそろそろ行くわ」

「お、引き留めて悪かったな。じゃあな」

 良樹と軽い挨拶を交わし、蜜柑やその他数名と話し込む千鶴に声を掛けるかどうか迷ってから、教室を出た。

 俺がこれから向かうのは、部室の二階上の左端。ぶら下がったプレートには多目的室と書かれているが、いまだかつて使われているのを見たことが無い。多くの目的を設定したはいいが多すぎてどれに使うべきかわからなくなったわけではない。そもそも目的ごとに教室は設定されており、それがたとえ数学の準備などという果たしてどれだけの用途があるのかさっぱり分からないものであろうが、教室が一つ割り当てられているのだ。つまり、あの教室はそれぞれ割り振った結果余った教室。初代の教師陣がその英知を結集した結果、多目的室という名目のみを与えられた不遇の一角。

 とはいえ、同情する必要も無いよな。相手は無機物だし。

 長々と書き連ねてみたものの、結局は空き教室。

 何故俺がそんなところに向かうのかと言えば、昼休みに来たメールが始まりだ。曰く、『放課後、四時に多目的室まで来て』。送り主は真澄。

 それがどんな意味を持つのか、理解できないほど俺は鈍感じゃない。

 だから。だけど。でも。だって。

 

 教室の扉の前に立って、腕時計を確認する。時刻は三時五十五分。どうやら、丁度いいくらいだったらしい。

 大きく息を吐いて、吸って。もう一度吐いて。

 エンドレスに続きそうな深呼吸を途中で打ち切って、扉に手をかけた。覚悟を決めて、ゆっくりと開く。

 薄暗がりに夕焼けが差し込み、その中心に立つ人影を照らし出す。電気も点けず、何をやっているんだと言おうとして、喉に引っかかったように止まる。

 振り向いた真澄は、遠い記憶と同じくらい、しおらしかったから。いつもの喜色満面な顔は鳴りを潜め、どこか寂しげに、儚く笑っている。端的に表現するのであれば、かわいいじゃなく、綺麗。その表現が真澄に当てはまるとは思えないけれど、目の前にいるのは、紛れもなく、『綺麗』としか言いようの無い真澄だった。

「あ……あさ兄ちゃん、一日会ってないからかな、久し振りな感じがするね」

あるかなきかの笑みを少しだけ深め、おどけるように首を傾げる。それすらも、いつもの様子とはかけ離れていた。

「そうか? ……待たせたみたいで悪いな」

「ううん、大丈夫」

今来たところ、なんてことを言わないのはきっと、安易な気遣いを嫌ったからか。それともごまかせないほど待っていたのか。前者であって欲しいところだ。

「それでね、こんなとこまで呼び出した理由は」

意図せずして、生唾を飲み込む。

 微笑を消した真澄が、後ろ手に持っていた小箱を体の前へ持ち上げる。

「……これを、渡したかったからなんだ」

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