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君と、もう一度。  作者: れんティ
バレンタインデー編
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バレンタインデー:其の一

 二月十四日。お菓子会社の策略に踊らされる日やら、全国一斉女子力テストやら、同じくモテ度テストやら、様々に呼び方が付けられた日。まあ、俗に言うバレンタインデーだ。

 「晴れなのに、寒々しいわね」

「昨日の夜からだからな。放射冷却現象のせいだろ」

「空気が澄んでるから、妙に空が高いせいでもあるわね」

天気は快晴。太陽光が雪によって照り返し、目が痛くなるような明るさを生んでいる。爽やかと言うよりは厳寒だが、まあいつものことだ。なんたって、ホワイトクリスマスどころか、十一月の終わりからホワイトな地方なんだから。

 とまあ、天気の話題で気を紛らわせてみても、千鶴の方を向きたい衝動は抑えられない。情けない事だが、今朝から気になってしょうがないのだ。

 千鶴は誰にチョコレートをあげるのか、本命はあるのか、それは誰なのか、そもそも俺は千鶴からもらえるのか、などと取りとめも無い思考が頭から離れない。何をやっても集中できない有様。

 昨日の夜、夕飯の片づけを終え、普段ならのんびりとテレビを観ながら雑談を交わす時間になって、千鶴がチョコレートを作り出したのも大きいのだろう。渡す人数を指折り数えてメモを取り、お菓子作りに関しては門外漢な俺には理解できないような行程を慣れた様子で行っていく千鶴を、俺は呆然と見ていることしかできなかった。

 どうやら、仲の良いクラスメイトやら、中学時代の友人やらには市販の物を送るらしかったが、文芸部員には手作りらしい。今時、律儀にそんなことをする奴なんて少数派だと思うが、何か思うところがあったのだろう。

 一応文芸部員であり、何の抵抗もなく家に泊めてもらえるほどには信用されているというか、まあ言ってしまえば他の部員よりは親しいであろうと思っている俺は、もらえることにはもらえるのであろうと考えているが、問題なのはもらえるか否かじゃない。

 そのチョコに、どんな意味が込められているかだ。嫌な言い方にはなるが、もらえる事は確定しているのだ。なにせ、製作者から宣言されているのだから。

――――朝陽の分もあるから、安心しなさい?

 どうやら、俺は相当不安そうだったらしい。まったくもって情けない事だ。

 しっかり気を引き締めて、授業に臨むとしよう。


 隣を歩く朝陽の様子を盗み見ながら、私は紙袋に詰め込まれたチョコレートに思いを馳せた。

 クラスメイトの三人と、樋口君には市販の物を。樋口君は、クリスマスにあんなことがあったから、おいそれと手作りなんて渡せないものね。

 それから、文芸部の、真澄ちゃん、蜜柑、小笠原先輩、天野先輩、清水君には、一般的なチョコクッキーを、五枚ずつ。

 朝陽には、少し豪華にトリュフチョコレート。これも紙袋の中に入れてある。理由は色々あるけど、一番の理由は、学校で渡す方が雰囲気が出るから。もちろん、帰宅後に渡してもそれはそれで特別な感じがあるけど、やっぱり学生なんだもの、学校で渡した方が面白いじゃない? それに、部活が終わって家に帰るまで、待たせるのもかわいそうだもの。

 昨日の夜、準備を始めた私を見る朝陽は、不安や期待が混ざった、複雑な瞳をしていたから。

 こんなきっかけが無いと動けない私が嫌になるけど、この、バレンタインデーというイベントに乗っかって、私は、朝陽に――――――――


 「いってきまーす!」

いつもの調子で家を飛び出したら、鞄の他に持っていた手提げ鞄ががしゃりと音を立てた。慌てて速度を緩めて、中のチョコが破損する可能性を提げる。人にあげる大事な物だから、ちゃんと管理しないと。

 今日は、朝のうちにチョコを配っておきたいから、あさ兄ちゃんたちとは別に、いつもより早く学校に向かってる。

「えっと、優衣ちゃんと、晴子ちゃんと……」

指折り数えて、総勢十五人くらい。中学校のときの友達で、他のクラスの子もいるから、やっぱり朝のうちに配って、それから、

「栄介君と……あさ兄ちゃん」

文芸部の人たちには、部活で行ったときに渡せばいいけど、あさ兄ちゃんだけは違う。

 あたしは、今日、チョコと一緒に、想いも渡すつもりだから。ちゃんと、言葉にして。

 タイミングを計って、チャンスを待って、失敗するのはもうやめたから。タイミングも、チャンスも、これ以上ないものが迫ってるから。これを活かさないと。

 じゃないと、きっと、あたしはもう二度と言えないから。

 ちづちゃんがいる。蜜柑先輩も、きっとあさ兄ちゃんが好き。二人とも可愛いし、綺麗だし、優しいし、気遣いもできる。あたしなんか及びもつかないほど、可愛いもん。

 けど、こればっかりは。負けられない。負けたくない。諦められない。諦めたくない。譲れない。譲りたくない。……二人には、渡さない。望みなんて、小数点第何位にあるのかすら定かじゃないけど、それでも、手を引くなんて選択肢はとうの昔に捨てたから。自分の意思で、やるって決めたから。

 わたしが、やりたいから。

 二人の後ろについて回って、抱きかかえた本の中で生きていた幼い『わたし』が。活発で、騒々しくて、あさ兄ちゃんに迷惑ばっかりかけてる『あたし』が。『柏木真澄』が、決めたことだから。

 これだけは、コインの裏表、どちらが出ても後悔はしない。

 しちゃ、いけない。

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