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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
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初詣:其の三

 「蜜柑さん、本当に送って行かなくて大丈夫か?」

心配そうに、純粋な好意から何度も問いかけてくる朝陽に、蜜柑は内心、恨みと喜びが混ざり合うのを感じながら、苦笑した。

「はい。実を言うとですね、着物を着てるので、帰りは親が迎えに来るんです。だから、私は鳥居で、親を待ちますから」

しかたなく、嘘をつく。親はまだ祖父母の家だ。蜜柑だけ、七時半には帰ると約束して、抜け出してきたのだから。今日は祖父母の家に泊まる手はずだった。

「それに、朝陽さんは千鶴ちゃんの家に居候中なんですよね? だったら、千鶴ちゃんを送っていくのが一番いいじゃないですか」

そんなことを言いながら、蜜柑は小さく唇を噛んだ。なんだってこんな、敵に塩を送ってなお、傷に唐辛子を塗るようなことを言わなきゃならないのか。

傷つくことから逃げている事も、その逃避を朝陽のせいにしていることも、解っている。それが嫌で、でもそうしたくて、渦巻く胸中を隠して。

 蜜柑は、笑った。

 それは苦しそうに引き攣った笑みかもしれないけれど、朝陽や千鶴にはお見通しなのかも知れないけれど、それでも、自分は大丈夫だと伝えるように。

「……分かった。何かあったら言ってくれ。走れば十分かからないから」

「ええ。わかりました」

心配そうに念を押した朝陽は、亜子と螢一郎の様子が気になるのか、ちらちらとそちらを窺いながら、栄介と話している。

 それもすぐに終わったらしく、それぞれがそれぞれの方向に歩き出した。

 ゆったりと歩く朝陽と千鶴の周りを飛び回るようにして、真澄が。栄介はそんな三人の様子を名残惜しげに見送ってから、反対側へ。螢一郎と亜子は人一人分の間を空けながら。

 そんな、三者三様の様子を見ながら、蜜柑は詰めていた息を吐いた。思いのほか大きなため息が漏れて、慌てて口を押さえる。まだ、視界の中には朝陽たちがいるのだ。こんな無様なところを見られるわけにはいかない。

 さりげなく車道側を歩き、時折転びかける真澄を庇いながら、のんびりと遠ざかっていくその後ろ姿から、目を逸らす。

――――優しいんですね、誰にでも

不意に思い浮かんだ卑屈な言葉が、自己嫌悪を加速させる。

 嫌だった。こんなにも醜い自分が。朝陽が絡むと途端に醜悪になるこの気持ちが。温かくて、輝いていたはずの気持ちは、いつしか腐ってしまったのかもしれない。無理やり抑えつけられ、閉じ込められ、蓋をされて。そんなことをすれば、どんなに綺麗な芽だって捻じ曲がるだろうに。

 家族のような三人が角の向こうに消えたのを確認してから、この格好で出せる最高速度で歩き出す。

 一刻も早く、祖父母の家に帰りたい。何も考えないでくつろげる、あの空間に。

 じゃないと、捻じ曲がった芽で呼吸が止まりそうだから。


 「じゃあね、あさ兄ちゃん、ちづちゃん」

少し遠回りしてまで作った時間も、これで終わり。さすがに、この角で曲がらないと、あたしの家はどんどん遠ざかっちゃう。だから、バイバイ。

「ああ、またな、真澄」

「ええ、またね、真澄ちゃん」

ほとんど同時に返ってきた返事に失笑しながら、大きく手を振って走り出す。

 一つ目の角を曲がったところで、足を止めた。

 力みすぎて痺れる右手を握ったり開いたりしながら、のんびりとした足取りで家に帰る。この通りは大きいし、参拝を終えた人たちで賑わってるから、あさ兄ちゃんも送るとは言わなかったんだね。それはそれで、ちょっと悲しいけど。

「わたしだって、一応女の子なんだけどなぁー」

少しだけ、愚痴っぽく呟いてみる。あ、一人称、間違えちゃったみたい。あさ兄ちゃんが近くにいなくて良かった。

何となく、今まで歩いた道を振り返ってみる。当たり前だけど、あさ兄ちゃんはいなかった。

 今頃はきっと、ちづちゃんと二人でのんびり道を歩いてるんだよね。お互いに見つめ合うとか甘酸っぱいものじゃなくて、同じ方向を向いて、何も言わなくても寄り添ってるような、熟成された雰囲気。

 あたしの学年でも、『文芸部の夫婦』と言えば結構有名なんだよ? なんて、こんなとこで呟いてみても、誰からもいらえはないんだけどさ。

――――あ、柏木さんって、安倍先輩たちと幼馴染なんでしょ? やっぱり、あの二人って付き合ってるの?

―――――――あの二人って、すごいよねー。なんか、夫婦ですって言われたら、はいそうですかって納得しちゃいそう!

 みんながみんな、あの二人のことを誉めそやす。夫婦みたい、家族って感じ、やっぱりお似合いだよね、なんて。そんな噂はきりが無いくらい。

 けど、あたしは知ってる。あの二人は、夫婦じゃないことを。確かに、いつも二人一緒で、二人だけの世界があって、お互いには本心からの笑みを見せてるけど、でも、夫婦じゃない。あさ兄ちゃんにとってちづちゃんは、傷を癒してくれる、いわば母親で、姉で、妹で、恋愛対象。ちづちゃんだって、きっと同じような感じ。でも、恋愛感情よりも先に、家族としての意識が来てるから、二人の間には桜色の空間が出来上がるんだよ。

 でもまあ、ちづちゃんはきっと、あさ兄ちゃんが大好きだ。それこそ、独り占めしたくなるくらいに。それには確信と自信があって、事実、あさ兄ちゃんが部活以外で女の子と話してると、目に見えて不機嫌になるもん。

――――――告白はゴールじゃないんだよ。俺たちはそれを理解できてなかったから、自分の気持ちを解らないまま、破綻へ進んだんだ。

自嘲気味に笑う螢一郎先輩の顔が思い浮かぶ。悲しそうで、でも吹っ切れた顔だった。

 告白はゴールじゃない。

 あたしは、ちづちゃんは、あさ兄ちゃんは、それが解ってるのかな。理解できてるのかな。家族としてなのか、恋人としてなのか。自分の気持ちを、把握できてるのかな。

 あたしに限って言えば、きっと肯定できる。

 だって、あたしはあさ兄ちゃんに触れたいんだもん。触れて、触れられて、手とか繋いで。そうやって、恋人として、あたしはあさ兄ちゃんと関わりたい。

 けど、あさ兄ちゃんが求めてるのは、体温。庇護者であり、理解者であり、受け止めて上げられるクッション。

 あたしは、それにはなれないけれど。

 あたしは……ううん。

 わたしは、あさ兄ちゃんが好きだから。

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