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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
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初詣:其の二

 「あ、私、ちょっと天野先輩たちの方に行ってきますね」

唐突にそう宣言した蜜柑さんが、微かに開いていた隙間に体を捻じ込むようにして、螢先輩たち一行の方へと駆けていく。いつも控えめな蜜柑さんが、人の迷惑も顧みず、もっと言えば俺たちの返事も聞かずに走っていくなんて、珍しいこともあるものだ。何か、用事でもあったんだろうか。

「……そういえば、小笠原先輩は、天野先輩の方に行かなくていいんですか?」

純粋な疑問だった。別に、からかってやろうとか、そういった意地の悪いことを考えていたわけじゃない。ただ、いつも一緒にいるはずで、いつも一緒にいるべきだと思っていた二人が、今日に限って別行動なのを疑問に思っただけだった。

 けれど、がわら先輩はぎょっとしたような表情で、俺を見ていた。けれど、その表情はすぐに消え、代わりに憔悴したように俯く。

「……何か、あったんですか?」

驚いて何も言えなくなった俺に代わって、千鶴が恐る恐る呟く。その問いに、がわら先輩はため息をついた。

「元々、言うつもりだったのだから、今でも構わないわよね」

独り言のようにそう零し、俺たちへ視線を合わせる。

 どこか、寂しそうで、悔しそうな顔だった。

「別れたのよ。私と、螢一郎は」

聞き慣れたはずの声で紡がれた聞き慣れた名前は、まるで異国の言葉のようだった。俺は一度たりとも、がわら先輩がそう呼んだところを見たことが無い。その態度が、言葉よりも雄弁に決別を物語っていた。

「そう、なんですか」

なんと反応して良いのか、そもそもここは反応していい場面なのか、混乱した頭で、何とかそれだけ搾り出す。

 その反応に、がわら先輩笑った。今にも壊れそうな、ギリギリの均衡を保った顔で。

「……理由を、聞いてもいいですか」

千鶴の問いは、首肯が返される。俺は今、がわら先輩にそんなことを喋らせるのは心苦しかったが、気を使いすぎるのもどうかと思い、黙っていた。

「……元々、疑問はあったのよ。付き合い始めても、私と螢一郎の距離は、まったく変わっていないみたいで」

でも、そんなものだと納得していた。とがわら先輩は言う。いきなり距離が縮まっても、戸惑うだけだと。これから少しずつ、変わっていくものなのだと。

「でも、変わらなかったわ。文化祭から付き合い始めて、一ヶ月経っても、二ヶ月経っても。私たちは、幼馴染としての距離のままだったのよ」

もちろん手を繋いで、キスだってして。なのに、どこか違ったという。本やテレビで見てきたような、キラキラと輝く恋人には、いつまで経ってもなれなかったのだと。

「……分かっていたのよ。心のどこかで。私たちは幼馴染であって、決して、恋愛対象として相手を見ていたわけではない事なんて。家族として、会話がしたくて、温もりを与えて欲しくて、与えたくて、相手のことが知りたくて、知って欲しくて。それを、あたかも恋愛感情のように勘違いしていただけ。それが叶うようになってしまったらっ……満足してしまったのよッ……!」

堪えきれなくなったように、がわら先輩が拳を握る。

 とりあえず人の流れから外れて、参道の脇に積みあがった雪の前へ誘導する。

 そこで、改めて話を聞くことにした。

「私たちが抱えていたのは、身を焦がすような、欲望混じりの恋慕ではなかったのよ。人肌のお湯みたいな、温かくて優しい想い。家族として、姉として、妹として、螢一郎を慕い、心配し、世話を焼く。そんな、家族としての好意だったの」

言葉を切った先輩が、小さく笑う。それは、寂しげなのに満足げな、不思議な魅力のある笑みだった。

「だから、上手くいかなかったのよ。私も、螢一郎も、恋人として、相手に望む事を自覚したときに浮かんだのは、恋人としてのスキンシップではなくて、家族としての関係だったのよ」

何も言えずに、ただ立ち尽くす。呆れたように苦笑したがわら先輩の表情は、痛々しかった。痛々しくて、何か言わなきゃならないのに、何も出て来ない。気持ちはこれ異常ないほど焦っているのに、声帯が鋼鉄に変わってしまったようだ。

「ごめんなさいね。お正月からこんな話題で」

「いえ、話を振ったのは俺たちですから」

焦ったように手を振って、先輩の謝罪を否定する。それ以外、何もできなかった。何一つ。してあげるべき事も、してあげたいことも、たくさんあったのに。

 やっぱ俺、ダメダメだな。

「そろそろ、行きませんか?」

その一言で我に返る。千鶴が語りかけたがわら先輩も、小さく頷いている。

 前を歩く二人が何か話しているのを見ながら、頭の中で響く声に耳を傾ける。

――――家族としての想い

――――相手に望む事

――――幼馴染としての距離

 どれも、他人事には思えなかった。現に俺と千鶴は幼馴染で、今も、友人と呼ぶには近すぎる距離だ。

 それは、家族として扱っているからなのだろうか。恋愛対象ではなく、家族として、相手を知りたいからなのだろうか。

――――逃げんなよ。可能性は可能性だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。

良樹の声が、反響する。可能性は可能性。後悔なら、後悔したときに泣けばいい。

 今は、自分の感情を、想いを、信じてみてもいいのかもしれない。


 小笠原先輩の話が、私に影響を与えなかったなんて言えば嘘になる。けど、深く悩むほどかと言われれば、その答えはいいえ。

 参拝も終わり、鳥居の前で別れてから、家への道を二人で歩く。少し腕を動かせば、簡単に触れられる距離。左側を少し見上げれば、すぐそこに朝陽の顔がある。

 でも、触れられない。それは、そんな短絡的な行動はダメだと分かってるから。子供みたいに、無邪気に触れられる年じゃないことくらい、解ってるから。

 それでも、触れてみたい。触れたくて、触れて欲しくて、知りたくて、知って欲しくて。私だけを見ていて欲しい。

 それは、家族としての思いなんかじゃ説明がつかないもの。狂おしいほどこの身を焼く感情が、人肌のお湯なんて比喩が当てはまるほど呑気なものだなんて、笑わせるわね。

 だから、私は悩まない。朝陽が振り向いてくれるなら、なんだってするのよ。

 私の視線に気づいた朝陽が、私を見て柔らかく無邪気に笑う。

 その笑みが、私だけに向いていて欲しいから。

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