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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
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初詣:其の一

 一月一日、午後五時三十分。余裕を持って家を出た俺たちは、約束よりも十五分ほど早く、混みあう鳥居の前に陣取っていた。元より、千鶴の家からこの神社まで、ゆっくり歩いても十五分かからない。少し早く出過ぎただろうか。

 と思った矢先、真澄と栄介が連れ立ってやってきた。真澄はともかく、清水がこんなに早く来るのは、少し驚きだ。

「あ、あさ兄ちゃん!」

音がしそうなほど手を振る真澄と、その隣で苦笑する栄介。

 そういえば、クリスマスのときも二人で出かけてたような。当事者二人にその気は無いのかもしれないけど、下衆な勘ぐりは避けられない。

 そんな考えを頭を振って追い払い、二人に向けて小さく笑う。

「あけましておめでとう、早かったな」

「あけましておめでとう」

俺たち二人の挨拶に、どこか気まずい表情を浮かべた栄介は、それでも律儀に頭を下げた。

「あけましておめでとうございます。先輩たちこそ、早かったですね」

「あけましておめでと! あたし、一番の自信あったんだけどな」

それに真澄が乗り、お決まりの挨拶を終えた俺たちは、来るべき質問に身構えた。

 けど。

「部長たちはまだですか?」

「ええ。清水くんたちだけよ。蜜柑もまだね」

「先輩たち、早かったですね」

「まあ、千鶴の家からだと、十五分かからないからな」

予想していた詰問は飛んで来なかった。

 「うーん、さすがに人多いねー。先輩たち、見つけられるかなぁ?」

真澄たちと合流してから数分、どうやら夕方から初詣に来る人も多いらしく、鳥居前は少しずつ混みあい始めた。夏休みの合宿で行った祭りまでではないが、それでも多い。

 少なくとも、まだ来ていない三人が俺たちを見つけられるかと不安になるくらいには、視界内の人は多かった。

「あら、それは杞憂みたいよ?」

千鶴の視線の先には、こちらに向けて大きく手を振る螢先輩の姿があった。

 そのまま人並みを掻き分けて、こっちへ向かってくる。どうやら相当人が多いらしく、さしもの先輩方も、人一人分の間が開いてしまっていた。

 「綾野さんはまだか。まあ、あけましておめでとう」

「今年もよろしくね、みんな」

「え、えと、お待たせしました! あけましておめでとうございます!」

先輩たちの後ろから駆けてきた蜜柑さんが、上気した頬を下げる。

 「……蜜柑先輩、きれいー!」

飛び交っていた挨拶が一段落ついた後、口火を切ったのは真澄だった。

 それもそのはず、現れた蜜柑さんは落ち着いた色の着物を着て、髪を後頭部の高い位置で結っていた。全員が、普段着よりかはマシ、と言う程度の洋服の中で、良くも悪くも目立っている。

「着物なんて着てきたんだな。びっくりしたよ」

「祖父母が、ちょっと昔気質で。昔から、贈られた着物を着て、元日に挨拶へ行くのが習慣なんです。それに……」

そこで蜜柑さんは言葉を切り、俺の方をちらりと見た。

「わざわざ朝から着付けたので、少し見せびらかしたくなっちゃって。着替えないまま来ちゃいました」

そう言ってはにかむ蜜柑さんに、思わず目を奪われる。

 慌てて頭を振って、会話へと意識を戻した。

「……目立ちすぎ、ですか?」

窺うような視線。そういえば、俺の言葉は少しとげとげしかったかもしれない。

「いや、似合ってるよ。正月って感じがして、俺は好きだ」

途端、ぱぁっ、と音がしそうなほど、蜜柑さんの顔が明るくなる。

 「んじゃまあ、そろそろ行くか。事前のルールは守れよ」

と先頭を切った螢先輩の後ろに真澄と清水がくっついて歩き出す。俺と千鶴、蜜柑さんの斜め後ろにがわら先輩がついて、こちらはこちらで後を追う。

 「結構混んでるのね」

「まあ、この辺りで一番大きな神社だものね。それに、午前中は忙しいから、夕方から夜にかけて御参りに来る人たちも多いらしいわよ」

前方を歩く螢先輩たちを見失わないよう、目を凝らしながら歩いていく。けれどそっちに集中すると周囲にぶつかることが多くなり、逆に周囲を避けることに集中すると螢先輩たちを見失いかける。

 仕方なく、どちらにもそこそこ気を使いながら、流れの中を歩む事にした。螢先輩たちに追いつくことはできないが、まあこの人出だ、仕方が無いことだろう。


 混み合う境内の中を、参拝者の流れに乗って進み、ついに本殿が視界に納まる。賽銭箱に小銭がぶつかる音、大きな鈴を力いっぱい鳴らす音、拍手の音。それらが引っ切り無しに鳴り響き、ちょっとした騒音を創りだしていた。

「私たちにとって見れば、この行動はお参りであって、神様への信仰心から来るものだけど……神様に取ってしてみれば、仕事がエスカレーター式に送り込まれるようなものよね」

本殿前の階段で順番を待つ間に、千鶴がそんなことを言い出した。それにつられて少し考えてみれば、確かに、神様からすれば、三桁を超える願い事が一日で届くのだ。目が回るどころの騒ぎではないだろう。てんでばらばらなそれらを把握するだけでも一苦労、これは確かに、願い事が叶わないわけだ。神様が把握できた上で記憶に残り、なおかつ願った人間が自分だと知っていてもらわなければならない。

「だから、願い事が叶わないんじゃないか?」

「それもそうね。私たちは、お願いするときに、名前すら名乗っていないのだから」

「じゃあ、名前と住所も付け加えて祈ってみますか?」

「それはそれで、神様の負担を増やすだけな気もするわね」

やっと視界が開け、本殿と賽銭箱が見えてくる。すでに手を合わせる螢先輩たちの姿がちらりと見えた。参拝客の中で、やけに深刻な顔をした三人は目立つ。

 賽銭箱の前に一列で並んで、賽銭を投げ入れる。拍手を打ってから、願い事を決めてないことに気がついて、慌てて探す。

 現状の打開や迫りくる受験、千鶴とのあれこれと色々あったが、とりあえずは。

――――仲直りとまではいかなくても、せめて会話くらいはできますように

閉じていた瞼を開け、一礼する。俺よりも少し早く顔を上げていた千鶴と目が合って、どちらとも無く笑った。


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