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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
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年越し:其の四

 『つまり、あさ兄ちゃんが家出した後、ちづちゃんの家に誕生日プレゼントを届けに行った』

「ええ」「ああ」

『そこでちづちゃんが流れで夜ご飯を出して、食べてるうちにあさ兄ちゃんが家出した事を話した』

「そうよ」「そうなるな」

『で、あさ兄ちゃんの行く先を心配したちづちゃんが引き止めてしばらく泊まることを提案した』

「……そうね」「そういうことだ」

『それをちづちゃんの両親も承諾して、そのままズルズルと同棲を続けてるんだ』

「そういうことよ」「……そういうことだけど、同棲じゃなくて俺が居候してるだけだ」

千鶴が真澄に説明を始めてから、三十分余りが経過している。寝起きで働かない頭で恐慌状態の真澄を宥め、経緯を一から説明するなんて重労働、元旦の朝には似つかわしくないな。

 ちなみに、俺が説明している間に千鶴は簡易的なおせち料理を出してきて、食卓は綺麗に彩られている。それを食べるのはいつになることやら。

 ソファに正座したまま、真澄の次の言葉を待つ。

『事情はわかったよ。だから、クリスマスに家を見せてって言ったとき、あんなに必死だったんでしょ? このことは言わないから、安心して?』

「悪いな、そうしてくれると助かる」

『小谷さんとこのシュークリーム、一つね』

「……わかった」

それくらいなら安い物だ。

 こういうとき、何も言わずに察してくれる真澄がありがたい。

 通話が終了した携帯の画面を見下ろしながら、大きくため息をつく。まさか、新年早々こんな展開になるとは思わなかった。

「朝陽、ご飯食べましょ」

思考から食卓へと意識を移すと、俺の携帯で何かを打っている千鶴がいた。

 「……何やってんの?」

「勝手に使ったのは悪かったわ。真澄ちゃんに言ったんだったら、先輩とか蜜柑とかには一応断っておくべきなんじゃないかと思って」

どうやら、トークアプリで一斉送信しているらしい。そういう思い切りの良さは、どこから来たんだ。

 送った文面を千鶴の携帯で確認して、してやったりといった風に笑う千鶴の顔を見比べる。

『あけましておめでとうございます、安倍です。唐突ですが報告を。今、朝陽が家出中で、十二月の頭から私の家に同居してます。真澄ちゃんにはもう言ったので、不都合が生じる前に伝えておくべきかと思いました。私と朝陽の携帯はほとんど外見に差異がないので、取り違えることがあるかもしれないですが、そのときは勝手に納得してください』

なんとまあ、露骨というかなんというか。まあ、確かに今後はそこまで気を使う必要がなくなるかもしれないが、元旦からこれは唐突過ぎないだろうか。早速、暇らしい清水が驚愕を伝えている。

 「ほら、冷めちゃうじゃない」

咎めるような口調に曖昧な笑みで返して、正座を崩して立ち上がる。

 おせちの並ぶ食卓は、じんわりと温かかった。


 携帯を耳に当てていた腕を、力なく下ろす。力の抜けた手から滑り落ちる寸前で携帯を掴み直すが、衝撃の吸収を許されなかった肘には鈍痛がある。微弱に腕を包むそれすらも苛立たしくて、あたしは叩きつけるように携帯を置いた。

 そのまま椅子に腰を下ろす。落とすって言った方が正しい気がするくらい、力強く、何の制御も無く。それによって生まれる痛みにまた苛立って、そんな自分に吐き気がした。

――――こんなの、最低だよ

 あさ兄ちゃんが家出するってことは、それくらい嫌な事があったはずなのに。きっとちづちゃんはそれを解って、認めて、寄り添ってあげたはずなのに。

 それを、羨ましいと思ってしまう自分が。

 どうしようもなく、嫌いになる。

 あさ兄ちゃんが苦しんでるのを、六年以上気づいてあげられなかったうつけ者の癖に。

 あさ兄ちゃんにたった一言伝えられない臆病者の癖に。

 この上、結果論を振りかざす愚か者になるなんて。

 それじゃあもう、救えないじゃん。

 それじゃあもう、あの二人の隣にいられないじゃん。

 一緒に笑う資格も、一緒に遊ぶ資格も、一緒に歩く資格も、友達だって言える資格も、全部失って。

 それでもまだ生きていられるほど、あたしはふてぶてしくない。

 そんなのは嫌だから、この醜悪な思いは胸の奥底に隠しておこう。

――――なんで、最初に頼ったのがあたしじゃないの? なんて。言えるはずないじゃん。

 思えば、いつだってそうだよね。

 あさ兄ちゃんが辛いとき、隣にはちづちゃんがいる。必ずと言っていいくらい。夏休みだって、今だって。

 その辛さを聴いてあげて、受け止めてあげて、それ以上の優しさで包み込んであげる。

いつまで経っても子供っぽくて、いつまで経っても『妹』でしかないあたしとは大違い。同じステージで、同じ目線で、同じ道で。

あさ兄ちゃんの隣にいられるのは、ちづちゃんであってあたしじゃないのかもしれない。あたしは、いつだって背中を追いかけてばっかだから。

 自然と、まるでそれが当たり前のようにあさ兄ちゃんの隣に並ぶちづちゃんが、最初は恨めしかった。憎かった。そこは、あたしの場所なんだって、心の中で叫んでた。

 けど、間違ってたのはあたしだった。

 だって、昔からあさ兄ちゃんの隣はちづちゃんだから。あたしはその後ろ。ぐんぐん駆け去っていく二人に半泣きで追いすがるだけの味噌っかす。

 ちづちゃんがいなくなって、自然と空席になったそこに割り込んだだけの盗人。持ち主が現れたら、返さなきゃならないのは自明の理だもん。

 だからって、諦めたくない。諦めたら、多分あたしは一生後悔するから。

 あ、泣きそう。

 ダメだよ。夕方には二人と会うのに。笑ってないとダメなのに。

――――真澄が笑ってくれるから、俺は生きてられるんだ。

 そんなことを言われたのは、中学のときだっけ。

 あの時は単純に舞い上がってたけど、今ならその意味が解るよ。

 高校に入るまでは、あたしの笑顔だけが、あさ兄ちゃんの感じる『温もり』だった。もちろん良樹先輩も小夜子先輩もいたけど、やっぱり、あさ兄ちゃんの中ではあたしだったんだと思う。

 だから、笑ってないと。

 内心どれだけ醜くても、辛くても、痛くても、悲しくても、悔しくても、あさ兄ちゃんの前でだけは、笑ってるって。

 あの日、あさ兄ちゃんの苦笑いを前に、決めたから。

 でも、今は、あたしの部屋の中でなら。

 唇を噛む。

 拳を握る。

 額に押し当てた拳の硬い感触が、今は心地よかった。

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