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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
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年越し:其の三

 カーテンの隙間から差し込む陽光が目を突き刺して、俺の起床を促す。仕方なく、目を開いた。

 ここ一ヶ月弱で見慣れた天井と、見慣れた家具。そして、見慣れた顔。いつもと変わらない、目覚めたときの視界だ。

 ……見慣れた顔?

 数度目をしばたく。ついでに左手で不恰好にこする。なぜ使い慣れない左手を使うのか、答えは簡単だ。右手が固定されていて使えないから。

 見慣れた顔の持ち主が、その胸に俺の右腕を抱え込んで抱き締めていた。

 さて、最初に浮かんだ問題に戻ろうか。

 何で、俺が使っている布団で千鶴が寝ているんだ。千鶴のベッドは俺の布団と部屋の反対側に位置していて、布団から落ちた拍子にとか寝ぼけていたとかそんな理由はありえない。そして、千鶴は俺を引っ張ってきて、きちんと寝かせたはずだ。眠くて判断力が落ちていたわけでもないだろう。

 つまり、わけがわからない。眠いから寝たなんてことは、千鶴に限ってないだろう。

 まあ、とりあえずこの状態を長く続けるのは精神衛生上良くない。すこぶる良くない。これでは二度寝も何もあったものじゃない。

 しかたない、起きるか。

 安らかに眠る千鶴の胸元から右腕をそっと引き抜く。柔らかい感触がしたのは気のせいだ。別に当たったとかそういうことではないし、仮にそんな事があったとしても不可抗力だ。そういうことにしてほしい。

 ほっと一息ついて、千鶴を起こさないように布団から抜け出す。枕元の腕時計が指す時間は午前八時。

 大きく伸びをして、遠慮のない欠伸を引き摺りながら居間へと下りる。カーテンの熱心な仕事により薄暗い居間には、当然の如く誰もいない。

 そういえば、千鶴より先に起きるのは初めてかもしれない。寝起きで上手く働かない頭で、そんなことを思う。

 誰もいない家なんて慣れきっているはずなのに、妙に寒々しく感じた。千鶴のいない風景が背筋を這いずり回り、全身の毛穴が収縮する。

 ……ストーブは、点いてるのか?

 ふとした疑問は、すぐに氷解する。タイマー設定により、二時間前から作動していた。つまり、この寒気は物理的なものではなく、精神的なものだ。

 風邪でも引いたのかな。

 唐突に響いたバイブレーション。棒立ちになった俺の硬直を解き、部屋全体に響き渡ったそれは、俺の携帯だ。

まあ、寝起きとは言え午前八時。誰かから電話がかかってきても不思議はないか。

 そんな軽い気持ちで携帯を持ち上げ、耳に当てた。

「もしもし?」

『……あれ、あさ兄ちゃん?』

「……ああ、真澄か。あけましておめでとう」

『……あ、え、っと……あけましておめでとう……?』

「どうかしたのか?」

挙動不審だ。

『……これ、ちづちゃんの携帯だよね……?』

「……は?」

耳に当てていた携帯を手元に戻し、しげしげと見つめる。ゆっくりと裏返すと――――俺のとは違う、くすんだ水色と銀のカバーがはまっていた。ちなみに、俺のカバーは銀と黒だ。似ても似つかないと思いがちだが、画面側から見ると側面の銀がよく似ている。

 幾度か手の中でためつすがめつした結果、結論はすぐに出た。

 この携帯は、俺のじゃない。千鶴のだ。

 今度から、間違えないように工夫するべきかもしれないな。

 そんなとりとめもないことを現実逃避気味に考えながら、手の中で沈黙する携帯を見つめる。今ここで通話を終了したら、初夢ってことでどうにかならないだろうか。ならないだろうな。履歴も残る上に、こんな強烈な記憶はそうそう消えないだろう。そして、夢で片付けるには、真澄の意識ははっきりしてそうだ。

 ……どうしようか。

『……あさ兄ちゃん? あれ、あたし間違えた?』

そのまま間違った事にして切ってくれ。

『でも、ちゃんとちづちゃんの名前になってるよね……』

ダメだったか。

 手元の携帯を凝視する俺の背後から、唐突に声がかかる。

「おはよう。あなたが私より早いなんて、珍しいわね」

タイミングが狙ったように凶悪だな。この状態で千鶴の声が電話口を通じて真澄へと届いてしまえば、明日には変態のレッテルを貼られてそうだ。

『あさ兄ちゃん? そこに誰かいるの?』

どうやらわかっていないような真澄の反応に、そっと胸を撫で下ろす。

 そんな安堵も束の間、千鶴がダメ押しを始める。

「あら、真澄ちゃんから電話?」

大きく伸びをしながらそんな事をのたまった千鶴は、それが意味することを把握するなり口を手で押さえた。どうやら、俺たち二人とも頭が働いていないらしい。

 そんなことを今更知ったところで後の祭り。

「……ちづちゃん、そこにいるの?」

仕方ないからスピーカーに変更する。この方が、千鶴も状況を把握しやすいだろ。

 そして、忍び足で近づいてきた千鶴は、俺が持っているのが千鶴の携帯である事、俺がこれ以上なく青ざめている事、そして携帯から発せられる真澄の困惑した声を順に見比べ、大きなため息と共に額に手を当てた。

「……交代するわ。着替えてきたらどう?」

そう言われて初めて、俺はまだ自分がパジャマのままだったことに気づいた。

「そうするよ。悪い、頼んだ」

「はいはい」

『なんで二人がこんな時間に一緒にいるの!? しかも携帯間違えてるし! どういうこと!? ねぇ、着替えるって何!?』

「落ち着いて、真澄ちゃん。全部一から説明するわ」

 千鶴には一番辛い役回りを押し付けてしまったかもしれないな。今度、なんか奢ってやろう。

 そういえば、大晦日にやっていた事は一年繰り返す、なんていう言葉があるらしい。

 それなら、元旦にやっていた事はどうなのだろう。とりあえず幸先は悪そうだ。

 そう思うと、自然と足取りは重くなった。

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