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君と、もう一度。  作者: れんティ
初詣編
83/126

年越し:其の二

 今年の紅白は赤組の勝ちで幕を閉じて、カウントダウンを兼ねたオーケストラが始まって。

 朝陽は、私の特等席に陣取って舟を漕いでいた。

 紅白の結果発表が行われ始めた頃から目がぼんやりとし始め、紅白が終わった頃には私との会話も切れ切れな上に上の空。有名な指揮者が司会者と談笑し始めた頃には既に頭の位置が定まっていなかった。

 どうやら、常に十二時には就寝しているから、体内時計がその時間には眠くなるように設定されちゃってるみたい。だから、いつも以上の夜更かしには慣れてないのね。

 一人で使うには大きいけど、二人で使うと少し手狭になる揺り椅子で、焦点の合っていない目を必死に開いている朝陽が面白く思えて、小さく吹き出す。

「寝たらいいじゃない。大丈夫、私が寝るときに起こすわ」

「……あー……頼む……」

間延びした、明らかに眠そうな声で返事を零した後、すぐに夢の世界へと旅立って行った朝陽から、テレビへと目を移す。後二分ほどらしく、演奏は続いている。こういう場面で演奏される曲は詳しくないから、何を演奏していて、それがどれくらい難しいのかなんてことはさっぱり分からないけど、とりあえず綺麗な曲ね。

 『ハッピーニューイヤー!』

時計の針は午前零時。日本が年明けを迎えると同時に演奏が終わり、紙吹雪が舞う。今年が去年に変わって、来年が今年に変わった瞬間。生まれてから十八回目の経験。もっとも、これまでのはほとんど記憶にないけど。

 興奮していながら静かな声で話を続けるアナウンサーの顔を一瞥して、寝る準備を始めるためにソファから腰を上げる。

 幸せそうに寝息を立てる朝陽の横にすべりこみたい衝動を必死に抑えつつ、ボイラーやストーブの処理を終える。

 一度控えめに震えた携帯は明日見ることにして、朝陽をどうやって二階の布団へ移そうか思案する。

元々広くもない私の部屋に無理やり布団を敷いて、朝陽は寝ている。私は別に同じベッドで全然問題はなかったのだけど、朝陽が頑なに譲らなかった結果ね。

 閑話休題。

 そういうわけだから、朝陽は私の部屋まで連れて行かないとならない。まあ、この揺り椅子は、私がお昼寝に使うこともあるから寝心地は保証するけど、暖房の入っていない部屋で一晩過ごせば風邪を引くわね。掛けてあげられるような毛布の類もないし。

 こんなに気持ち良さそうに眠る朝陽を起こすのは忍びないけど、しかたないわよね。

 それでも起こしていいものか迷いが生じて、朝陽の寝顔をぼんやりと見つめる。

 ふと、安らかだったはずの顔に険しさが過ぎった気がして、小さく首を傾げた。

「……ん……」

小さな呻き声。それだけなら、寝返りを打ったときの声とでも、揺り椅子の寝心地が気に入らなかったとでも、説明はつけられるけど。しわの寄った眉間と、苦しそうな表情を合わせると、選択肢は限りなく狭まって。

 「……や……あ……」

ましてや、辛そうな寝言まで始まったとなれば答えは自ずと見えてくるわね。

「……朝陽、大丈夫?」

控えめに言っても、大丈夫とは思えないけど。とりあえず返事があるかどうか確認してみる。

 予想通りというべきか、予想外というべきか、返答は寝言だった。それも、苦しげな吐息を多分に含んだ、何かに怯えるようなもの。

 それが夢のせいなら、今すぐ叩き起こすべきよね。

「朝陽、朝陽!」

両肩を正面から掴んで、小刻みに揺する。もう、起こしていいのかなんて迷いはない。起こさないと、私が耐えられないから。

「……ちづ……?」

「ええ。大丈夫? 私がわかる?」

「ちづ……ちづっ……!」

しゃがみこんで視線を合わせていた私に、朝陽の体重がそのままかかる。後ろに倒れそうになって、慌てて片足を下げることで体勢を保った。

「……何があったの?」

私の耳元で荒い息を繰り返す朝陽に、尋ねる。慎重に言葉を選んだはずのその問いに、朝陽は肩を小さく震わせた。

「……夢を見たんだよ。すごい悪夢を」

それだけ搾り出すと、私の背に腕を回してくる。小刻みに震えながら、それでも私を朝陽へと引き寄せ、固定する。

「……ちづ」

「ええ、何かしら?」

「……ここにいるよな」

「もちろんじゃない。ここにいるわ」

「……離れて行かないよなっ……!」

「ええ。心配しなくても、あなたは私の大切な友達だもの。見放したりしないわ」

あやすように、小さな子供に言い含めるように、朝陽の耳元で囁きながら背中を撫でる。

 自分がついた嘘に嫌気が差しながら。自分のやっている事に吐き気を催しながら。

「……ありがとう……ごめん。ちづとか、真澄とか、先輩とかが全員離れてく夢みてたから……」

「大丈夫よ。みんな良い人だもの。あなたのことは分かってくれて、それでも一緒にいてくれてるんだから」

「……そっか……そうかもね……」

ああ、また。

 本当なら、朝陽がなくした大人のピースを、私が埋めてあげるべきなのに。私は、何をやってるのかしら。

 朝陽が私から離れないように、離れられないように、わざと埋めないで残してる。

 大した道化ね。馬鹿みたいじゃない。そんなの、朝陽自身の気持ちじゃなくて、朝陽の精神状態が私を必要してるだけなのに。

 それでもいいからなんて、腕の力を強めてる私も大概なのかもしれないわね。

「……ありがとう、ちづ」

「いいのよ別に。ほら、寝ましょう? ストーブも消えてるわ」

小さく頷いた朝陽の手を引いて、階段を上がる。

 いつか破綻するなんてことは百も承知。

 けど、今はこれで。

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