当日:其の一
十二月二十四日。外は珍しく快晴だ。どうやら、世間一般には、ホワイトクリスマスじゃなくなってしまったらしい。
「朝陽、大丈夫なのかしら? ここにいて」
「ん? 何でだ?」
そんな午後二時。気だるげな休日の午後だ。暦は平日だが、まあ学生の特権と言う事で。
ソファと揺り椅子でそれぞれくつろぎながら、千鶴が始めた会話に乗った。
「だって、クリスマスイブよ? 真澄ちゃんなら、プレゼントとか持ってたずねて来るんじゃない?」
「あ、その点なら大丈夫」
自信に満ちた俺の態度に、千鶴の片眉が上がる。そんな顔しなくても。
「昨日、ちょっと家見せてって言われて、抵抗するの大変だったのよ? 今日も突然押しかけられるとか勘弁して欲しいんだけど」
それは初耳だ。まあ真澄のことだからそういうことは言いそうだけど、まさかあのタイミングで言うのか。
ちなみに、玄関開けるだけなら大丈夫だが、居間に入ろうものなら俺の持ち物がいたるところに我が物顔で居座っていて、あきらかに千鶴の一人暮らしではないとわかってしまう。それは、確かに避けたいだろう。一応千鶴の両親に許可は貰っているものの、学校なんかは、俺と千鶴の同居を容認してはくれないだろう。
閑話休題。
「真澄なら、清水を引っ張って、プレゼント選びに行ったぞ。確か、山内の方まで行くとか行ってたから、いきなりはこないだろ」
「……そう、ならいいんだけど」
まあ、あいつのことだ。来る前にはちゃんと連絡をよこすだろう。その辺はしっかりしている奴だ。そうなれば、ある程度片付けて、俺は自分の家に帰れば良い。
そんな打算を知ってか知らずか、千鶴は安心した様子で揺り椅子に深く腰掛けた。
それとは反対に、俺はソファから体を起こし、ジャンバーを羽織る。
「あら、どこか行くの?」
「ああ、まあな。今日はクリスマスだから」
とりあえず、ケーキとプレゼントを。
なんて正直に言うほど俺は性根が真っ直ぐじゃない。どちらかと言えば、サプライズで買って帰って驚かせたい方だ。
「まあ、四時頃には帰ってくるから」
「分かったわ。もしかしたら、私も買い物に行ってるかもしれないから、一応鍵は持って行って」
「了解」
普段制服やら鞄やらに入っている千鶴の家の鍵をポケットに突っ込んで、玄関を出る。
すっかり千鶴との同居に慣れてしまっていることに少々の罪悪感を覚えながら、商店街を抜ける。
まずは、プレゼントか。山内方面は真澄と出くわしそうだから避けて、俺は河崎の方に向かうか。
商店街から駅へと向かう道すがら、千鶴へのプレゼントを思案する。あいつのことだから、あんまりカラフルじゃない程度で、かつ女の子らしい方がいいのかもな。
意図せずして、歩幅が伸びた。
「栄介君、次はこっちね!」
楽しげに駆けていく真澄の後ろを追いかけながら、栄介は跳ね回るその後ろ姿に目を細めた。
現在、真澄の手にはたくさんの袋。どれも、真澄が先輩たちや友人に向けて買った、クリスマスプレゼントだ。その数は、栄介の記憶が正しければ十は下らない。
けれど、そのすべてを真澄は自分の手で、自分の力で持ち運んでいた。
それを持つ提案をしなかったわけではない。むしろ、何度も栄介は言ったのだ。「僕が少し持とうか」と。けれど、真澄はそのすべてに首を横に振った。
「柏木、荷物、本当に大丈夫か?」
それでも、心配になって、何度目かの声を掛ける。
それに対する返事は、にべもなかった。
「あ、だいじょぶだよ! これはあたしが、あたしの目的のために買ったんだから、栄介君に持たせるのは悪いよ」
そう考えられてしまう事自体、栄介にとっては悔しいと共に少しもどかしいものだ。常日頃から、栄介は真澄にとって、遠慮なく何でも話せるような存在でありたいと思っているのだから。
それは、今のように頼って欲しかったり、近くにいさせて欲しかったり、そんな、友人を超えた感情も含めて。
「ほらほら、置いてっちゃうよ!」
歩みを止めていた栄介に、再び真澄の声がかかる。それによって現実へと引き戻された栄介は、頭を振って思考を追い払った。
――――柏木は、八神先輩が好きなんだ
そこに割って入れるほど、栄介は強くなかった。今だって、荷物を取り上げて自分で担いでしまえばいいのに、伸ばそうとした手は腰の辺りで震えるだけ。意志よりも、頑なに抵抗されることが怖くて、強引な手に出られない。
――――いつだってそうだ。僕は、怖がってばかりで
小夜子のときも、手を振り払われることを恐れて、慰めてあげられなかった。真っ暗な自室で一人肩を震わせていた、大好きな姉を。
だからって、八神先輩に冷たく当たるのはどこか間違っていると、自分でも分かっているのに。責任転嫁は心地が良くて、自分が正しいつもりになれるから。
間違っているのは、自分なのに。
小夜子があんなに苦しんだのは、認めてあげる人間がいなかったからだ。両親だって、小夜子があんなに苦しんでいたのは知らない。
あれだけ辛そうな小夜子は、栄介しか知らないのに。「辛かったね」なんて、軽々しく言えなくて。
黙って、扉を閉めてしまった。
「栄介君、怒ってる?」
いつの間にか隣に来ていた真澄が、心配そうに栄介の顔を覗きこむ。
意図せずして上目遣いになった真澄の視線に顔が燃え上がり、反射的に顔を背ける。
「あ、やっぱり怒ってる? あたしが自分勝手に動くから」
「いや、怒ってないよ」
それでも、今はこのくらいの距離で。少なくとも隣にはいてくれるのだから。
なんて、そんな自分が嫌になる。




