パーティー:其の九
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
「私たちも楽しかったわ。ありがとう」
「お前ら、気をつけて帰れよ」
「ええ。分かってます」
玄関まで見送ってくれた先輩二人に挨拶して、数時間前に辿った道を戻る。周囲は真っ暗だ。
それもそのはず、現在時刻は午後八時半。冬じゃなくても日が落ちた時間だ。
そんな中にあっても、俺たちのテンションは下がらない。具体的に言えば、真澄と良樹がそのままで、それに栄介が釣られるような形だ。それを、俺と千鶴と蜜柑さんが一歩引いて見ている。
良樹はあれ以降何事もなかったかのように振舞っていて、俺もそれに便乗している。けれど、良樹に言われた言葉はまだ俺の頭の中をぐるぐる回っている。
「どうかしたんですか?」
不意に横合いから声が飛んできて、危うく凍った道路で足を滑らせるところだった。
「いや、別に。どうかしたのか?」
「いえ、さっきから上の空なので……」
「あ、悪い。なんか喋ってたか?」
「いえ。そういうわけではないんですけど……」
「あなたがぼんやりしてるのが、蜜柑は心配だったのよ」
しどろもどろの蜜柑さんをフォローするように、反対側から千鶴が入ってくる。なるほど、そういうわけか。
「悪い、大丈夫だから。ちょっと、神原駅についた後のこと考えてた」
半分本当で、半分嘘だ。ただまあ、これくらいの虚実のない交ぜは許して欲しいところだ。
「あの、どうしてそんなことを考えてたんですか?」
「ん? だって、この暗い中を女子だけで帰らせるわけにはいかないからな。どうやったら全員が少ない労力で安全に帰れるか、考えてた」
「相変わらずのフェミニストね」
「ここで誰かが襲われたら、目覚めが悪いだろ」
どうも、今日の千鶴は辛辣だ。まあ、理由は後で聞こう。おそらく教えてくれないだろうが、言わないよりマシだ。
「そうですか……そういえば、皆さんの家って、どのあたりなんですか?」
最後の問いかけは、前で騒いでいて真澄たちにも向けていたらしい。少しだけ声量が大きくなったそれは、しっかり届いていた。
「んー、私は、商店街の東口から、高校側に歩いて五分くらいだよ」
「僕は神原駅の向こう側です。駅から徒歩十分くらいですね」
「あ、なら清水だけ駅で合流とかすればよかったな、悪い」
「いえ、大した距離じゃないですから」
「オレは東口から……って、綾野も知ってるか」
「あ、はい。樋口さんのお家は知ってます」
「ところで、蜜柑さんの家はどの辺なんだ?」
「あ、私ですか? 高校のところからバスです。峰山の方なんですよ」
峰山といえば、高校からならバスで十分くらいか? まあ、遠くはないが、近いとも言えない。
それに、問題は他にもある。
「……結構、ばらけてるわね」
「そうだな。都合よく同じ方向、ってわけにはいかねぇか」
「どうしますか?」
「まあ、俺と良樹で三人手分けして送るよ。清水にわざわざこっちまで来させるわけにはいかないからな」
「僕は構いませんが。大した距離じゃないですし」
「まあ、人手が足りねぇわけじゃねぇから、気にすんな」
まあ、神原駅についてから考えればいいか。
そんな先延ばしを結論として、騒ぎの中に身を投じた。
「まーまま。で? 栄介は好きな人いんのか?」
「柏木には聞かないんですか?」
「じゃあ真澄ちゃんもだ」
「えー! あ、あたしも?」
「おう。誰か一人を問い詰めるのは不公平だからな」
「さっき俺を質問攻めにした罰だな」
「あさ兄ちゃんだって答えてないじゃん!」
「俺は、良樹には答えたぞ」
「まあそういうことで、免除だ」
「えぇー!」
前方から聞こえてくる、そろそろ近所迷惑になりそうな騒ぎ声を聞きながら、私は隣を歩く蜜柑を盗み見た。
どこか憂いを含んだ顔。眼鏡の奥に潜んだ目は、じっと一点だけを見つめてる。
朝陽の、背中を。
それはただ単にぼんやりしてた朝陽が心配なのかもしれないし、珍しくはしゃぐ彼が珍しいのかもしれない。見つめる理由は数多あれど、私は直感的に悟っていた。
蜜柑は、朝陽が好きだと。
朝陽を見つめる表情は、清水先輩とよく似ているから。叶わない想いを抱いて、それでも想い続けているのが、その表情でばればれだから。
でもまあ、蜜柑にはまだ希望があるんだけど。
その希望を私や真澄ちゃんが壊してしまうかもしれないことが、怖い。
「蜜柑、ぼんやりしてると危ないわよ」
「はっ、はい! すいません……」
「いえ、謝らなくて良いわ」
だから、そんな表情を見ない振りして、見ていなくて済むように。蜜柑の意識を私に向ける。向けさせる。
その間だけは、恋愛の事なんて気にせずに、普段通り友達でいられるから。
なんて、都合のいいことだけど。
本音を言ってしまえば、他の人が朝陽を見つめるのが嫌なだけ。
そんな事、私に言う権利も資格もないのだけど。怖がって足踏みしている今はまだ。
いつか朝陽の隣で、誰にも文句を言わせない立場から、視線を牽制したい、なんて。ちょっと猟奇的かしら。
その立場は、なんて言うのかしらね。




