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君と、もう一度。  作者: れんティ
クリスマス編
75/126

パーティー:其の八

 苛立ちを抑え込んで玄関扉を開き、外に出る。気温が一気に下がり、生理的な身震いに襲われた。

「お、朝陽か」

顔を上げた視界の先にいたのは、良樹。防寒具なんて待ったく身に着けず、空を見上げている。

 ふと、気づく。良樹の声が、揺れていることに。黒い線が入った視界の中で、空から、白い欠片が降ってきていることに。

「……ホワイトクリスマスなんだな」

思わずそう呟けば、良樹が笑い出す。それでも、どこか苦しそうだ。

「安倍とおんなじこと言うんだな」

「千鶴と?」

「おう、あいつもそう言ってた。そう言やぁ、幼馴染だもんな」

「まあ、感性は少し似てるのかもな」

何となく、今までを思い返す。そこまで、相反するものは見つけられなかった。

 「……で、お前はどうしたんだ?」

「ん? どうって、なんだ?」

「外の空気を吸いに来たなら、オレたちと一緒に出てくるだろ。そうじゃないってことは、オレたちがいなくなってから、外に出る理由ができたってことだ」

ああ、そういうことか。これは、説明しておいた方がいいのかもな。

「『好きな人』の話題で質問攻めにされたから、逃げてきたんだよ」

「へーぇ、あの面子でなぁ」

「意外な事に蜜柑さんが始めたんだよ。何考えたんだか」

俺の愚痴に、良樹は苦笑いだ。別に、そこまでおかしなことは言ってないと思うが。

「で、お前好きな人いんのか?」

今度は、俺が苦笑する番だった。

「せっかく逃げてきたのに、ここでも質問かよ」

「ま、いいじゃねぇか。答えろよ」

ニヤニヤと笑う良樹の圧力に白旗を上げて、せめてもの抵抗にため息をつく。

「そうだな、いるにはいるよ。けど、俺が好きになって良い相手じゃないから」

こいつなら、正直に答えてもいいと感じ、俺が思っていることそのままを伝える。その答えは、しかめられた顔だった。

「お前、ずっとそうだよな。自分はそういうの受け取っていい相手じゃないって、周囲の好意を受け取ろうとしねぇ」

けど、咎めるような視線だって、慣れている。向けられる敵意への対処法なんて、当の昔に知っていたことだ。

「当たり前だろ。俺はお前らみたいな友達がいることすらおこがましいんだから」

「小夜子先輩のときはもっと気楽じゃなかったか? 積極的じゃねぇけど今ほど避けてもいなかっただろ」

こわごわと黒い記憶を引き出しから取り出す。そこにいた自分は、良樹の言う通りだった。

「確かにな。あの時はまだ、自分の馬鹿さ加減に気がついてなかったから」

「まあいい。で、お前の好きな相手って、安倍だろ」

唐突な問いに、思考が凍結する。解凍してから良樹の問いを吟味していたら、倍以上の時間がかかっていた。

「は? いやちが……くないな。お前相手に隠しても仕方ないか。そうだよ」

「告ったりしねぇの? あいつを狙ってる奴、結構多いぜ」

……相変わらず、あっけらかんとした奴だ。俺は、そこまで割り切った考え方はできない。そもそも、俺があいつを想ってる事自体分不相応なのに。

「……言ったろ、俺は人を好きになるような資格なんてないんだよ」

「ッ!」

言った途端、言葉尻に被せるようにして良樹の目元がつりあがり、襟元を捻り上げられた。

 俺より少し背の高い良樹の顔が、斜め上から見下ろしてくる。互いの吐息が顔にかかる、至近距離といっていい間合い。俺はそこまで良樹が激昂する理由を掴めず、黙って見つめることしかできなかった。

「ふざけんなよテメェ!」

「なんだよ」

唾交じりの吐息に顔をしかめながら、あくまで冷静に良樹を見上げる。

「中二病こじらせるのもいい加減にしろ! 何だよ好きになる資格って。ふざけんな!」

「おい、良樹?どうした?」

喚き散らす良樹がさすがに心配になり、刺激しないよう胸元を押し返す。が、良樹はその手を跳ね除け、更に襟を掴む手に力を込めた。気道が軽く圧迫され、不快感が生じる。

「はっきりしろよ! 好きだけど資格ないから身を引くって、馬鹿じゃねぇの? そのくせ安倍が誰かと付き合い出したら悔しいんだろ? 身勝手もいい加減にしろよ!?」

「……けど、傷つけるよりマシだろ」

良樹が左拳を振り上げ、小刻みに震わせる。が、襲ってきた衝撃は腰の辺りだった。

 襟を掴んでいた手で地面に放り出され、身構えることもできずに尻餅をつく。

 見上げた良樹の顔は、今にも泣きそうだった。

「そんなこと言ったらオレだってそうだ! 天野先輩だって、瀬戸口だって。瀬戸口なんか、吉田泣かせたって、一週間落ち込んでたぞ!?」

何も言えない。それは俺の知らない事情で、普段周囲に気を回さない俺の悪癖が招いた無知だ。俺が言い繕える言葉を持っているはずがない。

「だから、オレらから恋愛する権利奪うなよッ! 本気で好きなんだったら、土俵に上がれ。しっかり勝負しろ! 土俵際から野次飛ばしてるような奴に負けたなんて、オレの沽券に関わるじゃねぇかッ!」

その叫びの中に看過しえない言葉を見つけ、思わず問い返す。

「お前……」

「おう、振られた。今さっきな。オレとはいい友達でいたいんだと。けど、お前に関してはまだ希望があるだろ。勝手に自己完結して諦めんなよ」

死にそうなほど悔しくて、死にそうなほど怒り狂っているはずなのに、良樹の表情は穏やかだ。いつも通りと言ってもいい。それを繕うために、どれだけの意志力が必要なのか、想像には難くない。俺自身、その難しさは身に沁みて理解している。

「いや、でもな……」

それでも言い募る俺に、良樹は大きくため息をついた。

 そして、もう一度俺の襟を掴んで立たせ、大きく頭を仰け反らせる。

 次の瞬間、額に大きな衝撃が走った。

 良樹も同じなのか、空いている手で額を押さえている。俺も、脳が揺れたような衝撃を味わっていた。けれど、その痛みが、遠慮容赦のない頭突きが、俺の思考を整理させていく。

「テメェ、いい加減に解れよな! 自分が欲しくて欲しくて仕方なくて、なのに手に入らなかったものを、持ってる奴に簡単に捨てられる気持ちがわかんのかよッ!?」

ついに、耐え切れなかったのか良樹の目に涙が滲む。それほどまでに、悔しかったのだろう。その気持ちをなんと呼ぶのか、そもそもどんな気分なのかすら俺には理解できないけれど、その辛さの片鱗は、今目の前にあった。

「ふざけんなよ……捨てるくらいならよこせよ。自分だってそれが必要なのに、なんでそんな簡単に手放せるんだよ……!」

押し殺したような叫びが、今までの吐き出すようなものじゃない、何かに必死に耐えているような声が、俺の罪悪感を解き放つ。俺の良心を、大きく強く削っていく。

「……悪い」

思わず口に出した謝罪。それを、良樹は鼻で一蹴した。

「謝る必要なんてねぇよ。これはオレの八つ当たりだしな」

「でも、俺はお前まで傷つけた」

もう、どうしようもないな。俺は、家で引きこもってた方がいいのかもしれない。

 俺の襟元から手を離した良樹は、俺が俯いたのを見て大きく舌を鳴らした。これ見よがしに、苛立ってますというアピールのために。

「それと、いい機会だから言っとく。お前の馬鹿なところは怒りで我を忘れて人を傷つけるところじゃねぇ。それを悲観して、最初から諦めてるところだ。今みたいに、自分を卑下して、最悪の可能性一つに怯えて、何にもしなくなるところだ」

唐突なアドバイスにきょとんと顔を上げた俺を、良樹は睨んだ。

「逃げんなよ。可能性は可能性だ。それ以上でもそれ以下でもねぇ。やってみねぇと最悪かどうかわかんねぇだろうが。んでやってみてダメだったら次に活かせ。後悔は後悔したときに泣け。するかどうかわかんねぇもんに怯えて諦めんのは、馬鹿のすることだ」

その言葉は、ゆっくりと俺の体に沁み込んで、奥底にまで届いた。今まで、否定されるばかりだった俺への、初めてのアドバイス。それは、俺の考え方の根本まで影響する力を孕んでいた。

「こんなこと、わざわざ教えてやるオレに感謝しろよ?」

「だな、ありがとう、良樹」

「じゃあ、オレも中入るわ」

そう言うと、俺の横を通って玄関の中へ消える。それを見送りながら、俺は良樹が見せた顔を、思い出していた。

 イタズラっぽくにやりと笑った顔。あんまり似合ってないな。

 激昂したときの顔。今思い返すとかなりの迫力だ。

 殴るのを堪えているときの、唇を噛んだ顔。辛そうだった。

 頭突きの後の、痛みに耐える顔。そんなになるなら、やらなきゃよかったのに。

 その後の、叫んだ顔。辛さと悲しさ、悔しさなんかが混ざり合って、痛々しかった。

 全部、俺のせいなんだよな。俺が馬鹿みたいなことしたから、言ったから、あいつはあんなにも辛そうに怒ったんだ。

 まったく、お人よしだとつくづく思う。あそこで俺を殴れば、多少なりともすっきりしただろうに。さよのように、気持ちの区切りを付けられただろうに。

 けど、あいつはそうしなかった。それはきっと、俺に気を使ったわけじゃなく、人を殴る事自体が嫌だったのだろう。あいつはそういう奴だ。気を使わせるのが嫌で、振られたくせに笑ってるんだ。

 本音を言えば、殴って欲しかった。お互いの、感情の整理のために。

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