パーティー:其の四
全員で囲んだ大きな机の他に、キッチンに作られたカウンターにも所狭しと料理が並ぶ。その中で、螢先輩が不意に立ち上がった。ちなみに、席順はがわら先輩、螢先輩、良樹、栄介、真澄、俺、千鶴だ。
とはいえ、それは予定された行動。誰もその行動に驚くことなく、自分のコップに手を伸ばす。注がれているのは、ジンジャーエール。ちなみに、料理の目処が立った後、俺が買ってきたものだ。俺と千鶴だけが知っている、『あの』ジンジャーエール。……ヤバイ、にやける。さあ、千鶴と俺を除く六人は、どういうリアクションを取ってくれるのだろうか。ちなみに、カウンターには空のコップが六つと普通のジュース。アフターケアは万全だ。
「じゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス!」
って、乾杯の音頭ってこれでいいのか?
そんな懸念はともかく、全員がコップを掲げ、頭上で軽く打ち付けあう。
そして、一斉に口を付けた。
俺と千鶴は恐ろしさを知っているから、微々たる量を舐めるだけ。そしてがわら先輩も、一気飲みなんてしないのか、俺たちより少し多い量を口に含んだ。そして、むせる。
で、他の五人はといえば。
「うおっ! ごほっ! な、何だこれ!」
「けほっ、けほっ、こほっ! な、なんなんですかこの飲み物!」
「うあっ! の、喉が……!」
「ひゃあうー! な、何これぇー!」
「こ、これ、結構きますね……!」
良樹は持ち前のノリでコップ一杯を一気に飲み干し、栄介は二口ほどを口に含んだ。螢先輩もコップの四分の一くらいを一気に飲み、真澄も半分を一気飲み。蜜柑さんも一口より多いくらいを飲んだらしい。
異口同音に炭酸の強さと生姜の効きを呻いた後、笑いを堪えるのに必死な俺を睨んでくる。がわら先輩は螢先輩の隣で便乗してるし、千鶴は呆れた顔でちびちびコップを傾けている。なにやら、四面楚歌な雰囲気になってきたぞ。
「このジュース、買って来たのって朝陽だよなぁ?」
「……ああ、そうだな」
まだ顔を引き攣らせた良樹が俺に厳しい視線を送るが、先のリアクションが頭をチラついて、そこまで怖さは感じない。
「ってことは、朝陽。味を知ってて買ってきたんだよな?」
「そりゃそうですよ」
「で、知っててあたしたちに飲ませたんだー」
「そういうことになるな」
「その反応を見たかったわけですか」
「ああ。まあな」
「朝陽さん。これおいしいですね」
「あ、だろ?」
ここで、空気を読まない蜜柑さんの発言。少しずつ俺の首を絞めている気だったらしい余人は、一様に不満と呆れを化合した視線を蜜柑さんに向ける。その意味を測りかねてか、蜜柑さん首を傾げるばかりだ。
「ああ、もういい!」
そして、蜜柑さんの発言で気勢を殺がれた被害者四人は、俺への断罪を諦めたらしい。
「八神君、嫌いな人がいた場合のケアまで考えて準備したのはいいけど、さすがにやりすぎよ」
その代わり、がわら先輩からの説教を食らってしまった。
とはいえ、ただ食らったのでは、イタズラの反応と釣り合わないので、もう一つ爆弾を投げておく。
「彼氏の仇ですか?」
「そ、そうよ」
俺としては、もう少し顔を赤らめたり視線を逸らしたりして欲しかったのだが、がわら先輩はどもっただけで終わってしまう。
ここは、真澄や良樹あたりに交代しておこう。
「やっぱ、付き合って二ヵ月半以上たつと、そんな意識が確立されるんですね」
案の定、入ってきたのは良樹だった。その二つ隣で、真澄もニマニマしながら二人を見ている。おあつらえ向きに隣り合った二人は、居心地の悪そうな顔だ。
ふと、首を傾げる。
斜め前で顔を逸らしあっている二人は、なんと言うか、甘くない。この二年間見続けてきたピンク色の雰囲気は、そこには無い。それどころか、隠しきれない闇色を見た気がして、咄嗟に思考を止めた。
「……とりあえず、飯食おうぜ」
「あー、これおいしい!」
「そう言ってもらえると、何よりね」
「亜子先輩が作ったんですか?」
「それはね。あとそれと、それは私が主に。後は二人の料理よ」
並んだ料理を皿に取って、各々が好きに食べていく。そんな形式だ。そして、自分が作った――千鶴と手分けしてだが――料理を褒められると言うのは、満更ではない。
「綾野、お前それ、飲めるのか?」
「え? あ、私、辛いものとか好きなんです」
良樹と蜜柑さんの会話を小耳に挟み、すかさず乗っかっていく。
「さすが。このジンジャーエール、なんか癖にならないか?」
「わかります! 喉が焼ける感覚があるのはそうなんですけど、それを押してでも飲みたいと言うか……!」
「そうそう! これ、林間学校のときに初めて飲んだんだけど、忘れられなくてさ」
どんどん会話が熱を帯びていく。それに伴って音量も血圧も上がっていく。
「あそこにあったんですか……飲みたかったですね」
「ま、今飲んでおけよ」
「柏木、それどこにあった?」
「ふむ? あそこだよ」
「ありがとう」
「安部、あの会話にはついていけないわ」
「私も、さすがに無理よ」
そんなにマニアックなことは言って無いのだが。はなはだ遺憾だ。確かに、千鶴は甘いものの方が好きだよな。
良樹と話す千鶴の笑顔が、なんだか癇に障って、蜜柑さんとの会話にのめりこんだ。




