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君と、もう一度。  作者: れんティ
文化祭編
61/126

文化祭:其の十三

 「俺、さ。お前のこと好きだ。ずっと前から」

つっかえつっかえ、けれど一息に言い切ってから、螢一郎は耐え切れずに目を逸らした。羞恥を押し切って亜子の顔を見る余裕も勇気もなく、ただ螢一郎は足元を見つめる。

どのくらい、そうしていただろうか。太陽の残光はいつの間にか消え、少しずつ部室は暗くなっていく。どちらも電気を点けるどころか微動だにせず、顔を逸らし続ける。

そんな状況の中、最初に動いたのは螢一郎だった。

「……悪い……」

告白を口に出してから、再び口を開くまでの間。そこに降りた沈黙の解釈を終え、螢一郎がもう一度息を吸ったとき、その口から出て行ったのは謝罪だった。

「変なこと言ったな。忘れ……」

すでに自分の告白を失敗だと考えていた螢一郎が顔を上げる。そこに広がったのは、亜子の真っ赤な泣き顔だった。

「な! あ、ど、どうした!? そんなに嫌だったか!?」

最後に亜子の泣き顔を見たのは、確か中二のときだった気がする。つまり、四年以上見ていないのだ。そんなものが唐突に目の前に展開されている。しかもその原因は螢一郎自身。動揺するなという方が無理だ。

「ち……違うの! あ、え、っとね。う、嬉しくて、ごめん、涙、止まらないの」

亜子はしきりに目元を拭うが、後から後から溢れてくる涙は止まらず、遂には頬を一筋流れ落ちていく。

螢一郎はといえば、オロオロとするばかりで決定的な行動には出られていなかった。

それでも、固まりかけた体に鞭打って開いた口は、間抜けで即物的な質問を紡ぐ。

「……『嬉しい』って……その……」

「ええ……ええ! 私も、好きよ」

亜子が伝える、たった二文字。けれど、それは蛍一郎の心に、消えない喜びを刻み込んだ。

――――きっと、俺は、この日のことを二度と忘れない。

蛍一郎は、そう確信した。


すっかり暗くなった屋上で、私は清水先輩が紡ぐ物語に聞き入っていた。

「……だから、破綻は当然だったんだ。アタシの『好き』は恋人の好き。けど、あさひの『好き』は家族のようなものだったんだと思う。あいつの家族事情は知ってる?」

唐突な問いに声を出せず、慌てて首肯を返す。けれど、清水先輩は私のその返答に満足したいらしいわね。

「だったら、話は早いね。あいつがアタシに求めてたのは、体温。人肌って言った方がいーかな。いつも傍にいて、認めて、受け入れてあげる存在。アタシが求めてたのは好意だから、食い違うのは必然じゃん? ……けど、アタシはそれに耐えられなかった。だから、ね。フっちゃった」

おどけた口調で締めた割りに、小夜子先輩の顔は晴れない。まるで、何かを強く後悔するように。果ての無い後悔に苛まれた人は、きっとこんな顔をするのね。どうしようもないことをどうにかしようと、もがいているみたい。

「千鶴ちゃんはさ、今のあさひ、どう? ……千鶴ちゃんから見て、どう感じる?」

私に求められた意見は妙に抽象的で、答えに窮する。けど、答えるべきことは決まっているから。私はそれを言葉にすれば良いだけ。

「今の朝陽は、自分を嫌ってます。人を傷つけてしまうから」

脳裏に浮かぶのは、夏休みに言った海での出来事。あの時、闇色の海を前に見た朝陽の目は、二度と忘れることはないわね。

「……やっぱりかー」

小夜子先輩の呟きは、予想の範囲内。元カノなら、朝陽がひた隠しにする口の悪さも、知ってて当然よね。

 「千鶴ちゃんは、朝陽が怒ると怖いの、知ってるよね」

「ええ。怖いというか、口が悪くなるというか」

「うん。けど、あさひが自分を嫌うのは、アタシのせいでもあるんだよね。アタシは今日、あさひと会ってそのことを謝るつもりだったんだ。あんたのせいじゃないって。アタシが勝手にやって、勝手に傷ついただけなんだって。アタシ、フるときひどいこと言っちゃったから。たぶん、あさひはそれを気に病んでる」

それを聞いて、私はさっきまでの自分が嫌いになった。清水先輩は純粋に朝陽を案じていたのに、私は意味の無い嫉妬に囚われてそれを邪魔した。なんて、愚かなのかしら。

「……ごめんなさい。私、それを邪魔しちゃいましたね」

「んー? いやいや、アタシも誰かに話して楽になったし。ま、普通元カノがでしゃばってきたら警戒するじゃん。ただでさえライバルはいるんだし」

「ライバル?」

「そ。あれ、知らなかった?真澄ちゃんも狙ってるんだよ」

「真澄ちゃんなら、知ってます」

「そっか。じゃあ、がんばってね。今も敵に塩を送ってるし」

その言葉に首を傾げるけど、そこで私は、朝陽と真澄ちゃんの二人を残してここにきたことを思い出した。ということは、つまり今二人きり?

私の表情の変化を読み取り、清水先輩はにんまりと笑った。

「やっと気づいたんだ」

そう言った清水先輩の背後で、大きな光の花が弾けた。


「わあー、綺麗だねー」

横で、真澄が感嘆する声がしている。その言葉は、俺の内心をも代弁するものだった。

間隔を空けつつ、何度も轟音とともに光の円が広がる。俺の隣でそれを見上げる真澄の顔は、楽しさが滲み出ている。

その顔が妙に眩しくて、俺はとっさに目を逸らす。俺なんかの隣にいることが不相応だと思えるほど、その顔は生き生きしていて、輝いていた。

真澄が俺の隣にいてくれるのは、かなり嬉しい。そしてその裏にある感情をはっきりと告げられたことは無いけれど、薄々分かっている。それを感じ取れるくらいの期間、俺はこいつの傍にいたから。

けれど、俺はその気持ちに応えることはできないだろう。俺にとって真澄は妹。それ以上でもそれ以下でもない。

だというのに、俺はいまだ、こいつに思わせぶりな態度をとっている。妹扱いだけど、友人よりも近い位置で。幼馴染で片付けるには不自然な距離で。

すべては、こいつが離れて行かないように。近いけど、決して届かない褒美を鼻先にぶら下げて、叶うはずの無い期待を抱かせて。隣で笑ってくれるように。人を傷つけてしまう俺でも笑わせられるんだと、安易な慰めを創り出すために。

嫌になる。自分のあまりの馬鹿さ加減に。あまりの汚さに。

真澄とは違う、自嘲的な笑いが込み上げてきた。

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