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君と、もう一度。  作者: れんティ
文化祭編
59/126

文化祭:其の十一

 「あ、螢先輩」

「ん? ああ、朝陽と良樹か。何してたんだ?」

「工作部のジオラマ見てました。妙に力はいってましたよ」

「だろうな。工作部って名前だけ聞いても、何やってるか想像できないだろ? こういうところでアピールしておきたいんだろうな」

「で、先輩方はデートですか?」

「ひ、樋口君? そ、そういうのではないのよ……!」

「ホント、幼馴染って感覚ずれてんですよね」

呆れたように、良樹がため息をつく。そんな事をされる筋合いは無いと思うんだが、げっそりとした顔をされると俺たちが悪いような気になってくるな。

 とりあえず、理由を尋ねてみる。

「どういう意味だよ」

「ホントに分かってねぇのかよ」

分からないから聞いてるんだろうが。

 とは言わず、黙って良樹を注視する。その行動で、俺の言わんとすることは伝わったようだった。もう一度これ見よがしにため息を吐き、良樹は口を開いた。

「あのな。基本的に授業で指定された以外に男女二人で行動するのは、半分以上デートだ。文化祭しかり。肝試ししかり」

そうなのか? いや、男女間の友情も十分ありうると思うんだが。

 反論しようと口を開いた俺を、良樹は手で制した。

「一般的な中学、高校の間ならな。だから、お前もそれを頭に入れておかないと敵を作るぞ。しかも、かなり悪質な」

 いつものように半ば茶化すような説教だったにもかかわらず、良樹の目に不思議な色を見た気がして、俺は首を捻った。

 とはいえ、それも長くは続かなかったわけだが。

 「朝陽」

三人一列で歩いていくその一歩後ろを歩いていると、螢先輩が唐突に俺と並ぶ。呼びかけとは真逆の深刻そうな顔を見て、俺も自然と耳を傾けざるを得なくなる。

「今日の後夜祭、何か予定はあるか?」

「……いえ、特には」

そんな事を聞くためだけに口を開いたんじゃない事は、何となく察しが着く。

「そうか。じゃあ、他の三人を連れてさっさと部室から離れて欲しい」

けど、その次に紡がれた言葉は、完全に予想の範囲外だった。そのせいで、少し反応が遅れる。

 「……分かりました」

その意味は、深く考えなくても分かる。

 「あら、一緒だったのね」

部室に入った俺を見て、開口一番千鶴はそんなことを言った。その意味を測りかねて首を傾げる俺に、くすり、と笑ってみせる。

「それ、癖なのね」

それが、首を傾げる動作を指しているのに気づき、慌てて首を垂直に戻した。

 「清水、売り上げは?」

「あ、はい。二十部です」

「お、結構売れたな。例年より少し早いくらいじゃないか?」

「そうね。去年はこの時点でまだ二十部は残っていたはずだから」

「あ、オレにも一部ください」

「四百円だ」

「はいはい」

四枚の硬貨と引き換えに、文集を手渡す。それをさっさと鞄にしまいこんだ良樹は、勝手知ったるなんとやら、椅子を引っ張り出して腰掛けた。

 「で、お昼にするんだよね?」

「もちろんだ。昼を抜く意味も必要も無いだろ」

 右に倣えの姿勢で、それぞれ机や椅子に着く。好き勝手に弁当や購買のパンを広げ、口に運んでいく。

 俺は、いつも通り千鶴特製の弁当だ。あれほど気に入っていたくるみパンと牛乳のセットにはもう戻れないだろうな。そう確信させるほど、千鶴の弁当は魅力的だった。

 「まったく、毎日毎日愛妻弁当とは羨ましい事この上ねぇな」

「だ、そうですよ螢先輩」

「は?」

「え? いや、その、別に私はそういうつもりじゃ……!」

「これは、作ってくれるというから俺もそれに乗っただけで……!」

「ちげぇよ! お前に言ったんだ朝陽!」

「え、マジ?」

「あったりまえだこの野郎! 毎日安倍に弁当作ってもらうとか、ホント羨ましいぞ」

口の中の焼きそばパンが飛び出てきそうだ。何をそんなに興奮しているんだ。

「じゃあお前も作ってもらえよ」

「あ、そうだな。じゃあ……って、そんな相手がいるわけねぇだろ!」

「残念な人ですね」

「えーいーすーけー? お前今なんて言った!」

「残念な人ですねって言ったんです」

「もっぺん言ってみろ!」

「何度でも言いますけど、樋口先輩は耐えられるんですか?」

「耐えられるわけねぇだろうが! てか、お前こそいんのかよ!」

「いえ、今のところは」

「じゃあお前だって残念じゃねぇか!」

「でも、僕は自分が購買のパンで、友達が彼女手製の弁当だからって僻むほど卑屈じゃないですし。相手がいない事じゃなくて、そっちを残念だって言ったんです」

「言うじゃねぇかお前、よし、表に出ろ」

「食事中なのでお断りします。校舎裏に男と行って何が面白いんですか」

そこで、俺は耐えられなくなって腰を折った。良樹も破顔する。

「な、何が面白いんですか!」

「いや、その校舎裏云々はさ、俺が良樹と言い合うときに毎回言ってたんだよ」

「そうそう! 大体最後はオレが表に出ろ! って言って、お前がそう返すんだよな!」

「な! 八神先輩と同じ事を自分の意思で言ったなんて、末代までの恥です!」

「おい、何もそこまで言う必要ないだろ」

「そうだよ! 小夜子先輩とさっき会えたからってテンション上げすぎだよ!」

「ち、違うって!」

「何だ、小夜子先輩ここに来たんか?」

「うん、十一時くらいに。一通り話して、一部買って帰りましたよ」

「え、樋口先輩も知り合いなんですか?」

「知り合いって、中学高校って、同じバスケ部だぞ。男女で別だったけど、そんなのほとんど関係ないし」

「元々、良樹経由で会ったんだよな」

「そうそう、大体いつもオレと小夜子先輩が一緒に玄関まで来て、朝陽と合流してから帰るって流れだったよな」

 話していると、懐かしさが込み上げてくる。できれば思い出したくない記憶とはいえ、懐かしいものは懐かしいのだ。

「じゃあ、良樹先輩が元凶ですね」

「あーあ、良樹、栄介に敵認定されたぞ」

「げ、マジ? てか、天野先輩、敵認定されるとどうなるんすか」

「徹底的に嫌われる」

「地味だけどキツイな……」

「栄介君、やりすぎたらダメだよ?」

「柏木、僕もそれくらい弁えてはいるんだけど」

「そんな風に見えないもん!」

「おお、何だ。お前らそういう仲なのか」

「ううん。クラスメイトですよ」

「そういうことです。節穴ですか?」

「ああ、良樹は残念な事に節穴だ」

「お前!」

「八神先輩は黙っててください」

「手厳しいな、おい」

「いい気味だな。寝返るからそうなんだ!」

「特に寝返ってないぞ。俺は元からお前の陣営になどいない」

「良樹先輩、いい気味です」

「オレは卵じゃないぞ」

「そっちの黄身じゃないです!」

 そんな事をしているうちに、昼食時間は終わりを告げる。喋りながら弁当をつついていても終わるんだから、かなり長く取られているのかも知れないな。

 「じゃあ、俺と螢先輩、がわら先輩が店番ですね」

「ああ。じゃあ、午前の三人は楽しんで来い」

「あ、工作部のジオラマがかなり凄かったぞ」

「へー! じゃあ、栄介君、行ってみようよ!」

「なあ、俺の感性がずれてるのか? お前らがずれてるのか?」

「さあ、人それぞれなんじゃないかしら」

 真澄は清水と回るらしいが、千鶴はどうするんだろうか。

「じゃあ、安倍は借りてくぞ、朝陽」

「好きにしろ」

何だ、良樹と回るのか。

 部室を出て行く良樹と目が合う。そこにあった色に、俺は息を呑んだ。

 それは、挑むような光。……どうしてだ?

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