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君と、もう一度。  作者: れんティ
文化祭編
53/126

文化祭:其の五

 「えと、あ、ありがとうございました!」

「ガイドありがとうね」

「じゃあ、がんばれ」

美術部を出て、次はどこへ行こうかとしおりの活動紹介に目を通す。

「あら、このイベント、そろそろじゃない?」

横から覗き込んでいた千鶴が指差したのは、神原高校三大文化部のうち一つ、料理研究部主催のイベントだった。ちなみに、後二つは軽音楽部と演劇部だ。

閑話休題。しおりに記載された受付開始時間は午前十時十五分。今十時ちょうどだから、ここから開催地まで移動すればそれくらいか。

「ああ、じゃあこれにするか? 料理コンテストらしいけど」

「二人一組ね。あなた料理は?」

「まあ、一応六年ほど自炊してるわけだし」

「……そうだったわね。じゃあ参加しましょ」

「意外だな、お前が積極的に参加するなんて」

「あら、私だって高二よ? イベントを楽しむつもりがないわけじゃないわ」

「ま、それもそうか」

何となく、千鶴はいつも冷静というか冷淡で、あんまり行事その他を積極的に楽しもう、っていう気概に満ちているようなイメージではなかったから。まあ、今もそこまでテンションが上がっているわけじゃないが。

 俺の手元で広げられたしおりを覗き込むその横顔に、一般的に言えば微かな、けれど今までと比べれば格段に大きな笑みが浮かんでいるのが目に留まる。たったそれだけのことなのに、俺の心臓は蹴り上げられたように高鳴り、頬が熱くなっていく。顔に集中する血液が、養分や酸素以外にも嬉しさまで持ってきたようだ。内臓にかかる重力が軽減されたような気分さえしてくる。よく分からない感情のごった煮に、体が震えた。

 俺の前だって、千鶴は笑ってくれる。

 その事実だけで、俺は今まで十七年間の生涯が報われた気がした。

 「朝陽? 大丈夫なの?」

「ん? ああ、大丈夫だけど」

「そう、ならいいけど」

 渡り廊下を戻って、生徒玄関からグラウンドに出る。水が撒かれて黒くなったグラウンドへと通じる階段の脇で、受付と思しき机に座る男子生徒がいた。

 「あ、もしかしてイベント参加者ですか?」

にこやかに話しかけてきた男子生徒に首肯を返して、机に近づく。

「で、参加登録みたいなのが必要なのか?」

「ええ。あ、後、会場準備の関係で、先着五組までです」

「あら、間に合ったのかしら?」

「えっと……あ、大丈夫です。危なかったですね、お二人で最後です」

「分かった。で、どうすればいい?」

「あ、ここに学年、組、名前。後コンビ名を何かお願いします」

 率先してペンを取った千鶴がスラスラと必要事項を記入していくのを見ながら、携帯で時間を確認する。

 ……午前、十時十九分。

 受付開始時間は十時十五分だったはずだから、まだ四分しか経ってないのに先着五組が埋まっている。そんなに気合が入ってる奴らなのか。なんだろう、俺たちの気負い方が場違いに思えてきたな。

 「朝陽、あなたも」

「了解」

 まあ、やるだけやりますか。

 

 『午前十時三十分になりました。料理研究会主催「ワイルドキッチン」、ここに開幕です!』

合唱部の中庭コンサートが終わって、さて次はどうしようかと言い出したあたしたちの耳に飛び込んできたのは、そんなアナウンスだった。

 「あ! そういえばグラウンドでやるって言ってたね。行って見よ?」

「いーね! うちそういうの見るの好きなんだよね!」

「じゃあ、そうと決まれば行ってみようよ!」

三々五々、去っていく観客の間をすり抜けて、グラウンドへと走る。その間にも、アナウンスは次々と流れていた。

 『ワイルドキッチン、一日目。大勢のコンビがエントリーしてくれましたが、会場の関係で先着五組とさせていただきました。参加できなかった方、明日も同じ時間帯にやりますから!またエントリーをお願いします!』

 

 『さて、露骨な宣伝は置いておきましょうか。今回争う五組は、こちらです!』

 置いておくくらいなら、やらなくてもよかったんじゃない。

 そんな言葉は呑みこんで。戦う事になった周囲四組を見回してみる。

『一組目! なんとエントリー時間は十時十五分二秒! コンビ・みらくる!』

一番左端のキッチンを割り当てられていた、女子生徒二人が手を振る。一人の爪が長いわね。あんまり料理をしないのかしら。

 『二組目! コンビ・あじよし!』

その右隣で、今度は男子生徒二人。一人はクラスメイトね。確か、市村君だったかしら。確かに、調理実習では活躍してたわね。

 『三組目! コンビ・神高生徒会書記!』

丁度、司会者が立っている演台の真正面に位置するキッチンで、男女ペアが拳を振り上げる。コンビ名の通り、どちらも神原高校生徒会書記。男子生徒の方が一年生だったかしら。

 『四組目! コンビ・妙味!』

みょうみ?どういう意味かしら。後で朝陽に聞いておきましょ。

 私たちの隣のキッチンを割り振られたのは、三年生らしき女子生徒二人組。どちらも爪が長い上にマニキュアまで塗ってある。どう考えても、料理をする人の手じゃないわ。

 『五組目! コンビ・ブレイカーズ!』

右端に位置する私たちに、視線が集中する。とりあえず朝陽と手分けして四方に会釈をしておく。ちなみに、コンビ名は私達の小説から取ったわ。文集の名前だと、文芸部を巻き込むことになるもの。

 「品目は、豚汁とかき揚げ丼でどうだ?」

不意に耳元で囁かれて、飛び上がりそうになる。何とか堪えて頷いたけど、耳にかかった吐息や、少しトーンが落ちて低くなった声は、しばらく忘れられないわね。

 『さーて! ルールの説明に映ります! 先ほども言いましたが、時間は六十分間で、一組最低二品は作ること! 品数の上限は設定しませんが、六十分に収まる範囲内で!

 それでは、ワイルドキッチン、スタートッ!』

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