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君と、もう一度。  作者: れんティ
文化祭編
52/126

文化祭:其の四

 軽音楽部の演奏は終了し、吹奏楽部との交代でステージから控えめな音が聞こえてくる。その合間で、半分以上の生徒が体育館を出て行っている。

「真澄、行こうよ。中庭で合唱部が準備してるんだって」

「あ、分かった! じゃあ、あさ兄ちゃん、ちづちゃん、また後でね!」

「おう、楽しんでこいよ」

「んじゃあ、オレも行くわ」

「私たちも行きましょう?」

さっさと立ち上がった千鶴に次いで、体育館を出る。

俺たちが当面の目的地とした美術部の展示は、美術室で行われている。そして、美術室は東棟一階の角だ。

開会式が終わってすぐにこんなところに来る物好きはいないのか、美術室内に、係員と思しき生徒以外に人影は無かった。学校特有の、立て付けの悪い引き戸を開けた俺たちに、視線が突き刺さる。

「あ、え、えと、い、いらっしゃいませ!」

丁度扉のすぐ横に立っていた蜜柑さんが、勢いよく頭を下げる。その拍子に、眼鏡が落ちた。

「あ、す、すいません!」

「蜜柑、慌てなくていいわよ」

「あ、千鶴ちゃん。いらっしゃいませです!」

 「蜜柑さん、眼鏡だったんだな」

眼鏡を拾ってかけ直した蜜柑さんに、少しは場が和むかとありきたりな質問を投げかける。狙い通り、蜜柑さんは気を持ち直したようだった。

「あ、はい。いつもはコンタクトなんですけど、今日は眼鏡で来いって言われて」

「まあ、蜜柑の様子だと眼鏡の方がそれっぽいものね」

千鶴の言わんとする事を察し、同意する。意味の通じていない蜜柑さんはきょとんとした表情で首をかしげた。うん。確かにそれっぽい。

 「とりあえず、見て回るか」

「そうね。蜜柑、邪魔してごめんなさいね」

「え、あの、お、教えてくださいよ!」

腑に落ちない蜜柑さんが食い下がり、飾られた絵画を眺める俺たちの後ろからしきりに問いかける。

「あの、教えてくださいよ。何がそれっぽいんですか?……あ、教えないんだったらガイドしませんよ?」

告げられた交換条件に、千鶴が率先して首をかしげた。

「ガイドって、どういうこと?」

「あ、はい。お客さんが多くなると手が回らなくなるかもしれないんですけど、とりあえず、回るところまでは部員がガイドとしてお客さんに付くんです。一組一人。で、絵画に関しては説明をしようってことになってます」

なるほど。何となく制度が分かった。つまり、俺たちは創作者特有のあるあるキャラについて、この純真な少女に解説しなきゃならないわけか。でないとガイドをしてもらえないと。……言ってて恥ずかしくなってきた。

「じゃあ、蜜柑さん。蜜柑さんみたいに、常に敬語で、ちょっとおどおどしてるキャラクターを、二人か三人思い描いてみてくれ」

 唐突な指示に目を丸くした蜜柑さんが、中空を見つめる。そして、ぽんと手を打った。

「みんな、眼鏡かけてますね……なるほど、そういうことですか!」

「ええ。大体、眼鏡をかけたキャラクターって、蜜柑みたいに敬語だったり、ちょっとコミュニケーションが苦手だったりするのよ。大方、あなたに眼鏡を指示した先輩もそれが分かってて言ったのね」

教えたはいいが、教えてよかったのかと少々の後悔が無い事もない。一つ、蜜柑さんを汚してしまった感覚がある。隣の千鶴も同じ様な考えなのか、複雑な表情をしていた。

「じゃあ、約束なのでガイドをしますね。この絵は、部長が夏のコンクールのときに……」

始まった蜜柑さんのガイドというか解説に、微かな歌声が混じっていた。


 体育館を出て、渡り廊下に向かう。あたしはクラスメイトである晴子ちゃんと優衣ちゃんに混じって三人で、合唱部の中庭コンサートを最初に見る予定だった。

「そういえばさ、真澄、諦めちゃったの?」

唐突に口を開いたのは、晴子ちゃんだった。いきなりなその質問の意図を測りかねて、曖昧に首を傾げることしかできない。

「だって、八神先輩と安倍先輩、もう付き合ってるんじゃないの?」

「ううん! そんなことないよ!」

「えー? でも、昨日も、そんな会話してたよ?」

「え? 嘘!?」

昨日はずっと、クラスか部室だったから、そんな会話をする暇なんてなかったはずなのに。というか、何で私はそんな事を把握してるのかな。そんなに目で追っちゃってるの?

「うちね、昨日部室の掃除とかするのに、特別棟の二階、通ったんだ。そしたら、二人で雑巾持った先輩たちとすれ違ったの。ちょっと話が聞こえたんだけど、その時、安倍先輩が文化祭一緒に回ろうって言い出して、面白いから走るスピード落として聞いてたら、八神先輩が、『でも俺、お前と回るの決定事項みたいに考えてたな』って! もう、付き合ってるとかそういうの以上に夫婦みたいで!」

恋愛沙汰には目が無いと豪語する優衣ちゃんが大はしゃぎで喋り出して、晴子ちゃんも乗っていく。

「あの二人ってそういうとこあるらしいんだよね! こないだも、兄貴が言ってたんだけど、あの二人って大体の会話は「あなた」と「お前」で済ませちゃうんだって! もう以心伝心じゃん!」

「そうそう! ほとんど一緒にいるし!」

いつもなら今まで読んだ漫画とか本とかの話を使って油を注ぐんだけど、この話題だとそうはいかないから、あたしは黙ってる。だって、二人の会話を、あたしの知ってる情報を突っ込んでもっと面白くしたとしても、あたしは胸の痛みでそれどころじゃないだろうし。今話してる内容だけでも我慢の限界が近いのに。

 勉強会の日に見た、あさ兄ちゃんの顔が過ぎる。あんな顔、しちゃだめだよ。嫉妬は、相手への好意を醜い形で曝け出すだけなんだよ?

 ちづちゃんの想いも分かってる。あさ兄ちゃんは分かってないみたいだけど。あさ兄ちゃんが一緒のときにあんまり笑わないのは、恥ずかしいからなんでしょ? どうして良いか分かんなくなってるからだもんね?

 そういうあたしだって、言葉じゃ言えないから態度で伝えようなんて、臆病な策を取って、十年以上空回ってきた大馬鹿者なんだけどさ。

 どうして良いかわかんない感情のタールは、しまっておこう。

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